第11話 学院一年目
新帝国歴1428年5月。
コンスタンツィア・シュベリーン・ダルムント。
ヴァネッサ・フィー・ベルチオ。
ヴィターシャ・ケレンスキー。
セクス・ノエム・リベル。
ソフィー・マルグリット・ヴォーデモン。
幼馴染五名は仲良くマグナウラ院に入学した。
ノエム達はヴァネッサが回復した事を喜んだが、コンスタンツィアとヴァネッサが妙に仲が良い事に首を傾げた。
マグナウラ院の正門を通った先の中庭には皇后マグナウラの像があった。
彼女は帝国本土において女性の公教育を始めた第一人者として知られている。
もともとこの学院は彼女の離宮だったものを一般開放して運営されている。
帝都の二大植物園のうちの一つも併設されて研究用に使われており、帝立図書館、公文書館もあった。出資者が増えるにつれて様々な設備も追加されて総合大学のようになっている。各地から王侯貴族が集まってくる為、宮廷儀礼を学んだり帝王教育の手ほどきもある。
帝国貴族の場合、卒業後は軍に入る者もいれば官僚になる者もいる。
魔術、神術だけでなく軍事学や領地経営に役立てる学問も選択できる。
六年制で学生全体の数は約五千名。
もともとは女性の教育の為に創設されたが、今は男女分け隔てなく通う事が出来た。研究開発を奨励していて卒業生の中には印刷技術を発明した女性もいる。
「一発あてれば一生遊んで暮らせますよね~」
ノエムは単純に羨ましがった。
今は当たり前のように市井の本屋で購入できる本も昔はひとつひとつ写本していたのだ。特許も保障されているので全世界から莫大な金額が舞い込んでくる。
「いきなりは無理だわ。まずは基礎からよ」
コンスタンツィアは隣に腕を組んでいるヴァネッサを連れながら力説した。
そんな彼女にヴィターシャが声をかける。
「コンスタンツィア様に今更基礎は必要無いと思いますが、やっぱり研究者を目指します?」
「そうねえ、女性貴族があまり人前に出ずに稼げるような仕事ってないものね」
五人組の中で自立を模索しているのはヴィターシャとノエム。コンスタンツィアとヴァネッサはよほど酷い相手で無ければ家に従う予定だったが、今は心境に変化がある。その為、ソフィーだけが取り残されている形になった。
「みんな実家をでちゃうの~?」
「可能性の話よ、ソフィー」
「なぁんだぁ~、そうよねえ」
ヴァネッサの家もそこそこ裕福だがソフィーの家はかなり裕福だった。
領地からの収入以外に独自に始めた事業で差が出ている。
「ソフィーは親が決めた相手でいいの?」
「私は候補者たくさんいるから好きなの選んでいいよっていわれてますもーん」
ソフィーは学院卒業後に相性のいい相手を選ぶつもりだという。
昔から男友達が多く、ある意味大地母神の教えを体現しているような女性だった。
このグループで一つ年上の彼女は三年会わないうちにさらに過激化してシレッジェンカーマの結社にも入っている。
◇◆◇
最初の一週間は学院の見学や今後どういった科目を選択するかの紹介に留まる講義だった。一年目はどうせ選べる科目は少ない。成人後は神殿送りになる貴族の場合はここで神学や祭儀も学べ、市内の神殿に実地研修に行く事もあり、祝祭に参加する。
政略結婚から逃れる為に信仰の道に入る女性貴族もいたが、コンスタンツィアは別に聖職者の道に進む気は無かった。とはいえ教養の一環として講義は聞く事にした。
彼女達はソフィーがいないときに皆で将来の道を語り合った。
三年から先は学院で学べる分野がかなり専門化して授業の選択範囲が増えるので道が分かれる場合は、あと二年の付き合いになる。
「私はやっぱり記者とか物書きですかねぇ・・・」
「家畜のお医者さんがいいですかねえ」
ヴィターシャは分かるが、ノエムの回答は意外だったのでみな驚く。
「マグナウラ院ではさすがに医学は学べないわよ」
貴族の質を維持する為に各分野の先端技術は学べるのだが、家畜医の分野はなかった。ちなみに植物園が併設されていてそこを利用した樹木医の講義はある。
「生物学を修めて推薦状を貰えば賢者の学院にある生物学研究所で学べるそうです」
「あの学院は・・・魔術評議会の評議員候補が集まる所よ?」
全世界の魔術師の中でも最エリートが集まる所だ。
「でもそこが一番優れてる所だって聞いたから」
「応援はしたいけれど、貴女の求めている物とは違うかもしれないわよ」
評議員達は神代の魔術の再現を目標としている。
生物学研究所の目的も神代の怪物を自ら作り出すとかそんなところではあるまいか、とコンスタンツィアは疑った。
「それにしてもなんで家畜医なんです?」
ヴァネッサは疑問に思う。
「そりゃー金になるからですよ!手に職があれば安泰です。しかも食べ物の需要はまず落ちません」
ノエムは力説する。
ここ100年で北方や西方で二度も市民の大規模な反乱が起きるくらい市民階級は勃興してきた。帝国本土内でも最近反乱が相次いでいるようだ。
富裕層が増えると高価な肉類の需要が増える。
全世界を騒がせ、南方反乱の元となった内海貿易事件も片付いて資金も投資市場に流れ始めた。これまで大規模な投資が必要なので少なかった牧場にも金が流れて建設ブームが起きている。
「それで大切な家畜を維持する医者の需要が出てくるってわけね・・・。意外と考えてるのね。感心したわ」
それなら尚更賢者の学院を目指すのは止めた方がいいと、コンスタンツィアは言った。
「まあ、生物学を修めれば何かの役に立つでしょう。学費の補助貰えるのここだけですし学内に牧場を作って品種改良実験を・・・」
ダルムント方伯家のコネがないと学費が足りず、他の学院には入れないのでノエムにはどうせ選択肢は無かった。
「それで、ヴァネッサは?」
ヴィターシャが眼鏡を直しながら尋ねた。
「私ですか?私はコンスタンツィア様のお側にいます♪」
「お側って?」
「侍女でもいいですよ」
ふんふんとご機嫌でヴィターシャはコンスタンツィアの腕にしがみついた。
コンスタンツィアが振り払おうとしないのでヴィターシャは首を傾げる。
「こーら、ちゃんといい男みつけるって約束でしょ?」
「はーい」
小突かれてもヴィターシャはなんだか幸せそうだった。
「それで、コンスタンツィア様は?」
「わたくしはまだ答えられないわ」
出来るだけ家から離れたいが、彼女達は家臣の娘達。
どんなところから親に漏れるかわからない。妨害されると困るので進路を話す訳にはいかないし、実際まだ決めていない。
「ま、六年ありますしね。ゆっくり考えましょう」
◇◆◇
コンスタンツィアは時々教えを受けていたイーデンディオスから今後はもうあまりこれないと聞いたので今までのお礼を言いに大宮殿の一角にある評議員用の塔に行った。
「あの地域はかなり蒸し暑かったかと思いますが、健康に気を付けてお役目を全うしてくださいませ」
「ええ、実際あの地域はなかなか大変ですが開発が進めばイーネフィール公領のような収穫量の高い地域になる見込みはあると思いますよ。土地は広いですし、豊富な水と肥沃な大地に支えられています」
コンスタンツィアも自分の目で見てきた土地だ。
木材需要も高まっているし、あの森を切り拓けば一石二鳥だろう。
その場合あの遺跡はどうなるのだろうか。
「実は彷徨っている最中に森の中で古代の遺跡を発見したのですが、東方圏南東部の何処かだと思います。ひょっとしたら老師の任地の近くかもしれません」
「ほほう、それはどんな遺跡でしたか・・・?」
「あっ・・・でもフランデアン王にその件には触れるなと釘を刺されていたのでした」
言ってからコンスタンツィアは気が付いた。
「では探らない方がいいでしょうね。フランデアン王も妖精宮に関しては頑として外国人の訪問を受け付けませんし。学究の徒としては好奇心を惹かれますが、土地の者の意見を無視して踏み込めば最悪戦争になりかねません」
「フランデアン王国と事を構えるのは不味いかもしれませんが、あの辺境地域でしたら現地軍に捜索させても抵抗は無いのではありませんか?」
そういうコンスタンツィアにイーデンディオスは頭を振る。
「貴女ほど優れた教え子はいませんでした。ですが、才気があり過ぎると傲慢にもなります。あまり言いたくはありませんでしたが、行動の結果はよくよく考えて見るべきですね。例えば・・・」
イーデンディオスはコンスタンツィア達が聖堂騎士に合流するまでにコンスタンツィア達が巻き起こした事の後始末をしてきた事を告げた。
「ある少女は一族を追い出されて奴隷になっていました。私の教え子のエッセネ公爵が助け出しましたが善かれと思ってした事も逆の結果になります。遺跡の発掘はそのエッセネ公に迷惑をかける事になるかもしれませんよ」
コンスタンツィアの立場からは辺境国家の中でも最果て地域の公爵など村長くらいと大差なかったが、さすがに自分が迷惑をかけた相手にこれ以上厄介毎を招くわけにはいかない。
「そんな事になっていたとは知りませんでした・・・」
「私も貴女が軍を派遣してしまえなどと言い出さなければ教えませんでした」
イーデンディオスもわざわざフォローして回って大変だったと恩着せがましい事をいう気はなかった。
「貴女は海難事故の被害者で、単に生き抜いただけですからね。貴女が悪いわけではありませんが、東方軍は貴女の捜索に非協力的だったという理由でイナテアという都市に軍を差し向け、イナテアを助けようとした他の都市国家もまとめて焼尽くしました」
死傷者は数万名にのぼった。
同盟市民連合下の地域は東方の諸王のまとめ役であるフランデアン王に遠慮する必要も無かったので帝国軍は傭兵団も使って徹底的に略奪行為も行った。
コンスタンツィアは後に、その地域から流れた賊がエッセネ地方を荒らしまわってしまった事も知る。友人達同様、心の中で帝国人であることに優越感を抱き、従属国を見下していた事を自覚した。




