256.弱い人間
いやらしい笑みを浮かべた大司教の目線の先に居るのは、カルロさんだった。
彼は魔素の枯渇で就くはずのなかった国王へと担ぎ上げられ、そのプレッシャーで押し潰されそうな中、自身の無力さから友人を喪ったのだ。
しかし、誰にもぶつけられなかった気持ちが何十年も経つうちに世界へ、神王へと向くようになったのだそうだ。
誰が悪いわけでもない。自分の弱さが原因なのだと分かっていながら、責めずにはいられなかったと正直に話す彼に、王都の民達は「その気持ち、分かります」と同意し始めた。
それを見てますます笑みを深めた大司教だったが、紡ぐカルロさんの言葉に笑みが消える。
「けれど、気付いたんだ。弱い自分を受け入れ支えてくれる人が、周りには沢山居る事に。
弱音を吐くのは人間として当然なんだと肯定してくれる人が居る事に」
そして、私と同じような境遇にもかかわらず、それを素直に受け入れ頑張っている人も居るんだと。
そう言って国王を見るカルロさんの瞳には、光が灯っていた。
「私はずっと、周りを見る事なく世界や神王を恨んできたけれど、そんなのは人のせいにして周りに当たり散らす子供と同じだったと判った時、恥ずかしくて、情けなくてね……」
柳眉を下げて困ったように笑うカルロさんに、王都の若い娘さん達からため息が漏れる。
ちなみに年配の奥様方からは黄色い悲鳴が漏れたが、空気を読んだのかすぐに静まった。さすが王都イチの色男である。
「大司教、貴方はあの時の私と同じだ」
大司教を真っ直ぐ射抜くその瞳に、しかし当の本人は馬鹿にしたように鼻で笑い、
「何が同じだ。貴様のような無力で弱い人間と一緒にするな」
カルロさんから興味を失ったかのように目を逸らすと、今度は何かを見つけ歪んだ顔をくしゃくしゃにして笑ったのだ。
今の状況が状況なだけにそれが不気味で、王都の民の一部からは悲鳴が上がる。
ロードも顔をしかめて私を守るように一歩後退した。
ルーベンスさんはお嬢様を連れてロードの後ろへと避難している。国王達の所まで下がってほしいが、ヴェリウスの計画上それは出来ないようだ。
「イアン!!」
大司教が嬉しそうにその名を口にした瞬間、場がざわついた。
ロードは険しい表情のまま、名を呼ばれた人物に目をやる。
大司教はもう一度名を呼ぶと、国王の隣に居たイアンさんが一歩前に出てきたのだ。
「貴方という人は……なんという事を…っ」
顔面蒼白と言えばいいのか、イアンさんはまさにそんな顔色で大司教を見遣ると、数えきれない程の生命が大司教の糧にされている。と、それが見えると震えながら口にした。
実際その通りで、この男はバイリン国に集まった傭兵や獣人の奴隷、そしてバイリン国王とその息子から力を奪っているのだ。これも先程の魔方陣の時と同じ方法で行ったと思われる。
力を奪われた者は当然力尽き死んでしまうので、この人は国一つ分の人間を殺して力を得たわけである。
さらに下級ではあるが精霊の力まで奪っているのだから、暗黒鬼神となったロードから逃げ回れるのも頷ける。
「父を助けろ!! お前は私の為に存在するのだから、勿論助けてくれるだろう?」
信じて疑わないような顔で、堂々と叫ぶこの人は心が壊れてしまっているのだろう。
力を奪いすぎた弊害が出たのかもしれない。
自身の器以上の力を溜め込んでしまうと器はいずれ壊れてしまうものなのだ。
「貴方は、罪を償わなくてはならない」
首を横に振り拒否するイアンさんに、
「お前は私のおかげで生きてこれたのだぞ!! この私がッ お前を育ててやったから!! 子供は親の言うことを聞いていればいいんだ!!」
そう叫ぶ様は醜悪であった。とてもではないが、親とは思えない言動だ。
「……もう、貴方は父ではない。数多の人間の命を奪い、力を奪った化け物に成り果ててしまった」
「化け物ではない。私は神王となるのだ。いや、なったのだ!!」
「なんと畏れ多い事を…っ 神王様は貴方がなれるような存在ではない!! 」
「私は神王だ!! お前達っ 全員平伏し許しを乞え! 」
大司教の壊れ具合と神々からの殺気、そしてロードからの殺気にあてられマズイと感じた私は、ロードの腕の中から異空間へと一人入り、保管していたアレを取り出した。




