70.つがいと真相
「殺、した……?」
愕然とした声で呟いたのはロードだった。
後ろは振り向かずに人族の神を見据えていれば、彼はクッハハハと笑い始める。
「そうだ。あれは見物だった! 異界で呆気なくその命を散らした間抜けな神王の姿は!」
おぅ…マヌケな死に方をしたのか。どんな死に方だったのか聞きたいような聞きたくないような。
考えたくはなかったが、私のBLコレクションは誰か処分してくれただろうか…。
しかし人族の神のこの豹変はおかしくないか? ノリが芝居がかっているというか…クッハハハとか笑い方もわざとらしいし。何だか無理矢理な感じがする。
『“アーディン”!! お主は何を言っている!? 異界で、神王様を殺した!?』
悲鳴に近い声を上げるヴェリウスを特に何も言うことなく一瞥する人族の神。
「まさか…っ 異界にまで神王様の魂を探しに行ったとは聞いていたけれど、殺して連れて来ただなんて…ッ」
自分が何をしたのか分かっているの!? と青白い顔をして叫ぶランタンさんには悪いが、もうちょっと質問を投げ掛けてみようと言葉を口にする。
「私は貴方に殺される程憎まれているのでしょうか?」
会った事もない神に何故殺される位憎まれているのか、全く分からない。
しかしこの質問に目の前の神の形相は益々歪み、美人が台無しになっている。
「憎い、だと? ああ……憎いっ 貴様さえ気付いていれば……っ 貴様が私の“つがい”を見捨てなければ……っっ」
つがい……?
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人族の神視点
神王様が御隠れになってから、気の遠くなるような年月が過ぎた。
魔素で満ち溢れていた美しい世界は今や影も形もなく、滅びの一途を辿るのみ。
神王様が再びこの世界に顕現されなければ、近い将来跡形もなく消えるだろう。
それが我が君(神王様)の望みであるのならば致し方ない事だ。
しかし、もしも我が君の魂が異界で迷い帰って来れないのであれば、こちらへお連れするのが私の使命である。
何故ならば、空間を繋ぐ事に特化した能力を持つのは神族の中でも私だけだからだ。
とはいえ、私が移動出来る程の“扉”を創るには神力をある程度溜めなければならない。
異界へと渡られた事までは明らかになっている、我が君の魂を探す為に、針先程の小さな穴を開け様々な世界へと空間を繋げた。
針の穴程度であれば力の消耗も抑えられ、我が君の力を感じる事も可能であるからだ。
しかし異界とは、我が君はどこまでも自由なお方だ。
奔放な我が君の魂を見つけたのは、それから間もなくの事であった。
異界を見る事の出来る鏡で我が君の魂を映し出せば、平凡な人間の娘としてお育ちになり、神王としての記憶もなく平和に暮らしていたのだ。ならば見守り、寿命が尽きた時に魂をお迎えにあがれば良いだろうと思っていた。
人間の寿命など、あっという間なのだから。
そうして見守っていること数年、我が君がコウコウセイというものになったあの日、
私は“つがい”と出会った。
“イノウエ・トモコ”。
誰よりも美しく愛らしい女性だった。
彼女は我が君とすぐに意気投合し、親友というものに収まった。私のつがいが主の親友とは喜ばしい事だ。
月日が経つにつれ、我が君のそばに侍るつがいが羨ましく、つがいのそばにいる我が君が妬ましくなっていったが、2人の幸せそうな顔は私を幸せにしてくれた。
トモコにカレシという男が近付く度に私は異界へ渡ろうとしたが、トモコはカレシとやらには自身の身体を触れさせる事はなかった。
だからこそ力が溜まるまではと我慢が出来た。
2人の寿命が尽きれば、トモコも我が君もこの世界へ連れてくる事が出来るのだと。
我慢に我慢を重ねて見守っていたある日。
我が君の寿命が半分尽きた頃だったろうか、
トモコが、私のつがいが、男に汚されたのだ。
その男はトモコのカレシというやつだった。
腹が煮えくりかえる思いだったが、いつものように早々に会わなくなるだろうと思っていた。
何故ならトモコの魂はつがいである私を求めていたからだ。
彼女の魂が私を求めるあまり、私に少しでも似た形の魂を見つけてはそばにおき、確認している時の関係がカレシなのだ。
だから彼女は絶対カレシとやらに身体を触れさせない。本能で私ではないと感じているからだ。
しかし、今回のカレシとやらは強引な男だった。
拒んだトモコを無理矢理汚し、それをスマホとかいう道具に撮って脅したのだ。
その時に私の神力が溜まっていれば…っ
すぐにでも異界へ渡り、トモコの元へと駆け付けたのに!!
男が要求したのは金と身体だった。更にそれはエスカレートし、魔の手は親友である我が君に伸びようとしていた。
だから、トモコは全てを捨てざるをえなかった。
みーちゃん助けて、と1人になれば涙して、我が君の前では淡々と決別の言葉を吐いた。
あの時に、我が君が気付いていれば……っ
あの時に手を差し伸べていれば……っ
けれど、そんなトモコに返ってきたのは、神王の心ない言葉だった。
それからほどなくして、私の神力か溜まった。
何故今なのだ!!
何故、トモコが汚される前ではなかったのか!?
自分自身への怒りと苛立ちで頭が一杯になった。
そして、その怒りは男と、神王へと向いたのだ。
異界へ渡った私は、まず男を殺した。勿論楽に殺しはしなかった。徐々に恐怖を与え、追い込んでから絶望を与えて魂ごと消滅させた。スマホとやらと共に。
それでも怒りは収まることはなかった。
神王……奴を殺さなくてはこの怒りは収まらない。
しかしこの選択は、最悪の結末を生む事ととなる。
カイシャというものからの帰りだった神王を亡き者にする為、私はトモコを連れて帰る力だけを残し、全力で殺しにかかった。
身体は人間の娘であっても、魂は神王なのだ。そう簡単に殺せはしないだろう。
そう思っていたが、すぐ魂だけとなった神王に呆気にとられる。
やはり人間だったからだろう。そう無理矢理自身を納得させたが。
本来なら魂も消滅させてやりたいが、神王がいなければ世界は崩壊する。
だから魔素を世界に満たす為に……利用する為に魂を捕まえて私達の世界へと移動させたのだ。
しかし、予期せぬ事態が起こる。
神王の死を知ったトモコがとった行動。それは……
自害だった。
これは最悪だ。
自害をした魂はどの世界にも受け入れてはもらえない。例え自身の居た世界であっても還ることは不可能になる。
魂は、彷徨った果てに消滅する運命にあるのだ。
私は無理矢理トモコの魂を連れて世界を渡った。
けれどもやはり、世界はトモコを受け入れはしなかった。
無理矢理連れてきた影響で、彼女の魂から“色”が失われ、肉体を再編しても髪も瞳も透明がかった白であった。
さらに目覚める事もなく、こんこんと眠りについたまま月日が流れた。
そんな折りに私の創り出した精霊の1人が、力比べで獣人の神の眷族の核を狩ってきたのだ。
それは相手も承諾していた事だったそうで大事にはならなかった。
稀にそういった事もある為、今後は止めてくれと注意しただけで済ませたのだが、その後精霊は何故か私に核を渡してきたのだ。
返しに行こうかと思っていたが、あまりにも美しい色をしたその核をトモコに見せたくなった。
眠り続ける彼女のそばへと核をかざしたその時、彼女の中へと核が吸い込まれ、そして気付けば……トモコの瞳が開いて、その半透明な目で私を見つめていた。
勿論歓喜したが、しかしそれはすぐに閉じられ、そのまま開く事はなかった。
私はすぐさま自身の精霊に核を狩って来るよう命令した。だが、一名を除きその命令を聞き入れる者はいなかったのだ。戸惑い、自分たちの主はおかしくなったのかと見てくる。
例え自分で創った精霊といえども、仲間を狩るような愚か者は居ないという事だ。“神王の命”でない限り。
私は思い付いた。
これは神王を目覚めさせる為だと説得すればいいのだ。
トモコを神王に仕立てるのは気が引けたが、核を集める為だと自身に言い聞かせて精霊達へと命を出した。
そしていくつかの核をトモコへ与えれば思惑通り、彼女はほんの少しだけ“色”を取り戻したのだ。だがまだ足りない。
だというのに、魔素の尽きかけたこの世界では核を集める事すらままならなかった。
こちらへ連れて来た神王は何をしているんだと苛立ち、人族をけしかけてようやく動き出した事にさらに苛立ちが増した。
その苛立ちは、世界に魔素が満ちた時に霧散したが。
何故ならトモコが目覚め、精霊達の前に姿を現したからだ。
刹那ではあったが力を与えればトモコは目覚めるのだと確信した瞬間だった。
絶妙のタイミングで姿を現した神王に、疑いだしていた精霊達は、水を得た魚のように核を集め出した。
だというのに神王は、私の意に背いた動きをし始めたのだ。




