33.その後の王城で
ロード視点です
深淵の森から王宮に通い出して数日。
城には最盛期の頃のように、徐々に人が戻ってきている。
皆顔色も良く、元気に働いているみてぇでひと安心だ。
騎士団も隊舎の掃除や厨房等の下働きを募集している事もあって、これからどんどん人が増えていくだろう。
他の種族に比べりゃあ人族はまだ生き残りが多い方だし、その分他国よりも再建は早いはずだ。
まだまだ余裕はねぇが数年後にゃ人口も増えるだろうし、まぁこれからって所だな。
そうそう、ミヤビと神獣が揃って城から消えた後は結構な騒ぎになった。
というのもあの後、神獣が“新たな神域”の誕生を陛下に伝えたからだ。
あれは貴族達のミヤビに対する態度に憤ってわざと知らせたに違いねぇ。それだけじゃなく、ミヤビの正体に関しても置き土産をしていったからな。相当ご立腹だったんだろうぜ。
俺だってミヤビが止めなけりゃ、間違いなく殺していた。
はっきりと明かしていないとはいえ、新たな神域が出来たという事はすなわち、新たな神が生まれたという事。
そして神獣と共にいたミヤビと、わざわざ陛下にそれを伝えた神獣。
少し考えれば、誰でもミヤビが神……最低でも精霊だと理解できるはずだ。
陛下はミヤビが森に戻ってからしつこく正体を聞いてくる。
俺にとっちゃあミヤビが何であろうと関係ねぇけどな。
ミヤビはミヤビであり、他の何者にもなり得ねぇからだ。
ミヤビの正体と同時に、深淵の森が神域となったと神獣から知らされた陛下は、即御触れを出し国中に周知させた。
神域ってなぁ神が生まれた(発生した)後、その周囲に力が満ちる事で結界をつくり、人の近付けなくなる場所が出来る事をいう。周辺にその神の眷属が生まれる事も近付けなくなる理由の1つだ。
つまり、深淵の森が神域になったって事は、その場所で狩りをしていた奴は当然森に入れなくなり狩りが出来なくなる。そうなると生活が立ち行かなくなる可能性も出てくるわけで、そういった奴らの為に国が保障しなくちゃならねぇ。
陛下が即御触れを出したのは、森の恩恵にあやかって生活を送る奴らに申し出てもらい、保障手続きをうながす為でもある。
とはいえ、ほとんどの神域は元々人の近付けない危ねぇ場所にあるってんで、形ばかりの御触れだけどな。
神の怒りに触れない為にも神域と分かれば周知させるってのは昔っからの決まりみてぇなもんだな。
そのせいか、深淵の森はミヤビの神域じゃねぇかと貴族に噂されるようになった。
ミヤビと接触した事のある奴らの中には、神獣と共に姿を消した彼女の事を、もしかしたら人族の神だったのでは、魔神だったのでは、と思い始める者もいて、そこに新たな神域が出来た事で確信に至ったらしい。
中には失礼な態度をとってしまったと青い顔をして森に行こうとする者もいるが、当然神域には近付けずあえなく引き返す羽目になる。
あれだけ小娘だ平民だと暴言を吐いておいて、手の平を返したようによく神だなんだと崇められるものだ。
ミヤビは許していたようだが、俺も神獣も許せるはずはなかった。
「ロヴィンゴッドウェル第3師団長、貴方のつがいは確かあのミヤビ殿でしたかな…」
ミヤビを神だと確信していながら、様付けもせず図々しく上から目線で話を続ける厚顔無恥共に礼をつくす気にはなれねぇ。
無表情のまま相手を見ると少しばかり怯むが、立場は自身が上の為か去る事はない。
「ミヤビ殿を是非我が家へ招待したいのだが、どうだろうか。勿論つがいである君も…ヒィッ」
まず、神に対して会いたいから自身の家に来いというのが非常識だ。自分は神より偉いんだって言いてぇのか…。
更に俺のつがいだとわかっていながら誘う行為は、殺されても構わないという事だろうか。
俺の殺気に怯え逃げようとするクズに一歩、また一歩と近付く。
こんなクソ共が俺のつがいの名を口にするだけでも許せねぇ。
まずはつがいの名をコイツの記憶から消す位叩きのめしてやろうと拳を握れば、偶々やって来た陛下に止められた。
こんな事が毎回続くといい加減陛下をボコボコにしてやろうかと思っちまうが、それが陛下に伝わったのか、最近では俺に繋ぎをつける目的で近付く事が禁止され、やっと落ち着いたところだ。
ったく、俺のつがいはモテモテで困ったもんだぜ。
ま、絶対誰にも渡さねぇけどな。
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アン・ケイト・テンセス子爵令嬢(王城内侍女)視点
それはつい先程の事だった。
いつものように仕事を始めようと、予定確認の為に一度控えの部屋に集まり、同僚達と会話していた時である。
その場に居た皆が、侍女長にお声を掛けられたのだ。
皆お喋りを止めてその場に沈黙が落ちる。
すると侍女長は厳かな声音で、「本日、午後一番の鐘が鳴ると同時に、陛下が国民へ御触れを出されます」とおっしゃられたのだ。
皆が固唾を飲み、侍女長の声に耳を傾けた。
「陛下は、“深淵の森”を“神域”と定め、今後一切の人の立ち入りを禁止なされる事を決められました」
新たな神がご誕生されたのだと、私達は喜びにわいたのに……
「これは神獣様から陛下へもたらされた情報です」
皆様、この意味がお分かりですね。と、侍女長は続ける。が、私達には理解ができない。
その内、同僚の一人がおずおずと手を上げ、侍女長へと質問したのだ。
「侍女長、申し訳ございません。わたくしには少し理解し難く……詳しく教えていただけないでしょうか」
皆、彼女と同じ気持ちであったと思う。
しかし侍女長は呆れたようにその同僚に目をやり、冷たく言い放った。
「まぁっこのお話を理解できない方がいらしたなんて……。良いですか。神々が国王とはいえ人間に、神域が誕生したなどと伝える事などまずありません」
侍女長はそうおっしゃって続ける。
「それを伝えるという事はすなわち、神域、またはそれに連なる者に手を出さぬようにという警告です」
その言葉に周りはざわつき、それぞれの顔色が悪くなっていく。
「神獣様がお側に女性を侍らせておられたのは、皆様よぉくご存知ですわね?」
神獣様が侍らせていたのではなく、あの庶民が勝手に周りをチョロチョロしていただけだろう。と考える。
侍女長は一体何がおっしゃりたいのか分からないわ。
「あの女性こそ、新たな神域と共にご誕生なされた神に連なる者だと、まだわかりませんか?」
悲鳴が上がり、誰かが倒れた。
私の足もガクガクと震えている。
まさか……っ、まさかあの女が、神に連なる御方だなんて!!
力が抜けて床へ座り込んでしまう。
だって、どう見たってただの庶民じゃない!!
そうよ。精霊様は人間離れした美貌を持つというわ! あの女はそんな美貌も持っていないもの!! 神に連なる御方だなんてわかるわけないじゃないッ だから私は悪くないのよ!!
震える手を握り締め、床を睨み付ける。
侍女長は話が終わるとさっさと部屋を出ていったようだ。
「わ、私は何もしていないわ!」
「私だって何もしていないわよ!!」
そう叫び出す子や、黙って震えている子、泣いている子までいる。
それを見ていると、頭が冷えてくる。
そう、私は何もしていない。だから大丈夫。
神罰なんておちるはずがない。
その日、多数の同僚が病欠として休んだ中、私はきっちり仕事をこなしたわ。
それから何日経っても、私達に神罰はおちる気配はなかった。
やっぱり私は間違った事はしていなかったのよ。




