287.美しい光景
ピカピカに磨かれた真っ白な、大理石のように透明感のある石畳。継ぎ目もなにもないそれが果てしなく続く。
空から落ちる美しくも不思議な滝の水は石畳の上を覆い、天空を写す水鏡として存在している。
そこはまるで空の上を列車が走っているかのように、鮮やかな青と流れる雲があるだけの、そんな景色で。
飛沫がたたないよう線路は少し高い所に作ってある為、風から出来る波紋以外はたたず幻想的な光景を作り出している。
やっぱり何度見ても美しい景色にうっとりする。
隣のおっさんはイビキをかきながら寝ているが。
ここからは15分の電車の旅だ。スマホやカメラがあれば皆が撮っているであろう外の景色は、今車内にいる皆がうっとりと見つめている。
「昨日の満点の星に包まれているような景色も素敵だったけど、青空の中っていうのも素敵だねぇ」
昨日私のアドバイス通り電車に乗ったらしいトリミーさん達は、寄り添ってうっとり窓の外を見ていた。何というか…ラブラブ度が上がっている気がする。
チラリとロードを見れば、やはりイビキをかいて寝ているのが目に入る。
このゴリラにロマンチックという言葉を叩きつけてやりたいと思ったが、きっと叩きつけても無駄だろうと諦めた。
少女マンガのような出来事は、ロマンチックな考えを持った者にしか起こらないものなのだ。
「皆様、もうすぐ天空神殿前駅に到着致しますよ~」
15分はあっという間で、トモコの声に皆が降りる準備をし始める。ロードを起こすが起きる気配はない。もう放っておこうと駅に着いた電車から降りる事にした。
あの電車は浮島の外周をずっとぐるぐる回っているので心配はないだろう。
「あれ~? みーちゃんロードさんは?」
「寝てたから置いてきた」
昨日飲み過ぎたみたいで、今日はずっと眠そうだったから。とトモコと話していれば、電車の扉は閉まり出発したのだ。
ホームに集まったツアー客を数えて、問題も無かったので移動していると、一人の老人が不安気な声で
「私は年だから、あんな高い所までは登れんだろう。ここに来られただけで充分だから、お前達だけで行っておいで」
と一緒に来ている人達に言っていた。
「大丈夫です。あの階段は数段上がれば上に転移する仕組みになっていますから。そうですね…階段を上がる事が難しいという方や高所恐怖症という方がいらっしゃればこちらへどうぞ。転移扉で神殿へ参ります」
と皆に聞こえるように言えば、3人程が申し訳なさそうにやって来たのだ。先程のおじいちゃんも居る。
「精霊様、お手数をお掛けして申し訳ありません」
3人からそんな風に謝罪されるが、お手数でもなんでもないので大丈夫だと伝え転移扉を出す。
「さぁ、こちらからどうぞ」
先にこの3人を連れて神殿入口へと向かう。そう遅れる事なくツアー客も追い付くだろうと扉を潜り、天空神殿の入口から下に浮かぶ浮島を一望する。
3人も驚きと、その美しさに言葉を失い暫く絶景を堪能していると、階段からツアー客が上がって来た。
「ああ…っ 何という荘厳な神殿だろうか…っ」
階段を上がって来たツアー客の一人が歓声を上げた。
その声に転移扉を潜って来た3人が反応し後ろを振り向くと、彼らの目に入ったのは…まさに、神々しくも厳かに建つ天空神殿の姿であった。
「おおぉ…っ」
「なんという…っ なんと…っ」
言葉も切れ切れに涙を流し、その場で崩れ落ちるように跪いて、そして祈り出した3人…いや、ツアー客にぎょっとする。
こちらからしてみれば、別荘の前で突如涙を流し祈り始めたおかしな人にしか見えないからだ。
しかしツアー客は皆敬虔な信者。涙を流す程に感動したのだろう事は伝わってきた。
「皆様~感激して頂きありがとうございます!! さぁ、いよいよ神殿の中へと入りますので、涙をふいて参りましょう!!」
トモコが皆を促すと、それぞれが立ち上がり涙を拭ってもう一度神殿を見上げたのだ。
「はーい。ついてきて下さいね~。決して勝手に歩き回らないようお願いしま~す」
トモコの言葉にぞろぞろ移動しだしたツアー客。ショコラはまだ涙目の人に、「おしぼりです~。これで涙を拭いて下さい」と温めたおしぼりを渡していた。
なんという気遣いだろうか。さすが“SHIN-OH旅行社”の社員である。
さて、正面にあるゴシック建築の神殿入口を潜ると、“光の大回廊”と呼ばれる通路が現れる。
通路のサイドにある柱の一本一本が森の木々のようなデザインで、まるで森の中に自然に出来た木々の巨大トンネルといった風体のそこは、窓を大きく多く作って光を取り入れているので神々しく輝いているのだ。
再びおおっ と声が上がり、うんうんと頷く。
この場にヴェリウスが居れば、きっと鼻高々で歩いている事だろう。なにしろこのゴシック建築ゾーンはヴェリウスがデザインしたのだから。
案内するのはこの大回廊までではあるが、それでも充分感動したらしいツアー客は、各々ここで感謝の祈りを捧げていたのだ。
「おおっ やっぱり敬虔な信者の祈りは違うね~。声がはっきりと、でも心地よく届くよ~」
トモコが嬉しそうに呟くので、そうなのかぁと頷く。
光の大回廊で祈りを捧げる人々の姿は、一枚の絵画のように美しく、私はそれを静かに眺めていたのだ。




