8時間目 白銀の女騎士と王国の歌姫
今回、登場人物そこそこいます。その関係でこの話だけは台本型になっています
あと、今回はとにかく長いです
楽しくてつい長々と書いてしまいました
そして変な当て字があったりします
でもまぁ…漫画とかでよくあるレベルだから許して下さい
2036年10月6日
飯田「負けるわけにはいかないのよ!この剣、アリア王女の…」
松本「カット、カット!」
佐藤「なかなかいい感じにならないな…」
今、俺たちは10月の文化祭でやる演劇の練習をしていた
しかし、なかなかイメージ通りにならず苦戦していた
桜井「うーん…何がいけないのかな…」
飯田「ごめん、ちょっと休憩していい?」
松本「あ、うん、いいよ。飯田さんも飯島さんも少し休んで。そういえば愛野さんは?これ持ってきた本人の意見聞きたいんだけど」
佐藤「部活じゃね?園芸部、生け花やるらしいし」
松本「ほー」
そう。この物語を持ってきてくれたのはみゆきだ
当初、囚われた歌姫の役もみゆきがやる予定だった
しかし、急遽園芸部が生け花をやるということになり、歌姫役を交代することになってしまったのだ
俺はみゆきに映像をメールで送信した
佐藤「これでちょっと待ってよう…って、うおっ!」
松本「どした?」
佐藤「いや、返信が思ったより早くてな。えーっと…『その場面、ピンチのところに歌姫の歌が聞こえてきて騎士が力付けられる場面だよ。だから歌姫の歌が被ってるのがおかしい』だって」
松本「え?でも台本は…」
その時だった
ベランダから突然みゆきが現れた
愛野「私、そのシーンはアレンジしないでそのままやってって言ったのに変えちゃったの?」
佐藤「うおっ!なんでベランダから…」
話によると、歌姫の歌がずっと聞こえてきているのとピンチの時に聞こえてくるのとではイメージが大きく変わってしまい、最後の場面の印象ががらりと変わってしまうらしい
みゆきがこのシーンをアレンジしないように言ってたのはそれが理由だったみたいだ
松本「飯田さん、飯島さん、ちょっといい?」
飯田「はーい」
飯島「どうしたの?」
松本「さっきやってた場面なんだけど、セリフと歌い出しの変更対応できそう?」
飯田「どんな感じに?」
松本「原作通りに行きたいんだけどいい?」
飯田「原作通り?」
俺たちは二人に原作での動きや台詞について説明をした
変更点自体は大したことないが、ちょっと違うだけで印象ががらっと変わってしまうのは実際にその部分だけやってもらって良くわかった
確かにこれだと騎士と姫が出会った時の台詞の印象が全然違う
松本「とりあえず通してもう一度やってみよう。愛野さんも見ててもらえる?」
愛野「うん…」
松本「みんな、今からまた最初から通しでやるから準備してくれ」
全員が持ち場につき、最初から通してやってみると、みゆきの言った通り、最後の場面の印象が全然違った
これについてはクラスの全員が感激してしまった
それから俺たちは全体的な台本の見直し作業に入った
すると、ところどころ原作通りにした方が良い箇所が浮き彫りになった
俺たちは話し合い、主人公を女騎士にする以外は原作通りにやることに決めた
その日の帰り、俺は必要な物の買い出しのために雑貨店に来ていた
買う物がかなり多いので一応立花と松本にも一緒に来てもらったが、どれが一番いいか見当がつかない
かといって適当に買うと見た目が悪くなってしまう
俺たちが悩んでいると、そこに牧野が来た
牧野「何してんの、あんたたち」
佐藤「あ、牧野か。実は…」
俺たちは牧野に事のあらましを話した
そうすると、牧野は俺たちにいくつかのアドバイスと共におすすめの商品を教えてくれた
ライバルになるのにこんなこと教えてくれていいのかという疑問もあったが、牧野は問題ないと考えてるようだ
俺たちは牧野に勧められたものを買い、店をあとにした
そして、俺は二人から荷物を受け取り、電車に乗った
特急とはいえ、時間が遅めなせいで今日は人が多く乗っていた
そういえばみゆきはこんな時でも快速で通学してるらしい
この時間の快速とかかなり混んでそうなイメージがあるが、大丈夫なのだろうか
そんなことを考えていると、下車駅に到着した
俺が電車を降りると、改札を抜けようとしている石川を見つけた
佐藤「石川」
石川「おう、お前か」
佐藤「一緒に帰るか」
石川「いいぜ。てかお前、すげー荷物の量だな」
佐藤「帰りがけに買い出し行ったからな」
石川「なるほどな。実はさっき愛野見かけたんだけど気付いたらどこかに消えてったんだよな…」
佐藤「何か用事でもあるんだろ」
石川「だな」
俺たちは文化祭の話をしながら家に帰った
〜翌朝〜
俺はいつもの時間に家を出た
石川と牧野は今日は早く出る必要があり、先に行ってしまった
だから今日の登校は一人だ
俺は昨日買った荷物を持って登校した
教室の前まで来ると、やけに教室の中が騒がしかった
俺が教室に入ると、クラスメイトたちが一箇所に集まっていた
佐藤「どうしたんだ?」
桜井「飯島さんが赤ちゃん連れて来たみたいなの」
佐藤「赤ちゃん?」
飯島「正確には、校門前で待ち伏せしてた叔母さんに押しつけられたんだけどね」
田中「とりあえずは保健室で預かってもらうことになってたみたいだぜ」
佐藤「じゃあなんで教室に?」
飯島「保健室に預けてからずっと泣き止まなくて…」
なるほど。確かに赤ちゃんからすれば知っている人がいないのは不安だろう
ただ、だからといって付きっきりになれば飯島は準備に参加することができない
でも、保健室に預ければ泣き止まなくてそれはそれで学校全体に迷惑がかかる
どうするべきかをみんなで考えていた時、教室にみゆきが歌いながら入ってきた
しかも、歌っているのは子守唄だった
みゆきはそのまま泣きわめく赤ちゃんを飯島からそっと抱き上げた
愛野「一緒に保健室に連れて行こう」
飯島「え?うん…」
みゆきは赤ちゃんを抱っこしたまま、飯島と一緒に教室を出た
そして、ホームルーム開始5分前に二人は戻ってきた
桜井「おかえりー」
加藤「大丈夫だった?」
飯島「うん。みゆきちゃんが歌いながら保健室まで連れて行ってくれたんだけど、その間にあの子寝ちゃってね」
全員「おおー」
教室内に拍手が鳴り響いた
あれだけ何しても泣き止まなかった赤ちゃんをそんなにあっさり寝かしつけてしまうとは…
飯島「みゆきちゃん、いいお母さんになれそう」
愛野「そんなことないよ…。私だって入院中に赤ちゃんのお世話のお手伝いしてなかったらたぶんどうにもできなかったもん…」
飯島「そういえば聞いたことない子守唄だったけど、あれ何て曲なの?」
愛野「うーん…私もよく知らないんだよね…。小さい頃、お父さんがよく歌ってくれた曲なんだけど…」
そんなことを話していると、小林先生が入ってきた
ホームルーム終了後、文化祭の準備が始まった
飯島「みゆきちゃん」
愛野「どうしたの?」
飯島「アリア王女の役、やっぱりみゆきちゃんがやって」
愛野「え?でも私、園芸部の方が…」
飯島「園芸部のある時間は私がやるから、他はみゆきちゃんがやって」
愛野「返事は園芸部のスケジュール決まってからでいい?」
飯島「もちろん」
愛野「なるべく入れられるようにはするね」
飯島「ありがとう。佐藤君、園芸部次第だけどみゆきちゃん、アリア王女代わってくれるみたい」
佐藤「了解」
そうなるとどのタームを飯島にするかって問題がある
物語の長さを考えるとそこまで厄介ではないが、あまり園芸部の前後に枠が来過ぎるとみゆき自身が大変だろう
俺は園芸部の出し物のタイムテーブルとクラスのタイムテーブルを見比べ、いくつかの候補を決めた
園芸部の出し物は生け花
そして、花を生けるのは1タームにつき2人
対して園芸部の部員数は12人
つまり、みゆきが入るのは1タームだけのはずだ
3時間目の開始のチャイムが鳴り終わった数分後、みゆきが教室に戻ってきた
そして、俺に園芸部のタイムスケジュールを見せてきた
佐藤「マジか…」
松本「愛野さんは参加不能か…」
愛野「本当にごめんなさい…」
桜井「愛野さんが謝ることじゃないわよ。それに他にも部活で来れない子はいるんだから気にしなくても大丈夫よ」
愛野「みんな…本当にごめんなさい。その代わり私にできることがあったら協力するから…」
佐藤「でもさ、ある意味良かったんじゃね?」
立花「どういうことだ?」
佐藤「他のクラスに、『クラスのチカラ』じゃなくて『歌姫のチカラ』って妬まれること無いじゃん。それに後々面倒なことしないで済むじゃん」
クラスメイトのみんなは「確かに」と口々に言った
歌姫の件を伏せたいという点に関してだけ言えばみゆきの我儘だ
ただ、俺たちにもクラスに彼女目当てで凸してくる奴が現れないから平和に過ごせるというメリットがある
だからこそクラスとしては伏せるのに協力する方針でいる
桜井「あ、そうだ。愛野さんに劇中の歌、歌ってもらって収録したのをその場面で再生するってのはどうかな?」
佐藤「それじゃあ意味ない…こともないか。『桜女子の歌姫に歌唱依頼した』で通せるからな」
松本「じゃあそれを焼いたCDを金券で販売して劇は無料にするのはどう?」
桜井「ナイスアイデア。それで行きましょう」
松本「じゃあ愛野さん、金曜日までに収録お願いできる?」
愛野「え?でも私、収録のための場所の伝手なんて無いんだけど…」
松本「俺の伝手で頼んどくから」
愛野「うん…」
そうして俺たちは新しい方針に合わせて準備を始めた
その日の放課後、俺はみゆきと一緒に帰宅していた
佐藤「あ、そうだ。これ渡してなかったな」
愛野「これは?」
佐藤「新しい台本。歌が必要な部分に付箋つけてあるからそこに合わせて選曲してもらえる?」
愛野「選曲も私なんだ…」
佐藤「一応飯島の選曲はこんな感じだった」
そう言って俺はみゆきに1枚のメモを渡した
それを見た瞬間、みゆきは悩み出した
佐藤「まあ金曜日にCDあれば大丈夫だから」
愛野「うん、分かった」
その後俺たちは、取り留めない話をしながら帰宅した
2036年10月10日
俺たちは朝からCDの到着を待っていた
しかし、昼休みになってもなかなか来なかった
佐藤「遅いなぁ…」
桜井「何かあったのかしら…」
俺たちが心配していると、小林先生がCDを持って教室に来た
先生の話だと、みゆきは来てはいるけど、今は宮島先生と話をしているらしい
そこで先生がCDを預かり、届けに来たようだ
俺は小林先生からCDを受け取ると、早速ノートパソコンに入れてみた
すると、30近い曲数が表示された
佐藤「いや何だよこのトラック数。多過ぎだろ…」
田中「俺たちで選べってことか?」
小林先生「愛野さんのお話だと、会ごとに曲を変えることもできるようにたくさん収録したみたいよ」
佐藤「マジか…。そんなに…」
松本「いや、それ採用」
佐藤「は?」
松本「会ごとに曲変えるの、面白そうじゃん」
クラスメイトのみんなは「確かに」と頷き出した
発想としては確かに悪くはない
ただ、桜女子の歌姫の歌をそんなにたくさん無料で聴かせるのはいかがなものだろうか
彼女が1曲歌うというだけですぐにそのステージのチケットは売り切れると言われている
1曲しか歌わなかったとしてもそれだけの価値があるのにそれを30曲近く、しかも無料でなんていくらなんでも失礼にあたる気がしてならない
俺はクラスメイトたちにそのことを話して1曲だけ再生した
三井「これは…」
赤城「音楽の授業でも聴いたけどやっぱり凄い…」
立花「これ普通に金取れるよ…」
小林先生「そうね。確かにこれはお金払わない方が失礼にあたるわね…」
加藤「なんなら今もう愛野さんにお金払いたいくらいだよ」
その時、教室にみゆきが入ってきた
それを見た瞬間、みんながこぞって財布を手にみゆきのところに集まった
愛野「え?なになになに?何事?」
加藤「愛野さん、これ受け取ってくれ」
愛野「え?ええっ!?」
みゆきはクラスメイトたちにいきなり大金を渡され、完全に困惑していた
そりゃいきなりクラスメイトが財布持って集まっていきなり大金渡してきたら誰だって困惑するだろう
小林先生「はいはいみんな落ち着いて」
愛野「あの…これは一体何事ですか?」
佐藤「CDに収録されてたお前の歌聴いてみんなが金払いたくなったってさ」
愛野「なんでそんなことに…」
みゆきは完全に困惑していた
そりゃ文化祭のために収録しただけでこんなに金を渡されたら普通に困惑するだろうな
俺はみゆきに事のあらましを話した
愛野「なるほどね…。でも聞いている限り、完全に佐藤君がみんなをその気にさせただけじゃない?」
佐藤「まあ…そこについては悪かったと思う。でもお前の歌にはそれだけの価値があるってみんなも思ったってことだろ?」
愛野「そう思ってくれたのは嬉しいけどこれはちょっと…」
そう言ってみゆきはみんなにお金を返そうとした
しかし、みんなはどうしてもみゆきにお金を払いたいらしく、返金拒否の姿勢を見せた
その姿勢にみゆきは再び困惑し出した
小林先生「本来こういうのは良くないんだけど、今回は受け取ってあげた方がいいわ」
愛野「うーん…」
みゆきは完全には納得していない様子だったが、今回はということで受け取ることにした
もちろんこの件についてはクラスメイト全員に小林先生から注意されることになった
その後俺たちはCDの焼き増し作業をしつつ、最終調整を行った
放課後、俺はみゆきと一緒に帰ることにした
佐藤「あれはびっくりしたな…」
愛野「発端は佐藤君でしょ…」
佐藤「それについては大いに反省しております…」
愛野「まあ…ステージに立った後にお客さんからプレゼントやお金を渡されたりっていうのはよくあるけどね…。おかげで私のお部屋、一時期ぬいぐるみでいっぱいになったもん…」
佐藤「お、おう…。ちなみにそのぬいぐるみはどうしたの?」
愛野「全て保育園や施設に寄付したよ」
佐藤「なるほどね。ちなみにみゆきはチップ込みで1ステージでいくらくらい貰ってるの?」
愛野「規模にもよるかな…。ただ、実際問題主催者から払われる報酬よりもお客さん1人あたりが直接渡してくるお金の方が多いのは確かかな…」
佐藤「それもはや出演報酬の方がチップなんじゃ…ってそっち違うホーム…あ、トイレか」
俺はみゆきがトイレから出てくるのを待ち、一緒に帰宅した
〜翌日〜
〜【第1回】〜
アンジュ(上山)「アンナ、リン、アリア王女見なかった?」
アンナ(飯田)「え?見てないよ」
リン(桜井)「何かあったの?」
アンジュ「アリア王女がお昼から行方不明なの」
アンナ「ええ!?」
アンジュ「私が少し目を離したばかりに…」
上山の泣く演技は練習の時から何度も見てきたが、何度見ても凄い
それどころかこの本番では本当に涙を流す徹底ぶりだ
完全にプロの仕事としか思えない
観客の人たちも同じことを思っているらしく、小声でそのことを話していた
リン「泣くのは後。今はアリア王女を探さないと」
アンナ「ドゥルク国王とソフィア女王はこのことは?」
アンジュ「知ってる。リーゼロッテ王女も自分の側近に捜索させてる…。でも、どこを探していいのか分からないみたいで…」
そこにみゆきがこっそりと入ってきた
どうやら第1回のお披露目が終わったらしい
愛野「どう?」
佐藤「今のところ問題はない。てか上山の芝居が上手すぎてびっくりしてる」
愛野「詩織ちゃん、演劇部のエースだからね。泣くお芝居でも本当に涙を流せるくらいだから」
佐藤「それは俺もびっくりした。だからアンジュ役に推薦したの?」
愛野「アンジュは泣く場面があったからね。みらいちゃんについても元々歌姫候補生やってたくらいに実力はあるからアリア王女の役に推薦したの。まあ結局私が歌ったけどね…」
そんなことを小声で話していると、ついに森の奥から歌声が聞こえてくる場面になった
俺は小さい音でCDを再生した
そして、森の奥に一行が進んでいくにつれて音量を上げていった
すると、来場者たちがざわつき出した
一部の人がみゆきの歌声であることに気づいたようだ
そして、アンナと謎の男との戦いの場面では、大多数の人がみゆきの歌声だと気付いたらしい
アンナ「アリア王女が応援してくれてる!こんなところで負けるわけにはいかないの!この剣、アリア王女のために捧げると決めたんだから!」
俺は飯田の気迫にびっくりした
みゆき、いくらなんでも神采配過ぎだろ…
そして、その後も何の問題もなく第1回公演は終わった
焼き増ししていたCDは即売り切れとなり、次の回までにさらに焼き増しする必要が出てしまった
さらに観客たちは、上山とみゆきに渡してほしいとこぞってお金を置いて行った
俺はすぐに小林先生を呼んで対応をお願いした
しかし、来場者たちの支払いの意思は強く、やむを得ず金券での支払いのみ受け付けることになった
その後9回の公演をやったが、どの回でもCDの焼き増しと金券によるチップとは思えない額のチップの支払いが行われた
さらに昼休みあたりになると、うちのクラスで歌姫の歌が聴けると学校全体で噂になっていた
そのため、昼以降の公演は整理券の配布で対応することになった
文化祭初日終了後、俺は売り上げとチップの集計を行っていた
正直、売り上げの集計だけでも面倒なのにチップまで集計することになるとは…
さらに、CDそのものも来場者が販売額を釣り上げてしまい、第3回公演からは来場者の言い値である、定価の10倍の金額で販売する羽目になり余計に面倒だった
佐藤「ふぅ…」
愛野「お疲れ様」
佐藤「CDの売値の釣り上げにチップの支払い…みんなの中でのみゆきの歌の価値、計り違えてたよ…」
愛野「でも私だけじゃなくて詩織ちゃんに対しても支払われてたじゃん」
佐藤「そうなんだよなぁ…。僅かにみゆきの方が上とはいえ、二人とも同じくらいチップの支払いがあったんだよな…」
愛野「さすがはしーちゃん…」
佐藤「へ?」
愛野「知らなかったの?最近話題の高校生女優の『しーちゃん』、詩織ちゃんのことだよ」
マジかよ…
歌姫に女優と、何なんだようちのクラスは…
俺は売上報告書を印刷し、みゆきと一緒に小林先生のところに持って行き、下校した
〜翌日〜
俺は園芸部の生け花を見に、会場に行った
会場の手前側は園芸部が育てた花が並べられており、その奥で生け花が行われていた
しかも部員たちは着物を着て行っていた
佐藤「今日はみゆきはやらないのかな…」
愛野「今は案内役」
佐藤「うおっ!いきなり後ろから声かけるなよ…」
愛野「私がやるのを見に来たの?」
佐藤「まあね」
愛野「私の回、20分後だよ」
佐藤「本当にうちのクラスと被ってんだな…」
俺は20分程ぶらつき、生け花の会場に来た
なんというか…すごく厳かな感じがした
普段はかわいく見えるみゆきも、今は美しい大人の女性みたいに見える
雰囲気一つでここまで見え方が変わるとは…
そして30分後、花を生け終えたみゆきはこちらに向けて正座のまま一礼をして去って行った
普通、生け花を30分でなんて無理だと思う
おそらく、どう生けるかを予め決めていたのだろう
俺が写真を撮っていると、みゆきは数分で再び制服に身を包んで俺のもとに来た
俺たちは一緒に教室に戻った
佐藤「この音は…」
愛野「アリア王女を救い出す最後の戦いの場面だね」
俺たちはベランダからこっそりと教室に入った
ちらっとステージを見ると、昨日よりさらに凝った演出がなされていた
佐藤「いやいや、こんなん俺聞いてないぞ」
松本「木曜日、お前休んだろ?あん時に決まったんだよ。ただ、昨日は機材が間に合わなくてな…」
佐藤「なるほどな…」
松本「ちなみに発案者は愛野さん」
佐藤「みゆき、後でちょっと話がある」
愛野「ごめんなさい…。伝えてほしいと言われていましたけど失念していました…」
佐藤「それにしても凝ってるなぁ…」
舞台演出は思いの外好評で、公演が終わった時には昨日以上に拍手大喝采で終了を迎えた
観客が全員帰った後、俺たちはステージの近くに集まった
松本「ところで佐藤君、君さっき、愛野さんのこと下の名前で、しかも呼び捨てで呼んでなかった?」
その一言で、クラスメイトの男子たちの空気が一気に変わった
愛野「それは佐藤君が私の幼なじみだから…」
田中「いいや、俺たち男子は誓い合ったんだ。抜け駆けは絶対にしないとな」
佐藤「いや俺そんな誓い立ててないぞ!?」
立花「問答無用!」
俺は男子たちに一斉に襲われた
桜井「アホらし…」
上山「男子って本当にバカだよね、みゆきちゃん」
愛野「う、うん…」
上山「どうしたの?」
愛野「高校入って最初の頃は佐藤君が私のことをいつもみたいに『みゆき』じゃなくて『愛野』って呼んでたのってこれが理由だったのかなって…」
上山「え?最初の頃はってことは、一定期間過ぎてからはずっと『みゆき』って呼ばれてたの?」
立花「なんだとぉ!?」
愛野「詩織ちゃん、それ完全に火に油を注いでる…」
田中「やっちまえ!」
佐藤「だからやめい!」
俺は上山の一言を聞いた男子たちによってさらにきついお仕置きをされる羽目になった
愛野「あーあ…」
桜井「もう男子やめなさい!」
桜井が叫ぶと俺を襲ってきた男子たちは一斉に離れた
なんとか助かりはしたが、固め技をくらったせいで体に少し痛みが残っていた
桜井「もう…バカやってないでさっさと呼び込み行きなさい。客入り悪かったらぶっ飛ばすからね」
男子たち「はーい…」
愛野「大丈夫?佐藤君」
佐藤「なんとかな…。いてて…」
俺は控えスペースに移動して公演の準備を始めた
佐藤「次は…あれ?全部流し終えてる…」
上山「え?もう無いの?」
佐藤「まあ…当初は毎回歌変える予定じゃなかったのに変えることにして、さらに人の入りが予想以上になっちまったから公演回数増やしたから30曲じゃ足りなくなっちまったみたいだからな…。まずいな…。あと2回あるのに…」
上山「じゃあみゆきちゃんに歌ってもらう?」
佐藤「いやそれヤバいだろ。CDだけであれだけの人数なんだから生となると…」
上山「そっか…」
その時、教室に小林先生がカメラを持って入ってきた
小林先生によると、桜井が昨日の下校前に先生に相談していたらしい
その結果、職員会議で講堂と視聴覚室でもライブ中継を流すことになったらしい
桜井は機材のセッティングが終わると共に男子たちに次の公演からはみゆきが生で歌うという情報を流した
数分後、想像を遥かに超える観客が集まった
松本「佐藤、講堂の方、満席になったぜ」
桜井「視聴覚室の方も満席みたいよ」
佐藤「いやマジかよ…」
少し早いが俺はステージに立ち、注意事項のアナウンスと、CDの販売に関するアナウンスを行った
実は1回前の公演でCDがなくなってしまい、焼き増しができなくなってしまったのだ
その代わりオンラインでの販売を行うことになったのだ
アナウンスが終わると俺は控えスペースに戻った
そして、俺は効果音や音楽をタイミングよく流し続けた
そして、ついにアリア王女の歌声が聞こえてくるシーンになった
佐藤「なるべく小さい声で歌って」
愛野「どれくらい?」
佐藤「えーっと…できる限り小さい声で」
愛野「分かった。終わる時に軽く背中をつついてくれる?」
佐藤「はいよ」
みゆきは俺の横に立ち、かなり小さい声で歌った
俺にはそこそこ聞こえてはいるが、おそらく舞台の方からはかなり小さく聞こえているはずだ
ただ、高音域はどうするんだろうか
俺がそんなことを考えていると、歌が切れる場面になった
俺はみゆきに言われた通り、背中を軽くつついた
直後、みゆきは歌うのをやめ、俺の横に座った
佐藤「そういえば音が高い部分はどうするつもりだったの?高い声出すとなるとどうしても声量調整が難しくない?」
愛野「さっきの歌、裏声が必要なほど高いところまで出す歌じゃないよ」
佐藤「へ?」
そう言うとみゆきは俺に楽譜を渡してきた
楽譜を見ると、音域はアルトの音域の範囲内で収まっていた
愛野「歴代のブロッサム・ディーバはソプラノ歌手の方が多いって思われがちなんだけど、むしろアルト歌手の方が多いんだよ。現に私は第100代だけどアルトの方は第178代だからね」
佐藤「ほー」
俺は舞台を見守り、タイミングを見てみゆきに声を掛けて歌ってもらった
そして、ついにアリア王女救出シーンになった
男(田中)「残念だが、これで終わりだ」
アンナ「くっ……!」
直後、みゆきが歌い出した
今回は声を抑える必要もないので思いっきり歌ってもらった
観客A「ん?この歌は…」
観客B「ディーバ様の歌じゃない?」
観客C「確かにディーバ様だ…。じゃああのお姫様の役の子ってまさか…」
教室内が一気にざわつき出した
何人かは気付くとは思ってはいたが、予想以上の人数が気付いたようだ
ただ、どうやらアリア王女の役を演じている飯島をみゆきと勘違いしているようだ
アンナ「アリア王女が応援してくれてる…!こんなところで負けるわけにはいかないのよ!この剣、アリア王女のために捧げると決めたんだから!」
観客たち「………!」
クラスメイトたち「………!」
これまでに出したことないくらいに張り上げた飯田の声に俺たちは驚いてしまった
彼女の声は、まさに追い詰められた女騎士が王国への愛国心や忠誠心から再び立ち上がろうと上げた雄叫びのようなものだった
ただ、それに物怖じせず歌い続けられるみゆきはもっと凄いと思った
いつもの控えめでおどおどしてる姿はどこに行ったのだろうか
アンナ「これで終わりよ!」
そう言い、アンナ役の飯田が剣を薙ぐと、主犯の男役の田中が叫びながら倒れた
その瞬間、みゆきは歌い終えたかと思うとそのまま腰を抜かして座り込んでしまった
佐藤「大丈夫?」
愛野「さっきのあのさくらちゃんの声で怯んじゃって…でも歌を最後までやめるわけにはいかないと思って…」
どうやら歌を最後まで歌い切るという強い意思だけで立っていたようだ
これがみゆきの歌姫としてのプロ意識というものなのだろうか
佐藤「お疲れ。このままゆっくり休んでてくれ」
愛野「うん…」
俺はみゆきが倒れないように見守りながら音響の仕事を続けた
そして、ステージは無事に終了した
しかしその直後、観客たちが飯島に詰め寄ってきた
飯島「皆さん、落ち着いて下さい。私は皆さんの言う歌姫ではありません」
佐藤「申し訳ありませんが、皆さんの言う歌姫は、先程の戦いの場面のセリフにびっくりして腰抜かして立てず、休んでいます」
俺がそう言うと、観客たちは下がって行った
俺は再び控えスペースに行った
佐藤「どう?」
上山「まだ立てなさそう」
佐藤「だいぶがっくり来たんだな…」
愛野「ごめんなさい…みんなに迷惑かけちゃって…」
飯田「ううん、私の方こそごめんね。みんな愛野さんの歌にばっかり意識向けるからむっとしちゃって大きな声出しちゃって…」
愛野「ううん、さくらちゃんは悪くないよ。むしろ凄く良かった」
佐藤「じゃあみゆきは上山と飯田に任せていい?俺は客たちをなんとかするから」
上山「了解」
俺は再びステージに戻り、歌のダウンロードのお知らせの配布と退室誘導を行った
観客たちはみゆきに会いたがっていたが、今の状態で会わせるのはさすがに厳しい
その時、スピーカーからみゆきの声が聞こえてきた
愛野「皆さん、ごきげんよう。ブロッサム・ディーバ、ソプラノ担当を務めております桜女子学園高等部1年の愛野みゆきです。本来であればステージに出て挨拶したかったのですが、現在立ち上がれる状態ではありませんので、このままで失礼致します。
私の歌を気に入ってくれたのは凄く嬉しいです。しかし、スタッフの方にご迷惑をお掛けすることは間違っていると思います。そのような心ない方々がいらっしゃると、私も非常に悲しいです。ですから、スタッフの方々にご迷惑をお掛けしないよう、きちんとマナーを守って下さい」
その一言に騒がしかった観客たちは一気に静かになった
おそらく、みゆきの一言に心を動かされたのだろう
そのためか、その後の誘導は非常にスムーズに進んだ
そして、再び教室内は静寂に包まれた
俺は再び控えスペースを覗こうとした
桜井「待って。今女子が着替え中だから」
佐藤「了解。あとそこ、着替えスペースじゃねえからな」
俺は女子が着替え終えるのを待ち、再び控えスペースに戻った
佐藤「ありがとな、みゆき」
愛野「ううん。私は、私にできることをしただけだから」
佐藤「それが凄く大助かりだったから。てかみゆき、さっきなんで桜女子の生徒として挨拶したの?」
愛野「こもれび高校の生徒として挨拶したら、平穏に高校生活を送れなくなっちゃうでしょ?それに私、前にも話したけど桜女子の高等部にも籍があるから嘘ではないんだよ」
佐藤「あー…」
そういえばそうだった
ブロッサム・ディーバは対外的には桜女子学園の中等部または高等部の生徒であることを要件としている
それゆえにせめて籍だけでも向こうに無ければまずいのだろう
ただ、このシステムだと仮にずっと継承できなければみゆきはずっと高校生ってことになるのではないだろうか
まあその辺はなんとかしているのだろう
佐藤「立てる?」
愛野「たぶん…」
佐藤「じゃあちょっと手を引っ張るね」
俺は座り込んでしまっているみゆきの手を引いた
それに合わせてみゆきはゆっくりと体勢を変え、なんとか立ち上がることができた
みゆきはお礼を言うと、教室を出て行った
上山「佐藤君、なんだか王子様みたいだね」
飯島「うん。みゆきちゃんの王子様って感じ」
佐藤「親父の教えでな、女の子には優しく、そして大事にしろってな。あと、自分が惚れた女は一生をかけて守っていけってな」
飯島「いいお父さんだね」
上山「あれ?じゃあ佐藤君はみゆきちゃんのこと好きなの?」
佐藤「いや結論の導き方よ…」
飯島「そうだよ。彼はみゆきちゃんのこと大好きだよ」
飯島がそう言うと、俺の周りには女子たちが集まり、俺は次の公演のお客さんが来るまで質問攻めに遭った
もちろん最後の公演も拍手大喝采で幕を閉じた
そして、ついに文化祭も終わりを迎えた
桜井「愛野さん、今日はありがとう」
愛野「そんな…私は歌っただけであとは部活ばっかりだったから…」
田中「いや、でも今回の演劇は愛野さんのチカラがあったからこそ上手くいったんだよ」
三井「だから今回の一番の功労者は愛野さんだよ」
小林「たとえ最優秀賞貰えなかったとしても俺たちに悔いはねえよ」
愛野「みんな…」
その時、結果の確認に行っていた立花が走って戻ってきた
立花「みんな!うちのクラスが学年と総合で最優秀賞だ!」
立花の一言に、クラスメイトたちは声を上げて大喜びしていた
そして、最優秀賞の盾を持った飯田が遅れて入ってきた
立花の話では、多くの人が「歌姫様の歌を聴くことができ、さらに演劇の質が高い」という理由からの投票が多かったらしい
佐藤「じゃあ今回の一番の功労者は愛野と上山だな」
上山「え?私も?」
加藤「演劇のクオリティ上げるのに一番貢献したのお前なんだから当たり前だろ?」
上山「みんな…ありがとう」
その時、小林先生がデジカメを持って教室に入って来た
小林先生「はいじゃあみんな、写真撮るわよ」
飯田「じゃあ愛野さんと上山さん、これ持って真ん中に立って」
俺たちは二人が真ん中に来るように囲んだ
そしてみんなが画角の中に入り、ポーズを決めたところで小林先生がシャッターを切った
こうして、1年目の文化祭は非常に良い結果で終えたのであった
帰り道、俺は久しぶりに四人で帰ることにした
石川「そういや愛野はいつまで歌姫やるの?」
愛野「さあ…。今回の候補生、辞退しちゃったから少なくともあと1年は続けないといけないかな…」
みゆきの話によると、今年の候補生の子は、歌は凄く上手かったみたいだ
ただ、自分では先輩歌姫たちに続くことができる自信が無いと辞退してしまったらしい
特にみゆきを含め直近5人のソプラノの歌姫はレベルがあまりにも高く、辞退する子が続出していたらしい
そしてみゆき自身もあまりのレベルの高さから辞退しようかと考えたこともあったようだ
しかし、気の弱いみゆきは、先代の歌姫の強い推しに負け、今の地位に立つことになってしまったようだ
まあ…強い推しに負けた結果、伝説の歌姫なんて呼ばれてるんだからある意味先輩泣かせではあるだろう
石川「ま、本人になる気が無いならしゃあないだろ」
佐藤「また元も子もないことを…」
俺たちはその後も雑談をしながら帰宅した
皆さんの近くに、凄く優秀な人っていませんか?
いるのであれば、あなたがその人の後釜に選ばれたというのを想像してみて下さい。そして、その人の後釜としてやっていける自信があるかを考えてみて下さい。やって行けるって人はよほどの自信家なんでしょうね。そこまでは分からないですが、普通の人の場合、凄く不安になると思います。あくまで一般論に過ぎませんが…
この話であれば、みゆきちゃんがその優秀な人、後釜に選ばれた子があなたってイメージを持ってもらえればなと思います。
今回作中で演劇でやってた小説は、「白銀の騎士と王国の歌姫」という、私がこの話を書くためだけに書いた1本の小説です。そっちでは主人公がアンドレという騎士見習いの男の子ってだけであとはみんな同じです。もしかしたら今後またこんなふうに1話書くためだけに1本小説が生まれるかもしれないです。まあ…この小説自体がR-18じゃないから専用小説でR-18は無いけどね…。というか高校の文化祭でR-18はまずいなw




