39.くずれそうな天気
ショコラとマカロンがウチにやって来てから1週間が経った。
我が家は至って平和…「オラアァァァァ!! 」《ぐぶはぁぁぁぁ!!》「私の前から消えろゴラァッッ」《ショコラたーん、もっとぉ~》
……平和である。
「はぁ~もう嫌になっちゃう! 何なのあの変態! あっ主様ぁ~」
離れの窓から外を見ていた私に気付いたショコラが、何もなかったような満面の笑みで手を振ってくるのはいつもの光景だ。
私の手がカタカタ震えて薬が全部床にこぼれているのもいつもの事なのだ。
「おいショコラ! テメェマカロンを再起不能にすんの止めろっていつも言ってんだろ! 乗り物として役に立たねぇだろうがっ」
「ごめんなさい、ロード様。でもアイツが絡んでくるから…っ」
『言い訳は良くないぞショコラ。何でもかんでも力で解決しているとロード(バカ)のようになってしまうぞ』
ロードに怒られてしょぼんとするショコラにヴェリウスが諭している。
現在の時刻は午前11時。
一体皆で何をやっているのかというと、2匹と2人は今訓練の最中なのだという。
主に魔素が馴染んできたロードとショコラの力のコントロールの訓練らしく、ヴェリウスが指導しているのだ。
その為ロードは仕事を休み、訓練に参加している。国は今大変だろうにいいのか? 師団長。
「オラッ 起きろマカロン! 俺を乗せて飛んでみろ」
ゲシッと気絶しているマカロンを蹴っているロードはまさに鬼だ。
『いいか、飛ぶ時は己の周りに結界を張るのだぞ。そうしなければ風圧で飛ばされるか凍るか窒息するのでな』
「わかってる」
目を閉じて集中すると自身の周りに結界を張ったロードは、それだけで汗をかいている。
『その程度で汗をかくなどまだまだ未熟な証拠よ』
「るせぇっ」
『いいか、結界を維持出来ねば死ぬと思えよ』
「っんな話してねぇでとっとと飛ばしてくれや!」
『ククッではまずは昨日の3分を超えられるよう頑張る事だな』
ドラゴン○ール!? 何か内容が段々ほのぼのじゃなくなってきてるんだけど。その内バトルアクションものにチェンジするんじゃないだろうか…。
しかも時間を計りたいとヴェリウスにお願いされて、私が出したストップウォッチを、いとも容易く使いこなしているだと!?
《じゃあ飛びますからね》
ロードの蹴りで目覚めたマカロンが背に彼を乗せて羽を広げた。
ガタガタと窓ガラスが震え、葉っぱや砂ぼこりが舞う。
バサァとこちらにまで音が聞こえそうな羽ばたきで一気に上昇したマカロンはあっという間に空の彼方だ。さすがドラゴン。
空を見上げて、雲が低く灰色がかっていることに気が付いた。
「雲行きが怪しいなぁ…ひと雨きそう」
砂ぼこりが収まったのを確認して窓を開けすん…と鼻をならす。雨の匂いにもう一度空を見上げた。
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「さっきからワームやワイバーンみてぇな劣化種しか居ねぇんだけどぉ。ドラゴンなんて本当に居るのかよ」
「……彼の方が居るというのだから、居るのは間違いない」
ルマンド王国から見て東にある一番大きな山、“リールバリー”の山頂。そこは竜神“ランタン”の神域である。
そこへ足を踏み入れたのは2人。
1人はルビーような赤い髪と、つり目がちな赤い瞳を持つ男。
もう1人はアメジストのような紫の髪と、同じ色をした瞳を持つ男であった。どちらもかなり整った顔をしており、中性的だ。
20代前半であろう男達の足元にはゴロゴロとワームやワイバーンの死骸が転がり、小山を築いている。
どうやらドラゴンを探しているようだが、見つからないらしい。
それもそのはず、ドラゴンは魔素が枯渇して以来絶滅してしまったといわれている生物なのだから。
この2人が、数百年もの間人前に姿を見せていないドラゴンが、竜神の神域であるこの“リールバリー”に居ると聞いたのはつい数日前であった。
通常ならば神域に足を踏み入れる真似など絶対にしない。が、“ドラゴンの核”を何としてでも手に入れなければならない事情があったのだ。
他ならぬ“神王様”の為に。
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『ーー…5分。ふむ、昨日より2分もったか。フンッ大した成長はしておらんな』
「っ…ハァッ ハァッ…っるせぇ!! 大体マカロン!! テメェ急上昇は止めろってあんだけ言っただろうがっ 」
《えーだって早く飛べって言ったのはロードさんだよね…イタッ 痛い痛いっちょっと止めて! 僕はショコたん以外に痛めつけられても快感には変えられないよ!?》
飛び立って5分後、ゼェハァ言いながら帰って来たロードは、地面に降り立った途端に崩れ落ちてヴェリウスに鼻で笑われている。体力が回復してくるとマカロンに当たっているらしく、痛がるマカロンの声が聞こえてきた。
『身体強化は難なく出来るくせに何故結界はもたんのか…』
「結界は繊細すぎんだよ…っ紙みてぇに薄いもんを身体の周りに纏わせて長時間キープとか、俺の性格に合ってねぇ事をそう簡単に出来るかっ」
『そんな事は重々承知よ。しかしこれが出来ねばミヤビ様を空の散歩にすら連れていけんぞ』
「ぅぐ…っ」
『それとも何か? 空の散歩もミヤビ様に頼んで結界を張ってもらうか』
「っ…もう一度だ!!」
あれ? 何だかヴェリウスが師匠に見えてきたぞ?
ヴェリウスにのせられてまたもやマカロンの背にまたがるロードに呆れているのか、遠い目をしているマカロン。
頑張るね~と見ていると、ポツポツと降ってきた雨にやっぱりかと思う。
マカロンとロードを置いてヴェリウスとショコラが家の中に入った途端に雨足が強くなり始めた。
「主様ぁ~お昼にしませんか~?」
渡り廊下をぱたぱたと走ってきて離れの扉をトントンと叩き、まだ11時30分前だというのにそんな事を言ってくるショコラを可愛いなぁと思いつつ扉を開けた。
「お昼にはまだ少し早いんじゃないかな?」
ショコラを部屋に迎え入れて頭を撫でれば嬉しそうに微笑むのでほっこりする。
その後ろからスルリと扉の隙間を通り、中へ入ってきたヴェリウスの首もとも撫でながら窓の外に目をやれば、自身に結界を纏わせたロードがマカロンと共に空へと舞い上がった様子が見えた。
「…結構降ってきたね」
『そうですね。この分だと雨が長引くかもしれませんね』
ヴェリウスの返事に「そうだね」と相槌を打ち窓に背を向けると、作りかけの薬を片付けた。
「あの様子だとまだ戻ってきそうにないし、ショコラの言うとおり先にお昼にしよっか」
『では昨日獲ってきて寝かせておいたとっておきの肉を持ってきます。ミヤビ様にも是非召し上がっていただきたく…「あー、それは嬉しいんだけど昨日の残り物もあるし、そんなに沢山食べれないかなぁ~!!」』
ヴェリウスが未だ私に生肉を食べさせる事をあきらめていないので、たまにくる生肉攻撃に冷や汗が出る。
「ヴェリウス様、人型になると生肉よりも調理したお肉の方が美味しく感じますよ」
ショコラがキッパリ言ってしまったので焦る。
ヴェリウスはその言葉に目を見開き、『何だと!?』と口をパクパクさせ、段々と怖い表情になってきていた。
「あ~…まぁ、生肉が好きな人もいるから…」
『ミヤビ様は…生肉はお好きですか?』
恐る恐る聞いてくるヴェリウスから目を逸らすと、ギャンッと鳴いた彼女は尻尾と耳を垂らしてフラフラと部屋を出ていってしまった。
ヴェリウスよすまん…でも自分に嘘はつけなかったのだ。
「主様、早くキッチンへ行きましょう?」
ショコラに手を引っ張られて離れから出ると、渡り廊下の真ん中で項垂れているヴェリウスを見つけ、罪悪感がわいてくる。
丸まった背中に声をかけようとした時、ピンッと耳が立ちピクピクと忙しなく動き出した。
どうかしたのだろうか?
『何だと!!! “幻獣”が狩られた!?』
バッと立ち上がり叫んだヴェリウスは尋常な様子ではなく、何かがあったのだと分かった。
ヴェリウスの周りの空気がピリピリとし、温度が下がりだす。足元には氷がうっすらはられ、パキパキと音をたてていた。
「ヴェリウス…何かあったの?」
常にない彼女の様子に恐る恐る声をかければ、鼻の頭にシワを寄せたヴェリウスはこちらを見て、私の名を呟いた。
『ミヤビ様…』
金色の瞳が僅かに揺れ、胸がざわつく。
嫌な予感がした。
『…私は急いで西の山に戻らなければならなくなりました』
「え?」
西の山って、確かヴェリウスの実家…じゃなくて、神域だったよね?
「ヴェリウス様…?」
不安そうな表情でショコラが声をかければ、
『ショコラよ、ミヤビ様を頼んだぞーー…』
その言葉と共にパリンッと氷が割れる音がし、雪の結晶が目の前を舞ったと思えば、ヴェリウスの姿はかき消えていた。
ふわりと肌を撫でた風は冷たく、身体がフルリと震えた。




