27.人族とつがい
「あの、お話があるんですよね?」
「どうしても今さっきの事を忘れてほしいんだね」
あの扉との戦いは無かった事にしてくれるのが紳士というものだろう。
王様はニコリと笑って、キョロキョロと周りを見渡し、木で出来た粗末な椅子を手にとって私達の前にちょこんと座った。ちなみに私達は同じく木で出来た、ソファと言ってもいいのか迷うのだが、そんな感じの物に座っている。
ソファと粗末な椅子…これは失礼な事ではないかと冷や汗が出てきた。
「あー…こちらに座っていただいた方が…」
「とんでもない。命の恩人である貴女に気をつかわせてしまうなんて申し訳ない。それに、突然の訪問で驚かせてしまったね」
「あ、いえ…」
何か腰が低い人だった!
国王だよね? 国王って頭下げたりしちゃダメなんだよね? いいの? これ普通に頭下げちゃってますよ。
「…陛下、要件だけ言ってさっさと帰ってくれ」
「あ~すまないロード。ぼ…俺は君に殺されても文句が言えない事をしているしね…」
え? どういう事??
さっきから国王とは思えない態度でロードが接してるんだけど、理由があるの?
殺されるって…
訳がわからなくてヴェリウスを見ると、頷かれた。
んん?
『ミヤビ様、“つがい”の事はお聞きになったかと思いますが』
「それは聞いたけど、それと殺す殺さないって物騒な話とどう繋がるのか…?」
首を傾げれば、王様に「そういえば、貴女は人族では無かったか」と納得された。余計分からない。
『人族の男から“つがい認定”された異性は、それはもう溺愛されるのです』
「つがいを見つけた人族の男側からするとね、それはもう何よりも可愛いし、美人だし、宝物みたいに光輝いて見えるんだよね。だから欲しくてたまらない上、閉じ込めてしまいたくなる」
ヴェリウスの後に極上の笑顔で恐ろしい事を言ってのける王様に愕然とした。
「人族のつがいへの本能って本当に恐ろしいものでね、そのせいで国が滅びた事もあったそうだよ」
『確か奥方を拐かされた人族の王が、拐かしたとされる他国に単身攻めいって滅ぼしたという話もありましたよ』
怖っ 何その話!? 人族最強説が出来上がるぞ!
『人族の愛に狂う様は、他種族から見れば恐ろしくも羨ましい事だと言われています。人族の男性は他種族の女性から人気があるようですし』
「人気があってもつがいでない限り、相手はしないし出来ないけどね」
成る程。つがいに対して人族の男性はかなり執着してしまうと。逆に、人族の女性はどうなんだろうか?
「人族であれば“つがい”は絶対だからね。女性であっても変わらないよ。まず、つがいは基本的に一方通行ではないんだ。こっちがつがいだと感じたら、相手もそう感じているって事」
そうなると、片方が他種族だった場合は…?
「ロードと貴女がそうであるように、人族と他種族のつがいというのは稀にあるみたいでね。人族の女性程ではないけれど、相手を拒否出来ない位には惹かれるそうだよ。覚えがないかな? 例えば今の状態とか…」
王様にそう言われ、いつの間にかロードの膝の上に座らされている自分にハッとする。
そう言われればこんな風に抱き込まれる事がよくあるが、特に嫌だと思った事はない。何という事だ!!!
つがいとは所謂“魅了”の魔法に近いものなのでは!?
解除!! 魅了解除!!
…………変わらねー!! なんも変わらねー!! 魅了じゃないの!?
『ミヤビ様、“つがい”とは魅了の魔法とは違いますよ』
「え゛…」
何故魅了を解除していた事がヴェリウスにバレたのかはわからないが、魅了の魔法ではないと分かったのでよしとしよう。
「やっかいだよね。けれど、つがいが現れてしまえば人族は今のロードのように、異性を自身のつがいに近付ける事をよしとしない。独占欲というのかな。それが過剰になりすぎて殺人衝動が抑えられなくなってしまう。出会って間もないつがいにはよくある事だね」
『うかつにもそういったつがいに声をかけて殺された者も多数いるそうですよ』
よくある事で沢山殺されてるの!?
人族ヤベェ…怖すぎる。
「今のロードはよく理性が働いている方だと思うよ。私のようにつがいがまだ子供だというなら分かるけど…」
王様の言葉に引っ掛かりを覚えた。
何だって? つがいがまだ子供って言った?
「あの、陛下のつがいはまだ成人していないと…?」
「そうだよ。まだ6つなんだ」
ロリコンかよォォォ!!!
いつかロードがこの国の王様は変態だって言ってたけど、もしかしてこの事から変態だと!?
確かに自分の伴侶がまだ6歳だとニコニコ笑って話せる奴は変態だろう。しかもさっきつがいに関しての説明で欲しくてたまらないとか、閉じ込めてしまいたくなるとか言っていた男だ。
「アハハ。そんなに警戒しなくても、人族の男はつがいが成人しなければ性欲はわかないんだよ」
明け透けにものを言い過ぎー!!
あんたの発言でロードの眉間のシワが増えて、ヤクザから夜叉に変わってるから!!
「まぁ、可愛すぎて閉じ込めてしまいたい感情はあるけどね」
お巡りさーん!! ここですっ ここにヤバイ奴が居ますー!!
「テメェいい加減本題に入らねぇと殺すぞ」
まるで世紀末にヒャッハーしている人へ、主人公が激怒した時のようにこめかみに血管を浮かべ、今にも技を繰り出しそうな勢いのある顔で、地を這うような声を出すロード。
間近にその顔があるから余計怖い。
「うわっ 凶悪だなぁ。わかったからそんなに睨まないでよ」
ヘラヘラしているが、冷や汗をかいている王様はロードに恐れをなしているらしい。相当顔色が悪い。
「ミヤビ殿、貴女の作られた薬で私は命を救われた。感謝しても、し足りない程だ。何か褒美をと思うのだけれど、欲しいものはあるかい?」
急にそんな事を言ってきた王様に驚くが、さして欲しいもの等ない。願えば出てくるしね。
「なら、もう森へ帰るので何も言わず見送って下さい」
「それは…そうしてあげたいが、ロードがね…」
チラリとロードの顔色をうかがう王様は、言い辛そうに私を見た。
「俺ぁミヤビのそばに行くから騎士団を辞めるって言ってんだろ」
「だから辞められては困ると言ってるだろう! ただでさえ第3師団は副団長も空席になったというのに、団長まで居なくなってどうするんだ!!」
「つがいが居るオメェにゃ分かんだろ。つがいのそばに居たい俺の気持ちが」
言い合いを始めたロードと王様に、蚊帳の外な私はボケっとするしかない。抱き込まれていて動けないし。
「……辞めない方向で何とかならないかな…?」
結局、隊舎のロードの部屋と“深淵の森(私の家)”を繋げる事で解決した。
しかし、それは前提がロードと一緒に暮らすという事で……いつの間にか周りを固められているこの状況に、戸惑いながらも受け入れるしかなかった。
「…魔法について私は詳しくないんだが、扉一つで違う場所に行けるというのは、精霊や神々なら誰にでも出来るのかな?」
ロードの部屋のクローゼットの扉の向こうを見ながら、誰にでもなく呆然と呟く王様に答えたのはヴェリウスだった。
『そんなわけがないだろう。神族であれば膨大な時間をかければ出来なくはないが、こうも簡単に空間を繋ぐ事が出来るのは主だけよ』
自慢気に話す所が何とも可愛らしい我が家のペット様である。
「…ミヤビ殿は一体……」
『フンッ 貴様らの矮小な頭でも考えればわかるだろう。神族である我が仕えるお方よ。一人しかおらぬであろう』
王様を見下して悠々と歩く姿はまさに獣の神といった風情だった。
「ちなみにこの扉は私達とロードしか出入り出来ないようになってるので」
と言い残し、さっさと扉を潜る。
その後にロード、ヴェリウスと続いた。
ヴェリウスが喋り終えた後からは、王様は約束通り黙って私達を見送ってくれたのだった。
口がパクパクしていたが、気にしない気にしない。
そして、やっと帰って来たぞ!! 深淵の森(我が家)へ!!
いや、毎日帰って来てたけどね。気分的にね。
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ルマンド国王視点
ミヤビ殿が扉を潜ったすぐ後、もう一度僕がそれを開けると、言われた通りなんの変哲もないトイレに変わっていた。
勿論そこにミヤビ殿も、ロードも、神獣様もいない。
ドアの取手を握ったまま、腰が抜けて床へ座り込んでしまった。
扉を潜る前に神獣様が仰った言葉が、頭の中をリピートする。
“神族である我が仕えるお方よ。一人しかおらぬであろう”
神が仕える相手などこの世で唯一……。
“神王様”
ありえない!!
神王様は遥か昔に御隠れになったと、“創世記”にもそう表記されていたし、そう教えてもらった。
けれどもし、ミヤビ殿が神王様であったなら…………この世界に魔素が満ちた事も辻褄が合う……。
僕はなんという無礼な事をしてしまったのか!!
ロードの望みだったとはいえ、あろう事か城内ではなく隊舎へと追いやり、さらに褒美をとらせるなどと上から……ッ
サ━━っと血の気が引いていく。
あまりの失態と恐怖で身体が震える。
明日にはもう、僕は…いや、この国ごと消されているかもしれない。
あまりの事に、僕はロードの部屋(のトイレの前)で意識を失ったのだ。




