293.結婚の挨拶6
料理人を呼べ!!
ダイニングルームでは義父の怒鳴り声が聞こえてきたが、ロードの足は止まらない。
ヴィヴィアンさんが、「ローディー様!! お待ち下さいっ」と追いかけて来ているのにだ。
「ロード、あの虫料理が嫌いだったの??」
何が起きたのかさっぱり分からない私は、ロードに恐る恐る訊ねた。
「…ありゃ虫料理なんかじゃねぇ。嫌がらせで便所に集る虫を俺達のスープに入れやがったんだ」
どうやら嫌がらせだったらしい。
エルフの虫料理を見たせいか、そういうもんだと思ったじゃないか。
「何で嫌がらせなんてされるの??」
確かに昨日に比べてお義兄さんもお義姉さんもギクシャクしていたが、そこまで嫌われているようには思えないし、ましてやロードは元でも弟だ。とても可愛がっているように見えた。
「使用人に問題があるんじゃねぇか? 伯爵領の時の使用人は問題ある奴もいなかったが、ここは…」
「ローディー様!」
少しゆるんだロードの速度に、追いついたヴィヴィアンさんが必死の形相で引き留めにかかる。
「ローディー様、お待ち下さい! ミヤビ様も、わたくしがおりながら…っ」
申し訳ございませんと頭を下げるヴィヴィアンさんに、ロードは仕方なくというように足を止めた。
「ヴィヴィアン、お前が謝罪する必要はねぇ。お前は親父の屋敷の侍女頭だろ。この屋敷の使用人じゃねぇはずだ」
どうやらヴィヴィアンさんはこのお屋敷で働いているわけではないらしい。
今回はお義父さんの侍女として付いてきたようなのだ。
そういえば、オリバーさんも雇い主はまだお義父さんで、たまにこちらに様子を見に来ているのだと言っていた。
私はこの屋敷の執事はオリバーさん以外見たことがないが、他にもいるようなのだ。
自己紹介での筆頭というのは、表向きはこの屋敷の家令だそうだが、今のところはあまりこの家にいる事がないとの事。うーん…複雑だ。
「いいえ。いくらこちらがグレッグ様のお屋敷であっても、わたくしがお仕えするロヴィンゴッドウェル家に相違ございません。本家の使用人の落ち度はわたくしの落ち度。しかもローディー様とそのつがい様にあのような事を…ッ」
と、怒りに震えるヴィヴィアンさん。
ロードはそれを見て嘆息し、私を降ろしてヴィヴィアンさんに向き直った。
「昨夜、この屋敷の使用人が俺達の部屋の前で話を盗み聞きしていた。そいつが早とちりして話を広めたんだろう」
「盗み聞き!? それは誠ですか!? 何という愚かな事を!!」
そういえば、昨日ロードがオリバーさんとの話の途中で部屋の外を確認してたっけ。あれ、盗み聞きされてたんだ…。
「…ッこの、大馬鹿者が!!!!!!」
突如ダイニングルームからお義父さんの怒鳴り声がここまで聞こえてきた。
空気が震える程の声量に驚いて肩が跳ねると、ロードに抱き寄せられる。
ヒィィィ! と使用人達の怯える声まで聞こえるものだからこちらまでビクッとしてしまう。
「…申し訳ありませんローディー様、つがい様。ご不快とは思いますが、ダイニングルームまでお戻りいただいてもよろしゅうございますか?」
ヴィヴィアンさんは何かを決意した目で私達を見た。
それにロードが渋々頷き、また私を抱き上げて戻ったのだ。
「貴様らはどれ程愚かな事をしたか分かっているのか!!!」
料理人らしき人が数人と、配膳係の侍女が2人、そしてオリバーさんと、彼と同じような服を着た若い男性、お義兄さん夫婦がお義父さんに怒鳴られている。
「オリバー! お前はここへ何の様子を見に来ていた!? 私はこのような事がおこらんようにお前を派遣していたというのに!!」
「申し訳ございません。私の管理不足でございます」
お義父さんは顔を真っ赤に染めて、しかしぐっと堪えながら使用人を睨み付ける。
使用人達は皆恐ろしいのか、顔色を悪くして俯いていた。
「グレッグ、使用人の躾が出来ておらんのはお前の力不足だ。わかるな」
「はい…今一度教育し直します」
お義兄さんは真っ直ぐに父親を見て、真摯に謝罪している。
しかし、
「お、お待ち下さい! 大旦那様、このような事が起きたのも全てあの犯罪者達のせいなのです!!」
この空気の中でその発言。何とも勇気のある侍女である。
侍女の発言にお義父さんの肩がピクリと揺れ、何やら暗黒鬼神化したロードのような黒いオーラが出始めた。しかし空気の読めない侍女は話を続けるのだ。
「あの者達はあろう事か、旦那様や大旦那様を謀り、この家に害を及ぼそうとしたのです!! 追い出そうとして何が悪いのですか!? 私達はこの家を守ろうとしたのです!!」
この者は何を言っているのだと、鬼のような形相でオリバーさんに聞いているお義父さんは、侍女とは口も聞きたくないらしい。
「私にもさっぱりと…」等と困惑した表情を見せるオリバーさんだが、コチラをチラリと見て口の端を少し上げたので、全て分かっているらしい。
オリバーさん恐いんですけど。
「大旦那様、どうやらロヴィンゴッドウェル家には相応しくない使用人が入り込んでいるようです」
そこへヴィヴィアンさんが威風堂々割って入ったのだ。
「ローディー様によりますと、昨夜お部屋に盗み聞きを趣味にしている使用人が現れたとか。しかもその者は聞いた話をあることないこと面白おかしく広めた口の弛い者のようです」
目を細め、喚く侍女を睨み付けるヴィヴィアンさん。
温度が5度位下がった気がした。
「違います!! お話は偶々聞こえてきただけで…ッそれに、あ、あの人達はとんでもない嘘を大旦那様方に吐いているのです!!」
私達を見つけた侍女は、こちらを指差して大声で叫んだのだ。
「まぁ、盗み聞きをする口のゆるい使用人は貴女でしたのね」
ヴィヴィアンさんが完全にキレている。
「だから、違うって言ってるでしょ!! 私はこの家の為にアイツらの嘘を報告したっていうのに!! アンタ何なの?!」
「もう良い!!」
ヴィヴィアンさんに逆ギレした侍女に一喝したお義父さんは、無理矢理自身の怒りを抑え込むと、侍女に言ったのだ。
「その嘘というのは何だ」
睨むを通り越して殺気すら感じられるが、侍女は勝ち誇ったように笑みをたたえてヴィヴィアンさんと私達を見て言ったのだ。
「あの女は、自分が精霊だと嘘を吐いているのです」




