7.外国人の名前って覚えにくいよね
緩みきった顔でリビングへ戻ってきたオッサンは、温泉が相当気に入った様子であった。
しかし長年蓄積された汚れは一度の入浴では落ちないようで、肌が斑になっていた為、こっそり能力で綺麗にしておいた。
それにしても、外風呂はオッサン専用になりそうで嫌だ。何度帰れと言っても頑なに帰らないし、晩御飯もちゃっかり食べてるし、またソファで寛いでるし!
「ところでよぉ、オメェ名前は何つーんだ?」
今更!? というかオッサンが先に名乗れ。
非難めいた目をして見ていると気付いたのか、あ~…と唸ってぽりぽり頬を掻く。
そんな可愛らしい仕草がオッサンに似合うと思うなよ!! 似合うのは10代のやんちゃ坊主だけだ!
「俺ぁロード・ディーク・ロヴィンゴッドウェルだ」
長ぇよ!!! 覚えてディークまでだよ! 数時間後にはそのディークも忘れてるよ!
しかし私はそんな事もおくびにも出さず、さも覚えましたよという顔で答えてやった。
「ロードね。私は雅」
はっきり言おう。“ロード”この3文字しか覚えられない。
「ミヤビ? 変わった名前だな」
しかしオッサン改めロードは易々と私の名を発音しやがった。こういう時はなかなか発音できないっていうのがお決まりの展開ではないだろうか。
ちなみに私は、真名を知られると縛られるというお決まり展開を警戒し、下の名前しか伝えなかった。
相手が多分フルネームを名乗っているのだから大丈夫だろうと思ったかい?
甘い。偽名をフルネームで名乗って油断を誘う方法かもしれないだろう。フフフ私は引っ掛からないよ。
オッサンの様子を見ると、白いTシャツを異世界風にしたようなものを着てカーキのステテコを履き、首にタオルを掛けて物珍し気に家の中を物色していた。
ちなみに着替えを出す時、こちらの世界風のルームウェアと念じたのだ。そしたらステテコが出てきた。
「ってオッサァァン! あんた何人ん家物色してんだコラァ」
「オッサンじゃねぇよ。ロード・ディーク・ロヴィンゴッドウェル。お前実は俺の名前覚えきれてねぇだろ」
何故バレた。
「お、お、覚えてますぅー。ロード・ディーク・ロビーンごっとうぇーる……でしょ!」
「……ああ、もうそれでいいわ」
おのれ発音!! まさか異世界あるあるがこちらに牙を剥くとは!!
「そんな事より、風呂もそうだがこの家の中…見たこともねぇ不思議なもんで溢れてる」
ロードが、リビングの机の上に置いてあったTVのリモコンを手に取り、それを眉間にシワを寄せて見た後、顔を上げ真剣な目をして私を見た。
この世界がどんな世界なのかは知らないが、少なくともオッサン…ロードは双剣の使い手だ。
しかも火をはいたり雷を出す、巨大な恐竜と剣で戦える身体能力。
冒険者がいる事と、お風呂は一部にだけ浸透という事を考えても、ネット小説によく取り上げられる剣と魔法の世界に近いものがあるとみた。
服の縫製を見ても、加工技術は発達していないようだし。
つまり中世ヨーロッパによく似た世界ではないかと推測する。
ただし人が魔法を使えるかは定かではない。ロードも魔法を使ってはいなかった。しかし、少なくとも恐竜…魔物は魔法を使っているのだ。魔法が存在するのは確かだろう。
そんな世界から見ると、私の生まれた世界の技術は明らかにオーバーテクノロジーだ。
にもかかわらず、何も考えず家に入れてしまったあげくお風呂に案内し、シャンプーやボディソープ、さらにシャワーまで使わせてしまった。うかつを通り越して馬鹿である。
そして今、追い込まれている。
確かにこの能力があれば大丈夫だとたかをくくっていたが、実際こんな風に深刻な空気を出されると緊張してくるではないか。
多分この後口にされる言葉はこうだ。
「……ミヤビ。オメェは一体何者だ?」