285.鬼神
リン視点
「あの鬼神がどの鬼神かは分からないけど、鬼神だよ~」
「お前知らないのか!?」
トモコの気が抜けた表情に嘆息し、説明する。
「半年程前の夜に、国中に雷が降り注いだ事があったろ。あの日から今日に至るまでに色んな場所で鬼人族と名乗る人間が目撃されてるんだよ」
そう、突如現れた鬼人族の特徴は頭に生えた角だ。そして強靭な肉体と力の強さ。他は人族に近い習性らしく、つがいを強く求める所も同じだとか。
彼らはあの雷から生まれたとされ、数は少ないがルマンド王国では人権、住民権を得て鬼人族の集落を作り暮らしているという。
その彼らが信仰する神が“鬼神”で、今まで聞いた事のない神という事で一時期騒がれていたのだ。
「あ~それは確かにあの夜に生まれたロードさんの眷属的なアレだね~」
師団長の眷属だったのか…。
「トモコ様、眷属というよりは管理下にある人間です~。ロード様の眷属…人間達が精霊と呼ぶ者は、確か“オーガ”と呼ばれる人型の鬼です~」
「え~? 鬼人族とオーガってどう違うの??」
「鬼人族は見た目は角がある所以外人族に近く、オーガは赤や緑、青などの肌色をしたカラフルな鬼です~。角の他に牙も鋭く、口からは瘴気を吐き、肉弾戦を得意とします~」
「何その精霊。それ精霊じゃないよね? 悪魔の遣いだよね?」
さすが師団長…眷属も半端なかった。
「ちなみにつがい神様の精霊だけあり、他の精霊とは違い神王様を“認識”する事もできますから優秀なのですよ~」
「あー…うん。精霊以下は皆神王様を認識出来ないからね」
困ったもんだよねと頬を膨らませるトモコに首を傾げる。
「神王様を認識って…老体の時のミヤビからは神々しさを感じたが? 人間達は皆ひと目で神王様だって分かって…」
「あれはみーちゃんがわざと分かるようにしただけ。普段は分からないでしょ」
確かに…ミヤビが神王様だなんて思いもしなかった。
「神々は神王様の力を感じる事が出来るけど、精霊以下はこの世界が神王様の力で包まれているからか、感じにくいみたいでね~。私の前任者の人族の神の精霊がね、みーちゃんの事神王じゃないって疑った事もあった位なの」
さらっとすごい事を言われたんだが。それに何て返せば良いんだよ。
「あ、今は違うよ。前任者の精霊は教育し直して従順になったからね!」
「ヴェリウス様のお怒りが凄かったです~」
どうやら神獣様にしぼられたらしい。
「まぁそんな事は置いといて、リン君には知っておいてもらわないといけない事があるんだよね~」
トモコが急に改まって姿勢を正したので、嫌な予感がして顔が引きつる。
「みーちゃんの傍に居る人はね、すごーく強くなっちゃうの」
「人間の中でも最強です~」
子供に物語でも聞かせるように、一言。簡単な言葉で説明された俺は、暫くその場から動けなかった。
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雅視点
「違う、違う。そうじゃない」
バーから出て、ロードに連れて来られたのは天空神殿の厨房であった。天空神殿は厨房ですらピカピカで美しい。
その広い厨房で、ロードはシェフの如く料理を作り始め、それを遠巻きに見ている珍獣シェフ達の目は輝いていた。
「俺のつがいと子供にゃ栄養が必要だからな!! 久々に、腕によりをかけて飯を作ってやるから、楽しみに待ってろよ!!」
それは嬉しい。が、そうではないのだ。
私はツアー客と共に浮島観光をしてみたかったのであって、栄養を摂りたいわけではない。
「ランチは俺の特製煮込みハンバーグだぜ」
仕方ないな。食してあげましょう。
「ロード様の煮込みハンバーグだ!! 皆、良く見ておけよ!」
「「「はい!!」」」
等と珍獣シェフ達は興奮気味だが、その気持ちは良く分かる。ロードの煮込みハンバーグは本当に美味しいのだ。
ぐぅぅとお腹が鳴り、調理が進むにつれてヨダレが溢れてくる。ソースに使用しているワインを飲みながらも手早く作っていくロードはさすがだった。飲んだくれても天才だ。
「出来たぞー」
デミグラスソースの良い匂いがふわりとして、つい口元が緩む。
「うわぁ!! 美味しそ~!!」
玉ねぎとキノコのたっぷり入ったデミグラスソース。煮込まれたハンバーグはふっくらと湯気をあげている。
白いソースは生クリームかと思ったら、なんとっトロトロのチーズではないか!!
付け合わせの温野菜も彩り良く、ハンバーグを引き立てている。
「たんと食え。おかわりもあるからな」
ニカッと笑うロードにうんうんと勢い良く頷いてハンバーグにフォークをいれると、ジュワッと広がる肉汁にヨダレが垂れそうになった。
ゴクリ喉を鳴らし、切り分けたハンバーグをひと口。
「ん~ッッ」
舌の上で溶けるように消えてしまったそれに、目尻が下がる。
「はぁ~美味しいっ」
最高だぁ~っと息を吐けば、「つがいが可愛すぎて幸せだ」とそれこそとろける笑顔を向けられたのだ。
結局ランチは天空神殿の厨房で堪能し、午後から浮島に繰り出す事となったのはご愛嬌だろう。




