254.対峙
大司教からは驚いた様子も、動揺した様子もなく、リアクションも返ってこないので何か変な事を言っただろうか? と首を傾げロードを見ると、眉間にシワを寄せて大司教を睨んでいた。
「ふ…っ」
吹き出すような声に、大司教に視線を移せば俯き肩を震わせていたものだからぎょっとする。
「クククッ……貴様の正体は、精霊ではなく神なのだろう」
残念ながら、私は精霊や神になりたいわけではない。と馬鹿にしたように笑う大司教の顔を、ロードの瘴気が覆い苦しみ出す。
「ロード、そういうのはダメ」
「ミヤビ…この男はお前が思うより下衆でクズだ。今ここで殺した方が人類、ひいては神々の為になる」
ロードが殺しちゃったら神々は納得しないからと首を横に振る。ロードは険しい瞳のまま、大司教の顔にまとわりつく瘴気を取り去った。
「っぐ、ゴホッ、ゴホッ」
瘴気に覆われていた為か、肌が斑に黒くなっている。もしかしてこの瘴気は黒鬼を量産するものなのか。
「俺のつがいに手を出したテメェを許すつもりはねぇ」
「っ…」
ロードの怒気にまた顔を引きつらせた大司教は、しかし私を見て不敵に笑うと、
「しかし貴様のつがいは愚かなまでに心優しい者のようだ。つがいの願いには逆らえん人族のお前に、私は殺せんだろう」
大司教の言い様にロードの肌の色が少し濃くなった。
「ロード、挑発に乗らないで」
「ミヤビ…っ」
ここは我慢してもらい、大司教をルマンド国王に引き渡さなければと思うが、神々の様子も気になる。
時間をかけていたら、無関係の人に攻撃してしまうかもしれないのだ。そうなれば、私の結界で傷つかないにしても人間と神々の間に亀裂が入ってしまう。
人の信仰が他に向いてしまう事は望ましくない事態なのだ。
信仰が無くなれば神々がどうこうなるというわけではない。むしろ神への信仰を無くした人間が危ぶまれるのだ。
信仰とは心の支えである面が大きい。
有り得ないとは思いながらも“もしかしたら”という思いが人には必ずあるものだ。
それによって心の安定が得られ、信じやすい素直な者程偶然を奇跡と捉える。信じる者は救われるというが、言い得て妙である。
それは弱い“人間”にとっては生きていく上で必要な事だった。
つまり、神々と人間の間に亀裂が生まれると、人々は信仰を無くし心の安定が危ぶまれるわけだ。
上空の神々を見上げ、どうか軽はずみな事はしてくれるなと祈るしかなかった。
「神よ、私は貴様らの王である神王となる男だ。今ならこれまでの無礼も見逃してやろう。だから早くコレを何とかしろ」
この人の頭の中は一体どうなっているのだろうか。
ロードはこの一言で益々肌の色が暗黒に近付いているし、静電気の火花(雷)がバチバチと周りで弾けている。
「残念だが、おぬしは背信者としてルマンド国王に引き渡す事となる」
「バカな事を。私が背信者?
居もしない神王をいつまでも祀っている事がおかしいのだろう。それならば自らが神王として人々を守護しようとする事の何が背信と言うのだ」
「神王の役割は人間の守護ではない。“世界を創造”し、“理”でもって維持する事なのじゃ。
そして神王とは“創造主”の事を指す。決して人間や神と呼ばれる者が取って変わる事はできぬ」
「創造主だと? 何を言っている…」
合点がいかないと眉間にシワを寄せる大司教はなおも、神王が居らずとも魔素は満ち、世界は維持しているではないかと言い募るのだ。
「何故神王が居らぬと思うておるのだ」
「何故…だと。神王が居たなら魔素の枯渇などあり得んだろう! 人々が苦しんで死んでいく事も、私のつがいが死んで私がこんなに苦しい思いをする事もなかったはずだ!!」
「…魔素が満ちた時に、神王が帰ってきたとは思わなんだのか」
「あれは神々の仕業だろう。
出来るのなら何故初めからせんのか…危機的状況を救えば信仰も上がると思ったのか。愚か者共め」
お前が言うか。
と思ったが、時間も無いのでスルーした。
「魔素は創造主にしか補充出来ぬ。
神々は謂わば創造主の助手のようなものでのぅ。
あの時は補充した魔素を世界の隅々にまで拡げてくれるのを手伝い、魔素が満ちた事をおぬしら人間に伝えてくれたのじゃよ」
「…まさか、神王が戻って来たというのか!?」
大司教の顔色が悪くなったその時である、
「大司教様…っ」
と可憐な声が耳に届いたのだ。




