252.神々の怒り
どんどん近付いてくる暗黒鬼に恐怖で身がすくむ。
赤く血走った目はギョロリとこちらを睨んでおり、目が合っただけで心臓が止まりそうだ。
「ミ、ヤビ」
「ヒィッ」
暗黒鬼から地を這うような声が発せられ、ここは地獄かと耳を塞ぎたくなる。
悲鳴を上げてしまったが、仕方ないだろう。
暗黒鬼の開いた口からは牙がのぞき、噛みつかれたら最後だろうと思わせる鋭さでゾクリと震えが走る。
体から出ている闘気のようなものは黒いもやに変わり、瘴気となって街中を覆っているようだ。どうやらこのもやで大司教を探しているらしい。
「ミヤビ」
黒い腕が伸びてきて、今度は瘴気ではなくその腕の中に閉じ込められる。
あまりの恐怖に固まっていると、俵のように肩に担がれ移動し始めたのだ。
「アイツ、コロス」
片言の上に、声が呪いを吐き出すように禍々しい。
「は、離して欲しいんデスケド…」
「…コロス」
怖くて口を塞いだ。
理性を失った旦那が暗黒鬼神という恐ろしい化け物になり、それに捕らえられて「コロス」と言われた私…。
「誰か助けてくださーーーい!! 」
誰も居ない街中で叫ぶが助けなど来るはずもない。更に、
「ミヤビ、ハ、オレガタスケル」
怖すぎる!!
止めろと言われたが、こんなロードをどうやって止めたら良いんですかーーー!?
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大司教視点
何なのだアレは!? 何故黒い化け物が私を狙う!?
一体どういう事だ。精霊を捕らえ、その主である人族の神と神獣を王都に呼び込むはずが、何故あんな化け物が教会にやって来た!?
しかも逃げるだけで精一杯とは……っ
バイリン国に集まった傭兵も、獣人の奴隷も、王族の力すら奪ってきたというのに!
やはり人間では何人集まってもこの程度という事か。
クソッ
「早く来いっ 神々よ!! お前達の力を寄越せ!!」
曇天の空へ叫ぶが、ゴロゴロと雷が鳴るだけだ。
あの化け物の力を奪ってもいいが、それは神々が現れた時でなくては…。
アレを展開させる事に気付かれては意味がないからな。
そんな事を考えていた最中だった。
突如天が割れ、灰色の雲が霧散して白く輝き出したのだ。
信じられないような様子に呆然と見上げていると、上空に数百もの人間が宙に浮いたまま王都を見下ろしているではないか…っ
その中心には黒い毛並みの狼…いや、神獣だ!!
まさか、この数百もの人間は、全て神だというのか!?
アォォォォーーーーーン!!
遠吠えが上がり数瞬後、私の頭の中に直接語りかけるような声が響いたのだ。
《愚かなる人間共よ━━…》
なんという……ッ
なんという僥倖!! この数の神々を我が糧に出来るとは!!
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空が突然明るくなったと思ったら、ヴェリウスを中心に何百もの神々が集まっているではないか。
口を開けたまま空を見上げていると、ヴェリウスが遠吠えを始め、どこかピリピリとした緊張感に包まれる。
何百もの神々が王都上空を埋めつくしているのは荘厳ではあるが、威圧感が物凄いのだ。
《愚かなる人間共よ。貴様らの作りし教会は、この世界を創造して下さった我らの王を排し、自らを神とする荒唐無稽な愚行を犯した━━…》
ヴェリウスの声が頭に直接響く。
有無を言わせぬ物言いに、怒り心頭な事が分かる。
今頃ルーベンスさん辺りは胃痛に苦しんでいるかもしれない。
《さらに、賛同し支援をする王侯貴族、家族やつがいを喪い神王を責め立てる身勝手な者、それを知りながらも見てみぬフリをする者達……》
これはヴェリウスの堪忍袋の緒が切れたようだ。
ヴェリウスだけでなく他の神々も殺気立っている。
しかしルマンド王国が悪いわけでもないのに、大司教が居るというだけでルマンド王国に神罰が下るように見えてくるのは如何なものか。
「アレは、オレノ獲物だ…ッ」
片言が少しマシになってきた暗黒鬼神はこんな事を言っているし。
一体どうすればいいのか……。
《━━…貴様らは選択を誤った》
ヴェリウスの最終通告が終盤を迎えたその時だった。
突如足元が赤く光り出したのだ。




