77.ドワーフ
「ーー…というか、私達は何故冒険者登録をしたの? これ天空神殿の住人募集に関係あるかなぁ?」
冒険者ギルドの外へ出て、半年前より活性化したであろう王都の街を、もらったばかりのドッグタグを眺めながら3人で歩く。
「関係あるよ!! 住人を探す=世界各地を旅する=冒険=冒険者でしょ!!」
何だその方式!?
「世界を旅するとか本気か!?」
「本気本気~。だから先立つものがいるでしょ!」
右手の親指と人差し指で丸を作り、その形のまま手の甲を私に向ける。その顔の何とイヤラシイ事か。
「…先立つものといえば、さっき冒険者ギルドで支払ったこっちの世界のお金…どこで手に入れた?」
私達は無一文のはずだ。
森で暮らす私にはお金など必要ないし、トモコも目覚めたばかり、ショコラに至ってはドラゴンである。にもかかわらず、冒険者登録料3人分をトモコは支払っていたのだ。
一体どこでそのお金を手に入れたのか…。
聞けばトモコはあっさりと答えた。
「昨日みーちゃんが早々に就寝した後、ロードさんに“明日お休みだからみーちゃんとお出掛けしたいんだけど、この世界のお金を持ってないよ~。このままじゃみーちゃんに美味しいものも食べさせてあげられない! 何とかしてよドラ○もーん!!”って泣きついたらくれたよ。おこづかい」
ロォォドォォォ!! 何やってんだあのオッサン!!!
「“危ねぇ所にミヤビを連れて行くんじゃねぇぞ”って言ってたよ。みーちゃん愛されてるね~!」
止めろォォ!! その前にこの危ねぇ女を止めろ!!
「あ、ロードさんが“おすすめの飯屋”も教えてくれたから、お昼はそこで食べようね!」
観光名所もちゃっかり聞いてきてそうだなおい。
「冒険者ギルドの次は武器屋だよね~。さっきおっちゃん達からおすすめの武器屋の場所聞いたんだ~」
誰かこの主人公体質の女を止めてくれ。
「ここを真っ直ぐ行って……あ、あった!! あのお酒のマークの看板を左に曲がってすぐ右に曲がるとその奥にあるって言ってた」
さっきからどこに向かってるのかと思ったら武器屋……。
異世界あるあるその3が起こりそうな予感……。
大通りを一本奥に入った細い道沿いにひっそりとあったそれは、赤茶のレンガ造りで2階建ての建物だった。
見るからに年季が入っており、レンガが黒ずんでレトロな雰囲気を醸し出している。一見武器屋とは分からない外観だ。
異世界あるあるその3。
お店に入ると頑固者の店主に怒鳴られ追い出されそうになる。
果たして異世界あるあるその3は起こるのか…。
武器屋かどうか分からない外観だった事もあり、トモコすら躊躇いがちに扉を開けた。
中に恐る恐る入れば、四方の壁に所狭しと掛けられた斧や剣、ナイフ等の武器の数々に圧倒される。
秋葉原にある武器屋(模造品)とは全然違う。1つ1つに重厚感があるのだ。
床に置かれたワイン樽の中にも雑然と剣やら何やらと詰め込まれ、もしかして“ひのきのぼう”もあるかもしれないとドキドキしてくる。
何故か私は、ひのきのぼうを取り憑かれたように探した。
結果、ひのきのぼうは無かったがそれに近い棍棒はあった。その名も“ヒッキーのぼう”。
何だその引きこもり専用みたいな武器は。
お値段なんと、2500ジット。驚きの価格である。
ちなみに“ジット”とはこの世界の貨幣の単位だ。
1ジット=1円で、お金の価値はほぼ日本と同じらしい。
違いと言えば、紙幣が無い事と硬貨の素材だろうか。
1ジット=1円玉と同サイズの銅貨
10ジット=10円玉と同サイズの銅貨
50ジット=50円玉と同サイズの銀貨
100ジット=100円玉と同サイズの銀貨
500ジット=500円玉と同サイズの銀貨
1000ジット=1円玉と同サイズの金貨
5000ジット=50円玉と同サイズの金貨
10000ジット=1円玉と同サイズの白金貨
という感じだ。
つまり2500ジットのヒッキーのぼうは、日本円で2500円。
驚きの高さなのだ。
貨幣に関してはロードと一緒に暮らし始めた頃聞いた話で、まさか森で引きこもっていた自分が異世界で友人と買い物するようになるとは思ってもみなかった。
“ヒッキーのぼう”。一見ただの棍棒だが、2500円……ジットもするのだから何か魔法でも付与されているのだろうか?
そんな事を考えながらじっと見ていると、
「アンタ程その棒を気にしていた客を俺は知らねぇ」
突然知らないおじさんの声がした。
驚いて周りを見るが、楽しそうに店内を物色するトモコと、私の隣で首を傾げるショコラしか見当たらない。
「こっちだ。こっち!」
今度は足元から声がして心臓が止まりそうになった。
声が聞こえてきた下を見ると……
体長60センチ程の小さなオッサンが私を見上げていたのだ。
「小人……(のオッサン)?」
「おうよっ 俺は小人族のガニッシュ! ここの店員だ」
おぉぉ…っ ドワーフ!! ドワーフが居た!! ディ○ニーの白雪姫に出てくる小人みたいだ!!
「ほわぁ~!! ドワーフだぁ!!」
頭の中でハイホー!! がぐるぐるしている時にトモコがやって来て目を輝かせている。
「ところでアンタ、その“ヒッキーのぼう”はこう言っちゃなんだがただの棒だぜ? 何でそんなに興味深そうに見てたんだ?」
ただの棒かよ!!
「何その引きこもり専用みたいな武器」
トモコの興味を引いてしまった。
ただの棒だって言ってんのに興味持っちゃったよ。
傘立ての傘のごとく、樽の中に突っ込んである“ヒッキーのぼう”をマジマジ見出したトモコを不思議そうに見ているドワーフ。その光景を不思議そうに見る私。
混沌としている。
「こ、これは…!!」
「何だ!? もしかしてその“ヒッキーのぼう”に何かあんのかぃ!?」
まるでエクスカリバーでも見つけたかのように“ヒッキーのぼう”を1本手に取り、カッと目を見開くトモコ。
「伝説の……」
「伝説の!?」
ドワーフがゴクリと生唾を飲み込む。
「伝説の、“ひのきのぼう”じゃないか!!! 冒険者の初期装備である意味最強なんじゃあ……と言われていたあのっ」
「“ひのきのぼう”だとぉ!?」
いや、何この茶番劇。ドワーフノリノリだな。
「店主よ! これはそなたが作った“ひのきのぼう”か?」
何故王様口調!?
「いや、俺店主じゃなくて店員……その“ヒッキーのぼう”は俺の兄者が作ったんだよ」
「何と!? そなた店主ではなかったのか!? その風貌で!?」
「何だこの失礼な姉ちゃんは!?」
本当にトモコが失礼でスミマセン。でも、私も店主じゃないのかよ!? ってちょっと思った…。
「それで、その“ヒッキーのぼう”はそんなにすげぇもんなのか?」
「え? いや、ただの棒だよ」
「ちょっと待て! 姉ちゃん今“伝説のひのきのぼう”って言ってたじゃねぇか!?」
「うん。だから“伝説のひのきのぼう”という名のただの棒」
「何だよ!! 興味持って聞いて損したじゃねぇか!! とんでもねぇ客に絡まれちまったよ」
とんでもない客で悪かったな。しかし絡んできたのはお前だ。
「騒々しいぞガニッシュ!!」
店のカウンター奥にある扉が急に開き、出て来たのはまたもやドワーフだった。
しかも同じ顔だ。双子だろうか?
「兄者!! す、すまねぇ。おかしな客が来たもんで…」
しどろもどろに、兄者と呼んだドワーフに説明しているガニッシュさん。
おかしな客って、その客を目の前にして酷くないか。
「おかしな客だぁ?」
ノシノシとこちらへやって来たガニッシュさんの兄者は、私達をジロジロと不躾に見て言った。
「すげぇべっぴんの姉ちゃんとガキじゃねぇか。1人普通の顔の姉ちゃんも混じっちゃいるが」
すごく失礼なんですけどォォ!? ヒッキーのぼうで殴ってやろうか!
「あ~ん? よく見りゃ、顔はべっぴんでも胸はねぇな……男か」
「ヒッキーのぼう借せコラァ!! ぶん殴ったらァァァ!!!」
トモコ……。
「本当だ。おかしな客だな」
「だろ?」
「「ヒッキーのぼう購入します」」
トモコと私の顔はさぞや恐ろしい事になっていただろう。この失礼すぎる双子ドワーフのせいで。
「うるっせぇぞ!!! 何やってんだバカ共ォ!!」
バターンッとそっちの方が明らかにうるさいというような音をたててカウンター奥の扉を開いたのは……
「「お、親方!!!?」」
双子ドワーフの親方だった。
のっそりと現れた影は巨大で、え? ドワーフじゃないの? と思って見ると、姿形はドワーフのそれであった。しかし、全長は何と、2メートルを超えている。ロード並にデカいのだ。
「び、ビッグフット……」
顔を引きつらせながら言ったトモコの呟きに、成る程! と共感してしまう。それほど目の前の親方はビッグフットだった。
「お、親方すまねぇっ おかしな客が来たもんだからよぉ…っ」
「おかしな客だぁ?」
また言ったァ!! そんなにおかしいか!? 私達はそんなにおかしいのか!?
ビッグフット親方がこっちを見てきたのでバチッと目が合ってしまう。
「ッ…」
息を飲んだ親方に、私が何かしたのだろうかと意味もなくキョロキョロしてしまい、挙動不審になってしまう。
「あ、アンタら、何しにウチに来た?」
何故そんなに怯えているのか!?
「どんな武器が売ってるのか見に来たんだけど」
買いに来たんじゃないんかーーい!!
トモコの予想外の言葉に驚愕する。店主にそれを堂々と言えるトモコのメンタルがすごい。
「そうかぃ…ウチじゃアンタらに合う武器はねぇな」
こ、これは異世界あるある!?
「けど、ここに来たからにはただで帰らせるわけにはいかねぇなぁ」




