257.神王様降臨
「ふむ。やはりこの“器”は馴染み良いのぉ」
さすが何万年と使っていた身体だと指の動きを確かめ、腕や足を動かす。
「しかし爺の身体のせいか、あちこちがボキボキ鳴りよるわぃ」
首をゴキゴキならしながら伸びをするとバキボキと音がする。言っておくが折れてはいない。
「さて、早く戻らねばロードの奴も神々も戸惑うじゃろうて…」
雅の器を先程この器が置いてあった場所へ保管し踵を返す。
白いローブと長く白い髪が揺れ懐かしい気持ちになった。
さすがにこの“器”でロードのそばに戻るわけにはいかず、神々のいる空へと転移する事にしたのだが、
「神王様!?」
丁度ランタンさんの目の前に転移した事で、驚愕の声を上げられた。しかしそれだけではない驚きをたたえた表情でこちらを見ているのだ。
そう、今の私の“器”が“北野 雅”ではなく、昔ハマっていた“爺”の器でここへ立っているからに他ならない。
『ミヤビ様!? 何故そのお姿で……っ』
ヴェリウスがすぐさま寄って来て、嬉しそうな、戸惑っているような複雑な表情と尻尾の動きをしているではないか。
「“雅”の姿だと、神王じゃと言うても信じてもらえんようだからのぅ」
しわくちゃの手でその毛並みを撫でてやるとブンブンと尻尾を振った。
『神王様自らが人間達の前に出ていく必要などありません!!』
「そうは言うてものぅ…神王に成り代わると言われては、出ていかんわけにもいかぬだろう?」
反対するヴェリウスに眉尻を下げて言えば、ランタンさんまで反対してくるのだ。
「アタクシも反対です!! 神王様にもしもの事があれば…っ」
「ランタンや、お前はわしの居らぬ間に何があったんじゃ」
ランタンを皮切りに他の神々が次々と反対してくる。
懐かしい顔が並んでいるなぁと眺めて微笑んでいれば、皆がそばに寄ってきて押し潰されそうになった。
「分かった、分かった。少し落ち着かんか」
どさくさに紛れて抱きついてきた神々も居たが、それはヴェリウスが後ろ足で蹴飛ばしていた。
「……皆、覚えておるじゃろうか? 人間達はわしとお前達とで協力して創った事を」
数百といる神々の顔を見ながら、私は人間を創った日の事を思い出していた。
*****
「━━━…今日は、この世界を発展させる為に新たな生き物を創ろうと思うておる」
神々を集めた私は、そこで皆に目的を伝えたのだ。
世界の発展には人類が必要不可欠だと創造主仲間の“地球の”が教えてくれたから、私の世界にも“人”を創ろうと考えていた。
「ハイッ ハーイ!! 神王様! 新たな生き物って、どんなのを考えてるんだっ…ですか!!」
ぴょんぴょん跳ねながら、手を上げて元気よく発言したのはジュリアスで、興味津々の様子で質問してくる。
「それはのぅ“人間”といってなぁ、お前達にとてもよく似た生き物じゃよ」
「……私達に似た生き物…?」
ランタンが無表情のまま首を傾げ、ヴェリウスは私の足元で丸まって眠っており、ジュリアスだけが大きな声で「また神を創るのか!? …ですか!!」と懸命に言葉遣いを丁寧にしようと奮闘していた。
「神ではないよ。似ているようで違うのじゃ」
「似ているのに違うのですか?」
アーディンがおずおずと声を出す。
この頃のアーディンは大人しく、皆の前で発言する事も恥ずかしい様子だった。
「そうじゃよ。姿形はお前達のように、しかし“力”はあまり持たせぬようにし出生率を上げようと思うておる。お前達は強大な“力”を持ってしまった事で出生率も低いしのぅ」
繁殖せねば世界は発展しないらしいからと付け加え、さらに話を続ける。
「お前達をベースにした生き物を創るにあたり、お前達の力を貸してもらいたいのじゃ」
神々の“力”を借りる事により、神々の姿、形を取り入れやすくする為の工夫であった。
だからこそこの世界の人間は多種多様であるのだ。
*****
「━━━…わしの創造力と、お前達の力で生まれた人間はいわばお前達の子供もようなものじゃろう。初めてお前達が創った生物じゃしなぁ」
困惑している神々の顔を一人一人見ながらそう伝えれば、ヴェリウスがくぅ~んと高い声で鳴いて足元にすり寄ってきた。
「ヴェリウスや、お前がわしの希望に沿うよう、そして人間の為に皆を連れてきた事はわかっておるよ」
『ミヤビ様…』
人間に対してはお前はツンデレじゃしな。と頭を撫でてやれば、耳を下げて気持ち良さそうに目を閉じる。
「本当は、お前達も人間達が気になって仕方ないのじゃろう?」
「しかし、人間は神王様を…っ」と怒りの声を上げる神々に微笑む。
「わしは何万年とこの世界から姿を消しておった。しかも人間達に会った事があるのも数える程じゃ。そんな者を何万年も信仰してきた事の方が驚きだと思うがのぅ」
しかし…っ といい募る神々に首を横に振る。
「わしの為に憤ってくれるのは嬉しいが、お前達が人間を好ましく思っておるのも知っておる。無理して人類を消滅させようなどど思わんで良い」
「そうは仰いますが、人間はあろうことか神王様を廃そうとしました!! アタクシ達はそれを許す事は出来ませんわ!!」
ランタンさんがそう声を上げると、他の神々も次々と声高に訴えてくる。
「教会の象徴をわしから他に変えようとしただけじゃろうて。わしを殺そうとはしておらんぞ?」
何しろ神王はもう居ないと思い込んでいるようだしの。と付け加えれば、神王様は甘いのだと逆に説教されてしまった。
「しかしのぅ、一部の人間がやらかした責任を他の人間も巻き込んでとらせようというのはちとやり過ぎじゃと思うがのぅ」
「神王様、オレはその一部の人間を止められなかった他の人間にも責任の一端はあると思うぜ…です」
「ジュリアスや、お前は敬語が昔から一歩も成長しとらんのぅ」
ジュリアス君は、自身の精霊を止められなかった事を思い出したのだろう。
「オレ、自分の精霊の行動すら知らなくて、神王様に無礼な事して初めて知ったんだ。自分が罪を犯してなくても、知らなくても、何もしなかったら後悔するって」
それで罰せられなかったら、もやもやは残ったままだと思う。だから消滅とかじゃなくて、きちんと見合った罰を与えないとダメなんだ。と、そう言うのだ。
「ふむ…敬語は全くじゃが、他は成長したのぅ。ジュリアス」
息子の成長を間近で見られたような嬉しさが込み上げてくる。
目を細めてジュリアス君の頭を撫で、そうじゃなと考える。ジュリアス君の言う事はなかなかに説得力があった。
もし今回の事で主犯だけを罰したとしても、見てみぬフリをした者や、放置していたものはジュリアス君の言うもやもやが残ったままになるかもしれない。それではまた同じ事を繰り返すことにもなりかねないのだ。
「ならば当事者であるわしが人間に罰を下そう」
それで怒りを収めてくれないかと神々に問えば、ヴェリウスがお座りしたまま、『神王様の仰るとおりに』と頭を下げたのだ。それを見た他の神々が次々に跪き、同意していく。
宙に浮かんだ神々が跪いた事で、下に集まった人々が徐々に注目しだした。壊れてしまった大司教ですら、こちらを見上げている。
都合が良いと思った私は、跪いている神々の前に一歩出て下を見る。
ざわめきだつが手を払うような仕草をすると、途端に静まり益々注視された。
「(この姿で)人の前に出たのは何万年ぶりかのぅ」
別段声を張ったわけでもないが、水をうったような静けさの前に声は通り、皆が息を飲む。
「初めまして、とでも言えば良いか?」
微笑んで挨拶し皆が呆然としている中、宙に浮いたままでは話し辛いと思い目の前に下へ降りる為の階段を出したのだ。




