253.魔方陣
ロリーオ・ルマンド国王視点
終わった━━…
怒りを湛えた様子で天に浮かぶ数百の神を見た時、僕はそう思った。
元々王として育てられていない僕が、この国を背負った時点で終わっていたのかもしれないけれど、それでも皆に助けられて今までで何とかやって来られたのに一瞬で消えてしまうのかと思うと悲しくて、俯き唇を噛んで涙を堪えたんだ。
「…陛下、俯いてはならない。顔を上げて前を見なさい」
ルーベンスが言った。
「我々には神王様が居る。あの方は人間を見捨てるような御方ではない」
小柄で平凡な少女を思い出す。
あのロードのつがいで、いつも飄々として問題ばかり起こす彼女。皆からはあまりの平凡さに神とも思われず、精霊だと勘違いされているのに怒りもしない変わった子だ。
それがこの世界の創造神様だとは、僕とルーベンス、そして聖人コフトル殿以外知らないのだろう。
他の人間に知られれば、あの優しさにつけこまれるかもしれないからあえて隠しているのだろうけど。
「けど、ミヤビ殿…様は何処にも…」
いつも王宮をぶらついているのに、ここのところ王宮が騒がしいせいか寄り付いてもらえなくなっていた。
姿の見えない事に不安が募る。
「神王様はお怒りになる神々をなんとか止めようとされておりました。ルマンド王、私はあの慈悲深き御方を信じております」
コフトル殿は、神々の居る場所よりももっと高い場所を見るように瞳を細め、天を見上げて祈るように言ったのだ。
「……そうだね。ミヤビ様は人を見捨てられるような方ではないもんね。それにつがいのロードもいるし、大丈夫だよね」
「第3師団長は真っ黒なオーラを出しながら執務室から出て行き、そのまま行方をくらましているがね」
ルーベンス、せっかく希望が出てきたのに一瞬で心を折らないでくれる!?
「真実を伝えたまでだが何か文句でも?」
「ありません」
真顔のルーベンスが怖かったので首を横に振る。
「と、とにかく、今は王都にいる民の避難が先だよね!!」
王宮に誘導するよう僕付きの騎士に言いつけると、彼等は急いで伝鳥を飛ばしたんだ。
ルーベンスはそれを見ながらカルロを呼び僕の護衛に付け、足早に何処かへ行ってしまった。
カルロが来てから数瞬後だった。突然足元から赤い光が上がり、王都全体を覆ったのだ。
「な、何!?」
「これは…っ」
戸惑う私達の声と同時に、外からも避難している最中の民達の悲鳴や叫び声が聞こえてきた。
「この光からは魔力を感じます……まさかッ」
コフトル殿がハッとして、先程の大司教宛の手紙を取り出し慌てて広げる。
「コフトル殿?」
彼は何かを探すように手紙の内容を確認している。と、「これだっ」と叫び僕を呼んだのだ。
「陛下!! この光の正体がわかりました…ッ」
「え? その手紙に書いてあったの!?」
何という好都合な展開なんだろう。
コフトル殿に近付いて手紙の指を差してある箇所を見た。そこには、
“魔道具”と“魔方陣”の文字。
首を傾げてコフトル殿を見ると、魔道具について教えてくれたんだ。
「魔道具とは、魔力を原動力とし発動する道具です。これはまだ魔素が枯渇する前の時代に発明されたもので、今では資料程度しか残されていないとか…勿論その資料さえも国の最高機密として保管されており、一般人が拝める物ではありません」
「国の機密というと…一体どの国の?」
「“バイリン国”です。とはいえ、その資料すらも今は行方知れずだと聞いた事がありますが…」
バイリン国と言えば最近ロードが暴れた所だったような……。
「魔道具は“魔方陣”という、“ぷろぐらむ”を組みその道具に描き、魔力を注ぐ事で動き出すそうなのです」
コフトル殿の話を聞いていても、足元の赤い光とそれらの事がどう繋がるのかがさっぱり分からず困惑する。
「この赤い光は、その“魔方陣”の光ではないかと考えます」
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「王都全体を覆う程の魔方陣だ!! これで上空にいるとはいえ、魔方陣内に入っている神々の力は、全て私のもの!! あれだけの数の神の力だ。私は神王すらも超える力を手に入れる!!」
と何故か説明口調で高笑いしている大司教を発見したのだが、独り言をあんな大声で喋り、かつ高笑いをするとは……大司教、恐ろしい人。
「コロス」
暗黒鬼神はさっきから“コロス”ばかりで正気に戻る気配もない。
俵担ぎされたまま大司教とロードを交互に見、空を見上げる。
「ついでに人間達の力も奪ってしまうが神王に成り代わる私の力となれるのだ。光栄だろう」
ぶつぶつ言っているおじいちゃんは、まだ私達には気付いていないようだ。
神々も赤い光に戸惑っているようだが、力を奪われているにしては皆地上に落下する気配もない。
「ロード、いい加減俵担ぎは止めて欲しいんだけど…」
切に願い、ロードの血走った瞳を見つめる。
怖いけどそろそろ俵担ぎはキツイ。とにかく一度地面に下ろして欲しいのだ。
「ミ、ヤビ…」
しかし私の名前をつぶやいて、腕の力を強めるだけで聞く耳を持たない。
困ったな、と体の力を抜いてダランとしていると、「な、何故だ…」という戸惑いの声が聞こえてくる。
それに顔を上げて背筋に力を入れ振り向くと、大司教が自身の両手を見つめてワナワナと震えているではないか。
「いつまで経っても一向に変わらないではないか!! 何故…ッ」
声を張り上げた大司教に、こっちも「あ、」と声を上げてしまい、大司教が驚いたようにこちらを振り返ったのだ。
「貴様は…ッ」
さっきの化け物、と戦慄したような引きつった顔をロードに向けて後ずさりする。
「コロス」
ヒッと喉を鳴らし、真っ青な顔色でジリジリと下がっていく大司教。
「く、そ…っ 力さえ奪えればッ」
神々の居る上空を焦ったように見上げ、また此方を見て一歩下がる。一歩下がると、ロードが瘴気を纏いながら一歩前進するというホラーなのか滑稽なのかよくわからない光景が繰り広げられている。
「先程、この国にはどんな攻撃も無効になるよう結界を張ったのでな。おぬしの魔方陣は無力化されておる」
俵担ぎのまま、頑張って背を反らし振り向きながらこのセリフを吐いた私が一番滑稽かもしれない。
「な!? 貴様は精霊…ッ」
大司教の意識が私に向いた瞬間、ロードの瘴気が大司教にまとわりつき、身体を拘束した挙げ句に首を締め上げた。
「ロード、殺してはダメだよ」
太い首をポンポンと撫で、出来るだけ優しい声で諭せば瘴気がほんの少しゆるんだのか、何とか息をし始めた大司教に胸を撫で下ろす。
パチンと指を鳴らし、魔方陣から出ている赤い光を収めると大司教は目を剥き私を見た。
しかし瘴気が喉を押さえつけ声が出ないようで、口を鯉のようにパクパクさせている。
「ふむ…私のつがいが暴走してしもうたようでの、驚かしてしまったのぅ」
そう話し掛けながらロードの頭を撫でて理性を取り戻すよう願う。
するとロードの肌の色が暗黒色から徐々に薄くなり、褐色にまで落ち着いたのだ。
元々は白い肌が小麦色に焼けていたので、まだ完全には正気に戻ってはいないようだが、瞳も血走ってはいないので大丈夫だろう。
「つがい……ッ まさかその化け物はルマンド王国騎士団の第3師団長か!?」
身体は瘴気で拘束されているが、声は出るようになったらしい大司教は、私とロードを交互に見て混乱しているように叫んだ。
「何故人間がそのような化け物に…ッ まさか精霊とつがうと化け物に変わるというのか!?」
大司教の言うような精霊ならば、精霊は邪神だかの手下で、つがった人間を化け物に変える悪魔のような存在だ。もはやそれは精霊などという可愛らしいものではない。人類の敵である。
「ミヤビ…アイツは殺した方がいい存在だろう。どうして止める」
褐色の肌で男前が上がったロードが、正気に戻った目で私を見る。俵担ぎからいつもの、腕に座らせる抱き上げ方に戻してくれたので喋り易くなった。
「今ここでロードが殺してしまっては、神々の怒りも収まらんじゃろう」
よしよしと頭を撫でて大司教をもう一度見る。
「精霊…いや、違うっ 精霊ならば今の私の方が力が勝るはずだ。貴様、何者だッ」
先程よりは幾分か落ち着いたのか、自身との力の差を把握したのか、私が精霊ではない事に気付いたようだ。
「ふむ…おぬしが一番なりたがっていた者じゃと言えば良いのかの?」




