273.ルーベンス、困惑す
ルーベンス視点
「ミヤビが身籠った。出産するまでは仕事量も減らしてもらうぞ」
堂々と言ってのける姿は悪びれる様子もなく、表向きの我々の関係性から言えば不遜とも言える態度である。
本来であれば、この男は“神王様のつがい様”であり、私ごときがそのご尊顔を拝む事すら出来ない存在なのだから文句も言えんのだがな。
私の執務室にズカズカと入って来て、急に驚くような報告をしてくれた部下を見る。
ルマンド王国の騎士団の中でも武力に長けた第3師団の師団長であるロード・ディーク・ロヴィンゴッドウェル…いや、今は貴族籍を抜けてただのロードだったか。
ルマンド王国最強の四天王と言われる師団長の中でも最も有名な男だ。
この男は昔から横柄な態度だったが、ミヤビ殿と出会う前はもっと鋭い瞳をしていた気がする。随分と丸くなったものだ。
そんな事よりも、
「……今何と言ったのかね」
「仕事量を減らせって言ったんだよ。ボケたか」
まったく忌々しい。この男は一言も二言も余計な事を言う。
「そうではない。ミヤビ殿の話だ。私の聞き間違えでなければ、懐妊したと言ったのかね?」
目の前の男はわざとらしく嘆息し、聞こえてんじゃねぇかとぶつぶつ言いながら頷くのだ。
「冗談も大概にせねば笑えんぞ」
「冗談じゃねぇよっ 笑わせようともしてねぇ」
「…神王様だぞ」
「だからどうした。アイツは俺のつがいだ。やる事やってりゃガキだって出来んだろうが」
「バカなのかね。貴様のつがいは貴族や王族とはわけが違うのだぞ。ましてやただの神でもない。“神王様”だ」
だからどうしたという顔を崩さない男は、あろう事か耳に指を突っ込んでほじり始めたのだ。面倒と言わんばかりのその態度にイラっときたのは仕方がないだろう。
「はぁ…相手が貴様だという所は納得できんが、まぁ良い。神王様のご懐妊が本当であれば、何よりも優先すべきおめでたい事である」
しかし、神王様の出産が我々人間と同じとは思えんのだ。
極稀に、神との間に子が出来た人間が居る事は聞くが、神王様の子など聞いた事もない。
私が無知なだけで、神王とは王族のように世襲制なのだろうか?
そもそも、神王様の出産など我々人間からすれば未知の領域ではあるが、あのミヤビ殿が出産に詳しいとは思えん。出産時に力が弱る等の危険も考えられる。
頼りになりそうな神獣様も獣であるし、この男は明らかにそういった知識が欠如しているだろう。むしろいつものように接していれば子が潰れてしまう可能性すらある。
どう考えても今のミヤビ殿の環境で無事に出産など、下級クラスの冒険者がドラゴンと戦う程の無理難題ではないか。
それを浮かれているこの男は気付いていないのだろう。
「ところで、神王様のご出産とは人族と変わらんのかね」
「あ゛? んな事知らねぇよ。神王が出産なんて初めての事だしな。まぁ10ヶ月と10日腹の中で育って産まれるってミヤビも言ってたし、人族の出産に近ぇんじゃねぇか」
「待て、初めての事だと?」
神王は世襲制ではないと? しかし子が出来るのであれば初めてという話はおかしいだろう。と眉間にシワが寄る。
「ミヤビは唯一無二の神王だ。事例なんてねぇよ」
「つまり、今までの神王様は全てミヤビ殿で、さらにつがいや出産も今回が初めてだと、そういう事かね」
「ったりめぇだろ。ミヤビのつがいは俺だけだ」
「ならば次期神王様がお産まれになるのではないのか」
「言っただろ。神王はミヤビだけだ。ガキは多分俺の“鬼神”を継ぐんじゃねぇかと思う」
成る程、つまり今後は“鬼神”の一族が神王様の血を受け継いでいくという事か。
「御出産の環境は整えているのかね」
「ミヤビにゃ自分の神域内から出ねぇように言ってある。問題はねぇだろ」
「それのどこで問題ないと私は判断すればいいのかね?」
「あ゛? 問題ねぇだろ。安全だしよぉ」
この男の浮かれ具合がよく分かった。
「とにかく、仕事の量は減らしてくれよ。と、一旦ミヤビの様子見に帰っから頼んだぜ」
そう言い残して、奴は話の途中で出ていったのだ。
「……これは、神獣様に連絡するべきだろうな」
バカ夫婦に振り回されるこれからの未来を予想し、溜息しか出てこなかった。




