9.ヤクザでもオカンでもなく、騎士だった
ロードを追い出そうと日々奮闘しているが、図々しさキングなこのオッサンは頑なに出ていこうとはせず、1週間が過ぎてしまった。
毎日温泉に入っているせいか、ロードの肌や髪がツヤツヤしてきて気持ち悪い。
見た目がガチムチマッチョヤクザなので気持ち悪さが倍増する。
掃除、洗濯、料理等の家事全般は、私の能力だと一瞬で終わらせてしまえるのだが、ロードの前でそれをやるとまた色々追及されてしまうので、自らの手で行わなくてはならなくなった。
本当に面倒臭くて嫌になる。
しかも、料理が下手なので初日に出した晩御飯を最後にロードが作るようになった。マッチョヤクザのクセに料理が上手いとはどういう事か。
掃除や洗濯は私がしているが、ロードが居ない所では能力を使っている。面倒な事はやってられないのだ。
ロードはそういう時何をしているかというと、剣を持って素振りをしたり腕立て伏せやスクワットをしたりと鍛練している。
その後は畑で野菜を収穫して保管庫へ運ぶ作業をし、それが終われば私の監視をするのがどうやら日課のようだ。
監視とは言っても、一日中じっと見られているわけではないのであまり気になりはしない。
むしろこちらの世界の美味しいご飯を味わえるのでラッキーだ。
ちなみに野菜畑は、ロードがご飯を作ると言い出した時に急遽、この世界でよく食べられる野菜を収穫出来るよう薬草畑の側に作ったのだ。さも前からありましたよ、というように。
合わせて保管庫も増設した。勿論気づかれないように私の能力を使ってね。
調味料畑はさすがに見られるわけにはいかないので、私以外には見えなくなるよう結界を張った。
家の中にある不思議な道具類は、私が魔道具製作をしているのだと説明しておいた。
その際ぎょっとした表情をされたが、特に何も言われなかったので、魔道具は存在するのだろう。
しかしロードは本当にここに居着いてしまった。妙に気が利くので、1週間経った今ではさっさと帰れとも言い辛くなってきている。
別に餌付けされたわけではない。
しかし、私は1人で暮らしたいのだ。心を鬼にして追い出さなくては!
「ミヤビ~昼飯できだぞー」
キッチンから美味しい匂いとロードの声が聞こえてくる。
あ~今日も良い匂いだ。食欲をそそる。
じゅるりと出てくるヨダレを拭い、寝転んでいたリビングのソファから立ち上がる。
「今日のお昼は何ですか━?」
キッチンへ向かいながらロードへ声をかければ、すぐに答えが帰ってきた。
「今日は野菜をたっぷり使ったスープと、ヤコウ鳥の肉と卵を使った炒め物に、焼きたてのパンだぜぇ」
「おーっ美味しそう!」
ダイニングテーブルの席につくと、机の上に並べられた料理に目が輝いた。
ヤコウ鳥とかいう鳥はこの森に結構いるらしく、魔物とはまた違うただのデカイ鳥らしい。
ロードは出会った時にあげた魔物避けのお守りを持って狩りに行き、ヤコウ鳥を狩ってきたのだ。
しかもそれを素早く解体し、下処理をして料理に使っている。
そしてこのヤコウ鳥、絶品なのだ。
肉厚なのに柔らかくて臭みが全くない。癖もない味でさっぱりしている。今や私の好物になっている。
「オメェ、ヤコウ鳥好きだろう。沢山作ったからたんと食え」
「やったー!いっただっきまーす!!」
いつものように手を合わせてから食べ始める。
ロードの作る料理は本当に美味しい。
野菜たっぷりスープもヤコウ鳥の鶏ガラと野菜を煮込んで出汁をとっているのだろう。最高だ。
もう一手間加えると絶品ラーメンのスープにもできそうな気がする。
パンも焼きたてで、外はパリっとしているのに中はふっくらもちもちである。ヤコウ鳥の肉と卵の炒め物を乗せて食べると美味しさが倍増だ!
「はぁ~幸せ~」
「ククッ飯ぐれぇで大げさだねぇ」
優しい眼差しで見つめられて、つい呼んでしまいそうになった。
“オカン”と。
いかん!完全に餌付けされていた。
ロードを追い出す。それが私の使命なのだ!
……まぁ、とりあえずご飯を食べ終わってからでも遅くはないだろう。
◇◇◇
「ここに居ても暇デショ」
この言葉をロードに向かって言えたのは、昼食の2時間後だった。
研究所で薬を作ろうと移動したら、監視が日課のロードもついてきたのだ。
「ん? まぁ、ゆったりとした時間が流れてるとは思うけどなぁ…ミヤビ、オメェはどうなんだ?」
薬草棚から葉っぱを手に取りながらこっちを見るロードに、こういう生活が気に入っているんだと言えば、そうかと相槌を返されただけだった。
黙ってしまったので、手元のすり鉢で薬草の葉をすり潰していく。
それを鍋に入れ、そこへ精製した水を入れて煮込み、トロトロになってきたら濾して冷蔵庫へ入れる。
すると液体は固まり、あら不思議。軟膏が出来上がるのだ。塗れば傷があっという間に消える優れものである。
「なぁ、何作ってんだ?」
「軟膏」
「軟膏だぁ? オメェ魔道具の研究者じゃなかったのかよ」
ガラスで出来た丸く小さな容器に軟膏を詰めていると、手を伸ばしてきて詰め終わった軟膏を手に取り、興味深そうに眺めている。
「魔道具の研究もしてるし、薬も作ってんの」
「オメェ薬師でもあんのかよ……そういやぁ、魔物につけられた傷もあっという間に治しちまったよなぁ…」
この世界には薬師という職業もあるらしい。こういう回復薬は案外珍しくないのかもしれない。
しかし、ロードの前だからと面倒な作業をわざわざやっているが、この世界の事をよく知らない私はこの作業に意味があるのかわからない。驚いてる風ではないから、薬師とはこんなものなのだろう。
「結構な量作ってるみてぇだが、オメェ1人でこんなに使うわけでもねぇんだろ。もしかして売ってんのか?」
ロードの言うとおり、研究所の棚に保管してある薬の数だけでも結構な量がある。
別に保存庫にも軟膏や飲料タイプの傷薬、錠剤タイプ等々が用途別にラベル付きで保存魔法(?)をかけ置いてあるのだ。
この2年で色々妄想…想像を膨らませ作ってみた薬達は既に置き場がなくなってきている。
「趣味で作ってるだけだから、売ったりなんてとんでもない」
「趣味だぁ!? どうせこの軟膏も俺に飲ませたヤツみてぇにすげぇ効果があんだろ? 勿体ねぇ…」
「いや、だってこの辺人来ないし。商売するとかそんな人と接するような事したくないし」
面倒事しか起きないだろうし。
結局人間というのは皆、欲に忠実な生き物なのだ。類に漏れず私も欲に忠実に生きている。だからこそここに1人でいるのだ。
誰にも遭わずに好きに生きて行く。という事が私の欲の1つなのだから。
「そういやぁオメェ、世捨て人だったな…」
私が答えれば、思い出したかのようにそう言いジト目で見られた。
失礼な奴だと思うがその通りだ。
「そんな世捨て人がいるような森の中に、あんたはよく1人で来たな」
嫌味と、ちょっとした興味で聞いてみたのが悪かったのだろうか。ロードの顔が少し強ばった気がした。
「まぁ…気分転換に、な…」
気分転換でこの森の中に1人入る奴がいるのか。
木漏れ日の中のツリーハウスや手作りブランコがある、愛らしいウサギさんとリスさんがいるような穏やかな森ならまだしも、こんな鬱蒼とした魔物のいる森に気分転換って。無理があるだろう。
「…ロードの仕事ってさぁ…ヤクザか、狩人か……騎士?」
最後の一言に身体がピクリと反応した。
やはりそうか…。
森が仕事場の狩人なら気分転換に1人森へ、なんて嘘でも言わない。
口は悪いが気が利いて料理も出来る。集団生活にも慣れているようで、人との距離の取り方も上手い。監視をするような行動や剣の使い手である事。
そして、利になりそうな事に食いつく所をみると答えは自ずと絞られてくる。
大体、出会った当初は革の鎧…にしては簡素だったが、胸当てのようなものを付けて双剣を振るい、巨大な魔物と戦っていたのだ。冒険者じゃないなら選択肢はほぼないだろう。
だから、
「何でそう思う…」
ってただでさえ低い声を更に低くし、唸るように言われても…ねぇ。
それ、自分は騎士ですって言ってるようなもんだからな。