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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第四章 選帝侯の娘(1428~1429)
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第7話 1428年帝国議会②

「休憩か。私はもう帰るがその前にコンスタンツィア殿を諸侯に紹介しよう」


議員ではないアル・アシオン辺境伯は西方候のお披露目に呼ばれてやって来ただけなので、最後まで議会を見守るつもりはなかった。

ただ、せっかく隣にコンスタンツィアが座っていて、初めての議会というので話し相手として残っていてくれただけだ。


「有難うございます、閣下。ではお言葉に甘えさせて頂きます」

「なに、久しぶりに若い女性と話せる機会だから、逃したくなくてな」

「まあ、嬉しいこと。ご本心なら尚、良かったのに」


コンスタンツィアは学院を卒業したら外国に嫁ぐ事も視野に入れている。

ダルムント方伯と対等であるアル・アシオン辺境伯であれば文句は微塵も無い。

しかし残念ながら年齢が孫と祖父ほどにも離れている。


「む、我が誠意を疑うか?」

「細君がいらっしゃるでしょう?」

「む?は、はっはっは!これは失礼。コンスタンツィア殿は身持ちが固いのだな」


辺境伯は若い娘と話すだけで嬉しいと言葉通りの意味で言ったのだが、コンスタンツィアが声をかける=本気で口説くと受け取ったと理解して笑い飛ばした。

さすがに彼にそんな気は無い。


「何か誤解しておりましたでしょうか?」

「今時珍しいが、結構結構。淑女とはかくありたいものよ。無礼をお詫びさせて頂く」

「いえ、何か早とちりしてしまったようでこちらこそ申し訳ありません。閣下のような英雄ならわたくしも嫁ぐのに何の不満はありませんのに」

「コンスタンツィア殿はまだ婚約者が定まっておらんのか?」

「お恥ずかしい事ながら・・・」


コンスタンツィアの候補者は何人かいたが、巡礼の旅が長引いた為全て有耶無耶、あるいは破談になっている。相手方にも都合があり、仕方ないことだった。

辺境伯も大事な時期に遭難した彼女の事を哀れんでしばらく話し込んでいると他の選帝侯達がやってきた。


「ルプレヒト殿、どうなされた?」

「おう、フランデアン王か。すまんすまん、ちょっと話し込んでいてな。ドラブフォルト殿も一緒か」

「僕らは同窓でしてね。旧交を温めていたのです。昔から良い好敵手でしたけど追い抜かれ、彼の方が15年も先輩になってしまいました」

「成績は君の方がずっと良かったろうに、好敵手と言われると小恥ずかしいな」


にこやかに話している東方候にコンスタンツィアは改めて巡礼中の礼を言った。


「お久しぶりです、フランデアン王。以前はお世話になりました」

「構わないとも。以前より顔色が悪いようだが、どこか具合でも?」

「遭難中はあれで意外と食材が豊富でしたから」


コンスタンツィアは大地母神の恩恵ありし帝国本土が最も肥沃な土地だと思っていたが、東方圏の実りの豊かさは想像以上だった。


「さもありなん。我々も蛮族に東ナルガとその支流一帯を奪われて以来、食糧輸入を東方候に頼っておる」

「まさにまさに。こちらも女王陛下とプリシラ殿にご配慮頂かなくては暮らしが立ち行きません」


辺境伯と西方候も揃って東方圏の豊かさを羨んだ。


「妻達がほうぼうから5年分の食料輸入の先行契約をさせて欲しいと依頼があったと言っていたが、東ナルガ河奪還作戦の一環かな?」

「でしょうね。帝国正規軍では無く皇家の私兵が動員される可能性が高まっていたので兵糧を確保したかったのでしょう」


東方候と西方候を旧友らしく以心伝心で会話をしていた。


「我々は生産拠点を失ったが民は健在だ。あまり食料価格が上がると困る」


辺境伯としては奪還作戦を皇家主導で行うのは歓迎だが、臣下を食べさせなければならないのであまり価格が高騰されるのは歓迎出来なかった。


「妻達には五年分の契約はしないよう言い含めておきますよ。奪還作戦が成功するかどうか分かりませんからね」

「フランデアン王は作戦が失敗すると?」

「いやいや、作戦の詳細を知りませんから失敗するかどうかは知りませんよ。同様に成功するという確信が得られるような説明も受けていないだけです」

「なるほど」

「僕は楽観的になれませんね。皇軍は長らく実戦経験も無いでしょう?国外の山野に遠征して足を引っ張り合ってまともに作戦が進められるとは思えません。実戦経験豊富な正規軍団から幕僚は派遣されるでしょうが、話を聞くとは思えませんね」


東方候と違って西方候は悲観的だった。


「確かにそうだ。しかし、皇軍もたまには実戦経験を踏んだ方がいいだろう。最近の蛮族は守りに徹していてこれ以上生息圏を拡大してこないし大した被害を負う事もあるまい」


多少の敗北はいい薬だと辺境伯は笑った。

彼らが選帝侯用の御休所に行かずに立ち話をしていると他の議員達も集まってくる。そのうちの一人ウマレルという議員が東方候に助力を頼んだ。


「陛下から援軍を頂く事は出来ないでしょうか」

「ご無理をおっしゃる。我々はスパーニアとの戦いの後常備軍の9割を削減しています。援軍を出せても1000人がやっとでしょう」


東方候が増援に渋り、辺境伯も東方候に同意した。


「ウマレル。余計な事をいうな。我々や東方候、リーアン軍は蛮族が逆撃を開始したときの備えとなる。『マッサリアの災厄』以降蛮族の攻勢は頓挫しているが、余力を残している可能性がある」

「おお、辺境伯もそうお考えでしたか」

「ほう、シクタレス殿もか」


皇家のひとつラキシタ家の当主シクタレスは議員達の前で持論を述べた。


「壊滅した北方軍の残存兵の話では開戦初期に氷の岩で出来たような巨人がいたというが、いつの間にか現れなくなったと聞きます。パッカやゴーラからあっさり蛮族が後退したのもどうにも疑問に思う。辺境伯はどう思われますか?」


蛮族が様々な種族の獣人の集まりであり、彼らが崇める神獣も千差万別。

まとまりがなく統率力に欠けるというのが帝国軍上層部の判断だったが、シクタレスはそれに異議を唱えた。


「こちらはマッサリアで防戦一方だったので何ともいえん。我が領地に侵入した蛮族どもはフランデアン王に撃退されたしな。ストレリーナ殿はどう思う?」

「私達は蛮族以上にまとまりがありませんから評価出来ません。サウカンペリオンを見てもわかるでしょう」


コンスタンツィアは黙って彼らの話を聞いていた。

読書狂の彼女は知識はあるが、さすがに最前線で戦い続けている彼らに意見を挟めるほどの見識も経験も無い。


「あぁ、コンスタンツィア殿。退屈な話をしてしまって申し訳ありません。先ほど皆様の前で自己紹介させて頂きましたが、僕が新たに西方候となったドラブフォルトです」


ドラブフォルトは騎士のようにコンスタンツィアの前に跪き、恭しくその手を取って唇の下で軽く触れた。

各国様々な文化、儀礼があり帝国はそれを尊重するというのが国是だが、正直あまり触れたくないような男性はいる。ましては唇が自分の肌に触れるなど我慢出来ないような相手も。

ドラブフォルトは唇の下の端の方でかすかに触れるかどうかといった程度に抑えてくれたので、コンスタンツィアは礼儀を守りつつ、必要以上に接触しすぎない態度に好感を持った。


「ご丁寧に有難うございます。西方候のご就任の式典でもあったのに・・・祖父の代理で申し訳ありません」

「とんでもない、方伯閣下はサウカンペリオンで乱があることを警戒されていらっしゃるのでしょう。無理もありません」


ああ、そうか。そういう考えもあったと今更ながらコンスタンツィアも理解した。

弟の病気が心配といっても父らは医師に任せるしかないので無理に領地に戻る必要はない。

今回の議会の成り行きでサウカンペリオン市民が反発して再び反乱を起こす可能性はある。辺境伯領で蛮族との戦いが起きるのならば大軍が方伯領を通過する可能性が高いので備えもいるだろう。巡礼の旅に出る前は才女だなんだといわれて自惚れていたが、経験豊富な大人たちに比べると所詮小娘に過ぎないと思い知らされた。


「わたくしは弟が病気で療養の必要があるので後の事は任せると言われておりました。確かにサウカンペリオンで変事があればキュビオー河を越えてこちらにも影響が及ぶかもしれませんね」

「ああ、弟君がご病気だったのですか。跡取りに万が一の事があればさぞかしご心配でしょう。コンスタンツィア様はお戻りにならなくてもよろしいのですか?」

「わたくしは間もなく帝都の学院に入らなければなりませんので」


さっさと穏便に家を出たいとは思っても血のつながった弟の生死については何も気にしていなかったと思い当たり、コンスタンツィアは自分を恥じて目を伏せた。

ちゃんと生きて無事成長してこの家の面倒を全て引き受けて欲しいとしか考えておらず、肉親の情など一切感じていなかった。


 方伯家は先代当主ゲオルクの二人の兄弟の子孫達が継承権を主張していて現当主オットーが急死した場合、ニコラウスの継承を認めず騒乱が発生する可能性があった。


うつむくコンスタンツィアの態度を周囲は弟の身を案じているものだと誤解した。


「コンスタンツィア殿はまだ夫が決まっていなくてな。どうだ、西方候。そなたが娶ってみては?私が仲人をかってでても良いぞ」

「それは願っても無いこと。どうでしょうかコンスタンツィア殿、我が妃としていらしてくだされば望外の極み」

「御冗談を。陛下には好感を持っておりましたが、このような立ち話で口説かれては評価も反転するというもの」


ドラブフォルトはまだ29歳。

家格ではコンスタンツィアが嫁ぐのに何の問題も無いし、父の影響が及ぶ帝国から離れる事が出来るので最高の相手だったが、さすがにこんなついでの立ち話で求婚されてはプライドが許さない。


ドラブフォルトはコンスタンツィアの拒絶を聞いて、改めてひざまづいて許しを請うた。


「これあ申し訳ない。侮辱する意図などありませんでしたが、思い立ったが吉日、我らの守護神幸運の神イラートゥスも婚姻の守護者エイラシーオも縁を感ずれば即断即決が肝要であると説いています。他人に奪われる前にどうにか貴女を伴侶として得たいという思いから気がはやりました。どうかお許しください」


白色金剛神イラートゥスは軍神でもあり、西方の人々には幸運の神としても親しまれていた。エイラシーオは契約を守護するアウラの神群の一柱で特に婚姻を守護する。違約すれば爆死させられると恐れられているが、その分守護の力も強い。


「気を悪くしておりませんから、どうぞお立ち下さい。皆様の前でわたくしのような若輩者が西方候にそう何度も跪かせたとあっては父に叱られます」

「これはまた重ね重ねご無礼を。では考えて頂けますか」

「わたくしは婚約は学院卒業後に改めて、と考えております」


10歳から24歳までが通うマグナウラ院においては在学中に結婚、出産する女性も多かったがコンスタンツィアはもう少し考える時間が欲しかった。

母達の日記を読めば尚更そう思う。


頭の中で誰かがこの子は婚期を逃しそうね、と批評している気がしたがそれは無視する。恐らく現状で最も実家がから逃れるのに最高の嫁ぎ先は西方候だろう。

コンスタンツィアが話を逸らしたがっているのを感じたのか東方候が西方候に話しかけた。


「そういえば、君はこれまで伴侶はいなかったのか?」

「残念ながら死別しました」

「それは気の毒に・・・お悔みを申し上げる」

「随分前の事ですからお気になさらず、あ、コンスタンツィア殿。私の国も帝国同様一夫一婦制度ですからご心配なく。貴女を妻に迎える事が出来れば側室などは一切持ちません」


またまたアプローチしてきたが、コンスタンツィアは返事を濁して頭を下げ辺境伯の後ろに隠れた。コンスタンツィアは自分の才能に多少自惚れていたが、イーデンディオスとの出会いやこの議会の話し合いをみて自分がまだまだ未熟だと理解した。彼らに言質を与えるような言動は避けないと、方伯家にどんな影響が及ぶかわからない。


「おや月が隠れてしまった。残念無念」

「ふふ、今日の所は諦めよ。さあ、フランデアン王、久しぶりに飲みに行こうじゃないか。コンスタンツィア殿もご一緒に」


コンスタンツィアは議会の再開後にまたデュセルの解任動議の投票があるからと言って断ったのだが、選帝侯達はなら付き合おうとそのまま議場に残ったのでコンスタンツィアは断れなくなってしまった。


 ◇◆◆


休憩後に議場に戻ると議員達の何人かがまだ話をしている。


「しかしデュセル殿の解任か・・・。皇帝陛下が同意されるだろうか」

「長年彼に政務を丸投げして人事もやりたい放題だったのだ。政務が停滞した責任を取って頂かなくては」

「それではあまりに陛下に不敬、権威も損なわれます」

「このまま縁故人事がまかり通る世になる事こそが陛下にとって権威が損なわれるというもの。我々が恐れて言えなかった事をせっかくシクタレス様がおっしゃったのだから、今こそデュセルを追放しよう」

「そうだ、そうだ!」


議員達のやり取りを眺めていた辺境伯がコンスタンツィアに囁いた。


「他の議員達を煽動しているあのウマレルはな。親類縁者がデュセルに貴族籍を奪われて以来ああやって不満を抱えているのだ。コンスタンツィア殿は解任に賛成か反対かどちらにする?」

「わたくしは祖父の代理ですから予定にない動議は棄権するつもりです」

「そうか、それは仕方ないが投票は別としてどう思う?」

「わたくしは長年巡礼に出ていて世情に疎いのです、意見などありません」

「コンスタンツィア殿は慎重だな。しかしデュセルは皇帝陛下の片腕として二十年も政務を取り仕切っている。そろそろ首を挿げ替えるべきだと思わないか?」

「特にこれといった失政があるとは聞いていませんが、デュセル殿を解任するならそれを皮切りに他の大臣も一新されるのではないでしょうか」

「何故そう思われるのかな」

「シクタレス様は特に疫病対策について言及されていました。内務省の管轄でもありますし真の標的はヴィキルート様なのではないでしょうか」

「あり得る事だ。また皇家同士の諍いか。で、あれば棄権が正解だろうな」


この後解任動議は賛成多数となり、後日議会から皇帝に解任要請が上奏された。

しかし、皇帝は後任を推挙した上で改めて上奏するよう命じ突き返した。

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2022/2/1
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