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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第四章 選帝侯の娘(1428~1429)
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第4話 ヴァネッサ・フィー・ベルチオ③

 ヴァネッサは帰国して以来ずっと寝込んでいた。

侍女達に促されて食事は取っているものの食は細く、段々痩せてきてしまい今も自分を呼ぶ声を無視して布団の中でうつぶせになって身を縮めている。


いつもはすぐ諦めて部屋から立ち去る侍女や母も、今日はしつこく布団をゆすって来る。それでも起きないと、今度は体重をかけてきた。


「重いったら!・・・あなたねえ・・・ってコ、コンスタンツィア様!」


寝台のヴァネッサにのしかかってきていたのは今は会いたくない相手だった。

咄嗟に顔を背けてまた布団に潜り込もうとする。


「駄目よ」


うつ伏せのヴァネッサの背中を包むようにコンスタンツィアが今度は優しく手をかけた。


「お話、しましょう?」


コンスタンツィアの声は優しかったが、ヴァネッサは恐怖に震えていた。


「こちらを向いて、顔を見せて?」


顔を伏せたままコンスタンツィアに答える。


「だ、駄目です。とても見せられません」


ヴァネッサは体を固くして両手でシーツを掴みじっとしていた。


「どうして?」

「だ、だって・・・ずっと顔も洗ってないし、髪も梳かしていないし酷い状態なんです!」


ヴァネッサはなんとか言い訳を絞り出した。


「わたくしがいつものように梳いてあげる、だからこちらを向いて?」


コンスタンツィアが耳元で囁いたが、それでもヴァネッサは体を固くして嵐が通り過ぎ去るのを待っていた。


「わたくしに会わせる顔がないと考えているのね」


少しだけコンスタンツィアが身を起こして距離を取る。


「どうして・・・それを?」

「貴女が知って欲しいと思っているから。あの森の中を彷徨っていた時のように」


遭難中に魔術の訓練を行う際、コンスタンツィアがヴァネッサに知ったばかりの精神干渉系の魔術を試していた時の事だ。


「わたくし、あれからいろいろ試したのだけれどあの時ほどうまく成功した事はないの。どうしてなのか考えていたけれど、ようやくわかったわ。貴女がわたくしに心を開いていたから・・・。何もかもさらけ出して知って欲しいと願っていたからなのね」


あぁ、やっぱり、とヴァネッサは観念する。


「貴女も自分の中にわたくしが入って来た自覚があったのでしょう?わたくし最近ちょっと失敗してしまって、あっさりこの魔術の事看破されてしまったの」


以来、コンスタンツィアは心の内面を探る魔術は止めている。

研究自体は続けているが、精神が高揚している相手には干渉しづらい事が分かってきた。特に音楽は精神抵抗力を大きく跳ね上げる。


「ほら、怒っていないから大丈夫よ、ヴァネッサ。貴女が巡礼を引き延ばしている間にお母様が死んでしまったからといって貴女のせいじゃないもの。嵐で難破したのは貴女のせいじゃないものね。いろいろ聞きたい事、確かめたい事がたくさんあったから死に目に会えなかったのは残念だけれど・・・」


ヴァネッサは少しだけ顔を上げて泣きながら謝り始めた。


「御免なさい、御免なさいコンスタンツィア様。私、まさかエウフェミア様が亡くなるだなんて思っていなくて・・・ずっと精神的な問題だと聞かされていたから」


ヴァネッサは幼い頃病弱で、コンスタンツィアの母の主治医についでに診てもらってきた。その縁でエウフェミアが何度も実家に帰るのは表向きの理由、療養生活の為ではないというのも知っていた。

ヴァネッサの体を健康にしてくれた名医のいうことなら間違いないと思って、エウフェミアの病は家庭内のいざこざにまつわる精神的な問題だと信じていたのだが・・・。


「済んでしまった事は仕方ないわ。父達も聖女の奇跡に頼らないのは医学発展の為だとか偉そうに言っておいて・・・」


コンスタンツィアは悔し気にシーツを握る手に力を込めた。

父達が親娘を引き離したのは自分を警戒したのだろうか、と疑う。

エウフェミアの病が悪化しても、父達が動かなければコンスタンツィアは自分で独自に医者を探して回ったと思う。そして再婚にも早すぎると反対していただろうし、既に妊娠していると聞いたら父親をなじっていただろう。


コンスタンツィアが巡礼に出る前に実際にエウフェミアは体調を崩していた。

しかし、それはおそらくストレスから来るものが大きかったのだろうと今は推測出来た。


コンスタンツィアは右手でヴァネッサの背中を撫で続けていたが、口調と体がこわばるのを感じた。ヴァネッサはまた身を固くしてしまった。


「ああ、別に貴女を怒っているわけじゃないの。むしろ嬉しいのよ、ヴァネッサ」


コンスタンツィアは再び優しくヴァネッサの背中を撫で始める。


「・・・どうしてですか?」

「貴女がわたくしに心を開いて奥底まで知って欲しいと思ってくれなかったらとても覗けなかったもの。自分の心の奥底のどろどろした醜い感情を全て知られても構わないなんて思ってくれる人なんて他にいないわ、ヴァネッサ。ほら、いい加減顔を見せて?」


コンスタンツィアの声も手つきも余りにも優しかったのでとうとうヴァネッサも顔をあげた。コンスタンツィアはそのままヴァネッサの体を起こして両手で頬を包み、額を合わせた。


ヴァネッサは自分を責めて精神的に弱っていたので、また涙腺が緩くなってしまう。コンスタンツィアはヴァネッサと初めて会った頃は普通に貴族の頂点に立つ令嬢らしく、かなり手厳しかった。なまじ才能にも地位にも恵まれていたので友人グループのうち年下であまり物覚えのよくなかったヴァネッサはコンスタンツィアに叱られてばかり。


 そんなコンスタンツィアをたしなめて優しくしてくれたのがエウフェミアだった。


目上の怖いお姉様から、優しいお姉様に変じてその落差でまたヴァネッサは泣きじゃくる。


「泣かないでいいんだったら、もう。仕方ない子ね」


不意にヴァネッサの唇に柔らかい感触があった。

吃驚してヴァネッサは泣くのを止めてしまう。


「あ、あの・・・なんで?」

「だって貴女があんまり可愛いんだもの。どうやって慰めたらいいのかわからないし」


ほら、といってコンスタンツィアはヴァネッサを抱き寄せた。

しばらく会わない間にコンスタンツィアはまた一段と背が伸びて大きくなっている。もうほぼ完全に大人だった。柔らかい体の感触に包まれてヴァネッサの体から段々力が抜けていく。


ようやく止まった涙を拭いながらヴァネッサは呟いた。


「いけないんですよ、同性でこんなことしちゃ」


明文化された法ではないものの、帝国では同性愛は忌避される。


「いいのよ、わたくし。ちゃんといい男見つけてたくさん子供産むつもりだから。お父様達が悔しがるくらい」

「え?じゃあ、私弄ばれたんですか?」


勝手に口付けされたヴァネッサの方が本気になってしまっていたのでコンスタンツィアがぷっと吹き出す。


「貴女も学院の準備をなさい。そこでいいひとでも見つけなさいな」

「コンスタンツィア様よりいいひとなんていませんよ」


口をとがらせるヴァネッサにコンスタンツィアはもう一度キスをしてやった。


「ほら、髪を梳かしてあげる。いい子にしてたらまたご褒美をあげるわ」

百話以上ボーイミーツガールしないですれ違うのでとうとうヒロインが百合に走るの巻

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2022/2/1
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