第6話 1428年帝国議会開会
新帝国歴1428年の帝国議会が幕を開けた。
当主から委任状を持たされているコンスタンツィアも出席している。議会場は帝都の中心部ヴェーナ市の官庁街にあり、一万人以上の貴族の当主が出席可能な広さがあるが、何度かの改革を経て議員は1500人ほどに減った。
皇家は提案は出来るが投票は出来ず、皇家から禄を食んでいる貴族に議席は無い。
議長は皇帝によって中立的で名声の高い貴族から任命される。
現在の議長はガルストン男爵で以前は司法長官をしていた。
皇帝による施政方針演説の後、議長が開幕を告げた。
「では本年の議会が開幕となりますが、今年は皇帝陛下以外にも東方候と西方候、北方候代理がお見えです。皆様どうぞご起立してお迎えください」
「西方候?」
西方諸国の大君主は10年前のマッサリアの災厄時に戦死して以降ずっと決まっていなかった筈、とコンスタンツィアは訝しがった。
議場には見覚えのある東方候シャールミンと北方系の衣を纏った女性が入場し最後に西方圏らしくほとんど白に近い金髪の男性が入って来た。
前者の二人と違って警護は誰も連れていない。
三人の中で最も背が高いのは北方候代理としてやってきたスヴェン族のストレリーナ。続いて西方候、東方候の順番だった。
この中で最も序列が高いのは北方候だが、代理が出席しているので末席となる。
序列で揉めないように帝国では同格の王侯貴族達は在位年数がそのまま序列の順になるよう定められており、1413年に王位についたフランデアン王シャールミンが最も序列が上となっていた。
コンスタンツィア以外にも周囲は西方候とやらを品定めしてやろうとざわついていた。議長がカンカンと木槌を激しく打ち鳴らし、静粛にするよう命じた。
城内が静かになってから西方候がゆっくりと口を開いた。
城内では声がよく聞こえるように拡声の魔術装具が用いられている。
「我らが人類の守護者たる議員の皆様方、私が西方諸国会議にて諸王によって大君主として選ばれたエスペラス王ドラブフォルトです。前大戦で戦死した義父ブラッドワルディンの遺志を継承し今後も我々西方国家は帝国の同盟者として行動し引き続き蛮族と戦って参ります」
ドラブフォルトは手始めに兵一万と最新火器を帝国北方方面軍に提供すると表明した。軍事委員会に所属している議員達は立ち上がって拍手して彼に感謝の意を伝えた。
元老達の行動をみて他の議員達も真似をし始めて徐々に議場全体に広がった。
コンスタンツィアは起立せず座ったまま一応拍手して彼を歓迎した。
西方候の挨拶はまだ続く。
「今回は私の就任の挨拶と共に、マッサリア王国建国を認めて下さった事にお礼を申し上げに参りました」
マッサリア地方はもともと北方圏に属していたが、前回の蛮族の大侵攻時に現地の同盟市民連合の都市国家軍が蛮族に対して無血開城したせいで北方方面軍が孤立して全滅する羽目になってしまった。
蛮族はそのまま北方圏南部サウカンペリオンを通って帝国本土に侵入する勢いだったが、すんでのところでアル・アシオン辺境伯とスパーニアの大公爵達が救援に入って蛮族を押しとどめた。
蛮族撤収後、この地域をどうするかが問題になったが北方圏同盟市民連合の市民達は大半が死亡するか離散していたので西方人が入植し、第二次市民戦争で滅亡した王族の子孫がここに国家を建設した。
そのマッサリア王国は北方圏から西方圏に帝国の行政区分を変更し、ドラブフォルトはその承認の礼を言っている。
コンスタンツィアの隣に座っているアル・アシオン辺境伯はフンっと鼻を鳴らし機嫌が悪そうだ。歴戦の武人である辺境伯から怒りが伝わってくるのでコンスタンツィアは上目がちに様子を伺った。
「ああ、すまないコンスタンツィア殿。脅かしてしまったか。いや、なに前大戦で我々は何十万もの兵士と国土を失った。故にマッサリアはその代償としてこちらに寄越すよう陛下にお願いしていたのだ」
「ご自分の領地より本土への侵犯を防ぐのを優先された閣下のお志は誰よりも評価されて然るべきですね」
「そうとも!コンスタンツィア殿もそのようにお考えか」
「父・・・や祖父達もそう申しておりました」
「やはり方伯は分かっていらっしゃる。しかし陛下も軍事委員会のボケ老人達もわかっていない」
既に西方人が入植しており、辺境伯が飛び地として領土を得るのは不適当だと結論づけられた。
辺境伯の不満を聞いている内に西方候の演説は終わり、彼は皇帝のすぐ一段下の座席についた。
◇◆◇
議会ではいくつかの小委員会から提言が出され、早速投票も行われた。
投票は各議員に預けられた魔術装具で行われて集計結果を閲覧可能なのは議長と皇帝の宮廷魔術師達、法務省の官僚達だけだった。他の議員には誰が何に投票したかはわからないようになっているので派閥が生じにくい。
アル・アシオン辺境伯領と蛮族の本拠地の境界線は『マッサリアの災厄』以前は東ナルガ河流域の要塞群だったが、今は全ての要塞が失われている。
その地域の奪還作戦を発動する為、投票にかけられた。
議案はいくつか修正されて帝国正規軍では無く各皇家の私兵を中心に軍団を編成して行われる事になった。修正を提案したのはオレムイスト家、ラキシタ家。
「何故、彼らが修正案を出したのかおわかりかな、コンスタンツィア殿」
「勿論自家の軍事力が他家よりも上回っているからでしょう」
ラキシタ家は45州、オレムイスト家は40州を領して皇家の中でも抜きんでた兵力を有している。
「その通り、次期皇帝の座を狙っているのだろうが私はあまり興味が無いな。前大戦で連中は約束した兵力の半分も出さずに引き籠っていた。東ナルガ河流域は東方軍の管轄下だが、東方司令もやはり私同様連中に不満を持っている」
彼らが私兵を投入するのは10年遅れで何も誇るべき事ではないというのが辺境伯の持論だった。
「他の皇家はどうだったのでしょうか」
「やはり南方候の乱があったから応援を送ってこなかったな」
南方圏と帝国本土の南端は張れている日は肉眼でも対岸が見える距離の海峡があるだけなので、皇家は蛮族よりも南方諸国の来襲を警戒していた。
「まあ、情けないこと」
「本当にな。東方候は自国の何倍もの戦力を持つスパーニア王と争っていたが自ら軍を引き連れて我が臣下を救出してくれたというのに」
「さすがは騎士王陛下ですね」
その辺りは乙女達が愛好する騎士物語でコンスタンツィアもよく知っているので適当に相槌を打った。
「私も若ければ騎士達と共に最前線で敵と戦うのだが、最近はなかなか蛮族共も森や山野に隠れて出て来なくてな」
「そんな環境で蛮族に勝てるのでしょうか?」
重装備の盾兵、槍兵で前面を固めた会戦方式なら人類の圧勝だが、自然環境に隠れたゲリラ戦では蛮族に分が上がる。
「どうも新兵器と錬金術の秘薬を駆使して焼き払うつもりらしいな。私に旧領が駄目になってしまうが構わないかと軍務省が尋ねて来た。おっと・・・これは、まだ秘密だぞ」
「わたくしには軍事作戦など分かりませんからご心配なく」
議会では続いてマッサリア戦役時に変更された軍制改革を元に戻すかどうかについて話し合われた。クジ引きでの徴兵制から志願制に変えられたままだったが、結局財政難の為、志願制が続行された。
皇家による免税特権を利用した海外交易活動、金融取引についても規制が強化された。だいたいコンスタンツィアが事前に方伯から聞いた通りに進んでいる。
問題はサウカンペリオン併合だった。
北方圏南部サウカンペリオン地方は建国が承認されたマッサリア王国と帝国本土、ウルゴンヌ王国、アル・アシオン辺境伯領と街道が交差している要衝である。
この地域を通らなければ陸路では北方圏、西方圏、東方圏に移動は出来ない。
北方候のいる中部ノヴァ地方は三日月状の形をしたノンリート山脈で囲まれている為、北方圏は広くとも各地で分断されている。
サウカンペリオン地方まで蛮族が進軍する能力があると明らかになった今では、この地域の小王国から支配権を取り上げる事について議会で話し合いが行われた。
人類圏の防衛上の都合で帝国の領土欲ではないと予め表明して、北方候に事前に了解を求めていた。
そこで返答として声明を出す為にやって来たのが北方候の代理であるストレリーナである。彼女は議長に求められて議会で声明文を読み始めた。
「では、母の言葉を伝えます。『サウカンペリオンは五千年前に帝国に降伏しており、こちらでは預かり知らぬこと。新帝国の行政区分もそちらの問題であり、併合についてはこちらではなく小王達と話し合われたし』以上です」
要するに北方候は「あたしの知った事じゃない。勝手にやれ」と言っているのだった。軍事委員会は武力制圧は容易だが、民衆の反発を招く為力づくの併合には反対すると意見を述べた。
サウカンペリオン問題については軍事力を行使しない事を条件に政府が一国一国と交渉する案が賛成多数となった。
魔獣の軍事利用は否決、州兵を知事の権限で決められた枠を超えて徴募することは否決、開会中は最大三回再投票される為、提案者はその間に公論に訴える事が出来る。
この日の議会が終わりに近づく頃、ラキシタ家から国務大臣デュセルの解任動議が出された。
「近年の行政能力の低下は皇帝から信任を受け大臣達を統括してきたデュセル殿の責任が大きい。この一年で少なくとも128人の帝国貴族が暗殺されたものと思われる。巷で跳梁跋扈するは殺人鬼に世間は恐怖に慄き、役人の不正が横行して民の不満は頂点に達している。いま、本土の13の州で反乱が起き、沿岸部では東方圏からの疫病が広がっている。国政を迅速に建て直さなければならない。各州知事に必要に応じた徴兵を許可させて治安対策を強化し賊を討滅させ、感染対策においては各市の衛生局長、入国管理局の権限を強化すべきと考える。失礼ながらデュセル殿の動きは鈍く、政府を任せる事は出来ない」
皇帝の片腕に対して公然と解任を要求したラキシタ家に何人かの議員が大声を上げて賛成の意を表明し、辺りは騒然となった。この日の予定になかった解任動議について判断を求められた議長は休憩を宣言した。




