第13話 霊脈転送儀式
新帝国歴1428年、夏。
魔術と神術の合同講義が行われる事になり、全学年から3割近い生徒、約2,000人がラムダオール平原に集まった。
何故そんな大規模な講義が行われるかについては学院を出発する前に説明があった。
コンスタンツィア達一年向けの説明を受け持ったのは外国から帝国に移り住んで来ていたマミカという魔女で彼女は補助講師の扱いだった。
「えー、皆さん。帝都では緊急時を除き魔術の使用が禁止されていることはご存じかと思いますが、当学院では講義に使う分には使用が認められています。禁止されている理由としては帝都の中心部ほどマナの濃度が低い為ですね。あまりに低下すると地域が歪んだマナで汚染されやすくなり、その土地で作られた穀物や果実にも若干量溜まります。それらを食べ続けた動物は魔獣化してしまいますので避けねばなりません」
魔獣の中でもマナを制御して魔導騎士のように強靭化したものと、制御出来ずに狂ってしまったものなどのタイプがあるが、基本的に全て魔獣と呼んで通常の動物と分類する。
帝国では魔獣の利用は禁止されているが、他の地域では馬代わりに利用する事もある。フランデアンやリーアンでは強力な魔獣に大砲を引かせた騎獣砲兵隊すら存在している。
「何百万もの人が住まう帝都にはいくら駆除しても鼠も多く、これが一斉に魔獣化してしまうと手に負えなくなりますのでこれ以上のマナ濃度の低下は好ましくありません。その為、人為的に帝都にマナを送り出す必要が出てきました」
マナの濃い地域から大規模儀式魔術によって必要な地域に送り込む。
帝国政府と魔術評議会はまとまった数の魔術師を動員できる貴族向けの学院にこの作業を命じた。儀式の中核は熟練の講師や評議員が行うので、生徒達は力を貸すだけだ。
魔術を使った事がある人間ならほぼ誰でも参加可能なのでコンスタンツィア達も半ば強制的に動員されている。
◇◆◇
「この儀式魔術って意外と最近確立されたみたいですね」
ヴィターシャも珍しく魔術の杖をもって参加していた。
入学するまで個人用の杖を持っていなかったのだが、それでは魔術の講義が支障が出ると支給されている。
「スパーニア戦役時に編み出されたっていってたわね」
戦役集結からはまだ10年ほどしか経っていない。
魔術で生計を立てている魔術師は当主になれず、領地も与えられなかった次男坊、三男坊。才能が無いものは魔石を作る為に自分の血を売ったり、過酷な貨物船の常駐魔術師になったり、下水分解処理施設で働いていたりして組織化された魔術師集団というのはほとんどない。
名のある魔術師は帝国魔術評議会の各部門の長老達の弟子で、魔術師の品位を落とすような仕事には就かないのである。
軍でも魔術を戦争利用する事はほとんどないので魔術師の軍団のようなものは保有していない。人を殺すには一矢で十分で、魔術を使う必要はない。
熟練の魔術師なら戦闘に影響を与える高度な魔術も使えるが、魔導騎士と違って雑兵に一突きで殺されてしまうので、基本的に前線に派遣されない。
貴重な知識が失われる事をおそれて評議会は戦争参加を禁じている。
若手でろくな仕事につけない魔術師が街道建設や軍団基地を建設する土木作業員として雇われていた。
そんなわけで集団儀式魔術の開発は帝国でも進んでいなかった。
「私達には上級生がついてくれるはずですけど・・・どちらでしょうかね」
コンスタンツィア達はまだ一年なので上級生が指導役についてくる事になっていたが、まだ来ていない。しばらく辺りを見回していると、もう夏真っ盛りだというのに黒いマントを羽織った上級生がやってきた。
両目を瞑っている盲目の女性でお供のような男子を連れていた。
学生だが北方圏の戦士らしく頭に戦利品の蛮族の頭蓋骨を兜のように被っていた。
コンスタンツィア達は入学にあたって外国の王族や招待生は変わった文化を持っている事も多いが尊重するよう訓示を受けているので、吃驚はしたものの野蛮だとか非難の目でみたりはしなかった。
「お前達が一年か」
「貴方は確か・・・」
しばらく前に議会で会ったストレリーナのお供についていた男性だった。
「俺はイーヴァル。彼女はペレスヴェータ。見ての通り彼女は目が見えないが、魔術は得意だ。霊脈を読み取る力もある。ついてこい」
不愛想な男はさっそく予定地点に行こうとしたが、一年生はまだ全員揃っていない。
「ちょっと待って、もう一人来る筈だから」
「時間は守れ」
「わたくし達にいわれても・・・」
「貴方ね、こちらはダルムント方伯家のコンスタンツィア様なのよ。少しは口の利き方に気をつけなさい!」
イーヴァルがあまりに不愛想で、さらにコンスタンツィアに対して偉そうに接するのでヴァネッサがかみついた。
「言われなくても知っている。学院内では身分など関係無い。皇家の御曹司だろうとな」
「そんな建前っ・・・!」
今回の講義というより任務だが、協力しあう必要があるので、コンスタンツィアがまぁまぁと憤るヴァネッサを宥めた。
イーヴァルはさっさと移動しようとしたが、ペレスヴェータの方がよいしょと地面に腰を下ろしてしまったので、彼も仕方なく待つ事にした。
◇◆◇
待っている間退屈だったのでペレスヴェータをじろじろみていたノエムがコンスタンツィアにささやく。
「北方圏の女性ってアレですよね。自分で男の寝所に乗り込んで子種を絞り取るんですよね。目が見えなくても出来るんでしょうかね」
「その風習は一部の部族だけって聞いたけど・・・」
「え、そうだったんですか?」
ペレスヴェータはやはり暑かったのかマントとフードを脱ぎ始めた。
その下の服も毛皮のチョッキだったのでかなり暑そうだ。
下着をつけていないので横から乳房が覗いている。毛皮のチョッキに下着に使うようなワイヤーで形を整えているのでもともと目の見えない彼女用の簡便な衣服なのだろう。
「綺麗な銀髪。ネヴァ地方の人?」
ヴィターシャが話しかけるとペレスヴェータは黙って頷いた。
「彼女は口も聞けないからな。無礼だとかいうなよ」
「あ、そうなんですか。大変ですね。やっぱり月の女神を信仰していらっしゃるんですか?」
ペレスヴェータは半分頷いてから、横に振った。
「月の女神と水の女神、そして今は名も無き氷の女神を信仰している」
「へー、名も無き女神っていうと神喰らいの獣に食べられちゃったのですかね」
ノエムは呑気に呟き、イーヴァルに鼻でふっと笑われた。
(うわ、なんかあの男子、感じ悪くありません?)
(ひょっとしたら神聖期に聖典が再編纂された時に名前を消されちゃった神様かもしれないわ。そっとしておきなさい)
コンスタンツィアもフランデアン王やイーデンディオスとの交流によって帝国に都合の悪かった神は存在を抹消されてしまったらしい事を察するようになってきた。
困った事に当の帝国人の方がそのことを忘れてしまっている。恐らく旧帝国から新帝国に切り替わる混迷の時代に失われてしまったのだろう。
新帝都の万神殿には旧都から多くの神像や聖典が運ばれてきたが、全ては持ち込めなかった。
しばらく雑談しているとようやく待ち人が来た。
「おー、すまんの。皆の衆。辺境伯領の連中に捕まってしまってのう・・・。フィリップが助けてくれなかったらどうなったことやら」
「遅いわよ、マヤ」
おかっぱ頭の黒髪の少女は西方圏から来たマッサリアの王女マヤという。
ノエムと比べてもかなり小さいが、かなりの才女で既に飛び級の審査を受けていた。
以前、マーダヴィ公爵夫人を連れて学院の案内をした時にみかけた少女でマッサリアの領有権を主張しているアル・アシオン辺境伯配下の貴族達と敵対していた。
「すまん、すまん。じゃがお主も選帝侯の家柄なんじゃし辺境伯領の連中になんとかいってくれんかの」
「他所の家の家臣団にわたくしから言える事なんて何も無いわ。そもそも学院内で身分を振りかざすのはご法度よ」
「ほんとかの~?わしの方が成績良いのにお主が班長なのは身分のせいじゃないのかの~?」
「わたくしは先生方にそんなつまらない事依頼してないわよ」
マヤはわかっとるわかっとると適当に相槌を打った、彼女も本気でそう考えていたわけではない。勝手に忖度されたのだろう。
とにもかくにもコンスタンツィア達の班はこれで揃った。
いつもの五人とマヤである。
他の班はもっと人数が多い。
能力を考慮して班の配分は決められていた。
※注釈
聖女マミカ
『ガルガンチュア物語』から。
意味するところは情婦、そんな名前を聖女につけたのはラブレーらしい。




