289.結婚の挨拶2
ロード視点
誰にも知られないように来るとなると、馬車や馬は使えない。街までは転移で、後は徒歩で屋敷へとやって来た俺達をロヴィンゴッドウェル家の門番は当然怪しんだ。
昔の家ならまだしも、新しく居を構えたこの屋敷では家人も顔見知りは少ないのだ。
「こちらの当主である、スレイダ・オドス・ロヴィンゴッドウェル辺境伯と約束している。“ローディー”だと伝えてもらえばわかるはずだ」
門番であっても“ロード”が来たと知られるのは避けたい。俺は仕方なくガキの頃家族に呼ばれていた愛称を伝えた。
しかしローブをすっぽり被り、顔を見せない俺達を門番は完全に怪しんでいるようで、確認にすら行かない。
「ねぇ、“ローディー”って?」
気になったのだろう。ミヤビが小さな声で聞いてくるので恥ずかしさで顔をしかめながら、子供の頃の愛称だと答えてやった。
「怪しい奴らめ! お前達のような者を通すわけにはいかん!! 衛兵を呼ばれたくなければさっさと立ち去れ!!」
門番の言葉にミヤビの雰囲気が明るくなった。ラッキーとでも思っているのだろう。かくいう俺もそう思った。
「何か怒られたし、もう帰ろうよ」
「そうだな。なら街の市場に寄って特産品でも見てみるか」
「うん!!」
と二人嬉々として立ち去ろうとしていた所だったが
「ロー…ディー!!」
よりにもよって当主自ら迎えに出て来やがるとは…。
この展開にミヤビの雰囲気が沈んだものとなったが、諦めてもらう他ない。
門番は義兄の登場に顔を真っ青にし固まってしまっている。
「よく来たな!! …しかし、来て早々門に背を向けるとは、一体どういう事だ」
義兄の言葉に門番がヒッと息を飲み、ガタガタと震え出した。
「あ~…馬車も馬もなく来たからな。顔を見せるわけにゃいかねぇし」
暗にお前の不手際だろうがと匂わせると、それはすまなかったと素直に謝罪された。
普通はこういう事がないように周知させておく、もしくは迎えを寄越すかしておくべきだったのだ。
まぁ義弟だと侮ったか…いや、コイツら頭ん中も筋肉で出来てるからな。どうせ何も考えてなかったんだろう。
伯爵領の門番だったらこんな事もなかったろうしな。
「つがい殿も不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」
精霊だと思っているからかミヤビには丁寧に接している。
「あ、いえ。えっと…」
「挨拶は後だ。とりあえず入っても良いんだろ?」
ここで挨拶するか迷っていたミヤビの言葉を切り、義兄を見れば、そうだな。とチラリ門番を見てから敷地内へと入れてくれた。
人不足だし、クビになる事ぁねぇが…再教育ってとこだな。
屋敷内へ入ると、幾人もの使用人から訝しげな目で見られる。
教育がなっていないようだと思うが、雇ったばかりの者が多いのだろうと気にしない事にする。
「“ローディー様”、お久しゅうございます。お帰りを心よりお待ちしておりました。
つがい様にはお初に御目見え致します。ロヴィンゴッドウェル家が執事、オリバーにございます」
年配の執事が恭しくやって来て丁寧に挨拶する。
その顔には見覚えがあった。親父の代からロヴィンゴッドウェルの筆頭執事をしているオリバーだ。
ガキの頃から世話になっていた人物の一人である。
「オリバーじゃねぇか。まだくたばってなかったのかよ」
「くたばるなどと。私はまだ若いのですよ」
「俺がガキの頃から外見変わってねぇクセによく言う」
「魔族ですので早々見た目は変わりませんよ」
そう言うオリバーに少し違和感を覚えたが、その時は久々の再会で浮かれていたせいか、そんな事はスルーしちまってたんだ。
ミヤビはオリバーにペコリとお辞儀しただけで後は俺の服をぎゅっと握っていた。
おいおい。ここに来て人見知りが出たのか? とつがいのあまりの可愛さについ抱き込んでしまった。
「大旦那様は只今狩りに出ておりますので、お帰りは夕方以降になるかと。ローディー様とつがい様の為に張り切って出掛けました」
家族用の居間に通された俺達は、ローブを脱ぎやっと一息吐いている所だ。
義兄はどこかに行ってしまい、今はオリバーと俺達の3人だけだが、ミヤビがやけに警戒しているのが気になった。
「ミヤビ、どうした?」
「…………」
じっと俺を見つめてくるが何も言わないつがいに、自然と眉間にシワが寄る。
「オリバー、少しコイツと二人きりにしてくれ」
「…かしこまりました。何かございましたらお呼び下さい」
お茶を用意して下がるオリバー。それを見送りミヤビを見る。
「何か気になる事でもあったか?」
ミヤビは俺を見て、困ったように眉を下げると言いづらそうに口をパクパクさせる。何て可愛いのだろうか。今すぐその唇を食っちまいてぇ。
「…あの、あの人…」
オリバーの出ていった扉を気にするミヤビに、あの人ってオリバーの事かと問えば頷くのだ。
「魔族って言ってたけど……あの、」
言いにくそうにしながら、俺が何だ? と追求すれば、少し間を空けて言ったのだ。
「……“精霊”だった」




