251.黒鬼
今まであった屋根も、壁も、大理石で出来た床すらも無く、代わりに曇天の空とわらわらと集まってきた人々、その向こうの王都の街並みまでが何の遮りもなく見えるのだ。
私達の居た部屋だけがそのまま、結界を解いたらまるでコントのように崩壊するだろう有り様で残っている。
生温い風が頬を滑り髪を乱す。
雨が降るのだろうか…。キレた鬼神は天気まで左右するらしい。
大理石だった床は真っ黒になっており、焦げ臭さが漂っている。雷が落ちたというより爆撃されたような跡だ。
「みーちゃん、静電気がすごいよ…」
髪が逆立っていると後ろからトモコに声を掛けられハッとした。
「トモコ!! ロードを止めないと街が危ない!!」
「うん。そうなの! だからみーちゃん頑張って!!」
「えぇェェェーー!!? 」
やはり私が一人で止めに行けという事は変わらないらしい。
「念の為に街…ルマンド王国全体をどんな攻撃を受けても傷一つつかないようにしておいた方が良いかも」
「!! そうだね。ロードが無関係な人を殺してもいけないし、国が消滅したら洒落にならないし…」
トモコに言われて、この件が解決するまではルマンド王国とそこに住む人々(悪人を除く)はどんな攻撃を受けても傷一つつかないよう願ったのだ。
今ならルマンド王国に住む人はスターを手に入れたマ○オ(配管工のおじさん)さながらに無敵である。
「もうこれで無関係な人々には被害が無いから大丈夫」
「だから止めに行かないとか言わないよね? みーちゃん」
何故バレた!?
「バレないと思ってるの!? ダメだからね! あんな凶悪な鬼神を解き放つなんて、神王様は世界を破壊する気なの!?」
「私が解き放ったんじゃないよ!?」
ねぇとショコラ達に同意を求めるが、誰も肯定してくれる様子はない。
「ミヤビ様、ロード様を止められるのはミヤビ様だけです~」
「つがいなんスよね? 暴走してんのを止められんのはつがいだけっスよ」
そしてトモコの意見が尊重されたのだ。
「……分かったよ」
雷が光っている所へ行けば居るだろうと一歩踏み出して、チラリと後ろを振り返れば、いってらっしゃい。頑張ってね~と3人に手を振られた。誰もついてくる気が無いようだ。
肩を落として転移する。
バイリン国での暴走したロードを思い出し、またアレになってるんだろうな~と考えていた私がバカだったのだ。
転移した先は先程居た所からかなり離れてはいるものの、王都の中であった。その辺りに住む人々は逃げたのか辺りは静かで誰もいないようだ。
所々爆撃にあったような建物が見受けられるのは、私が攻撃無効を願う前に雷が落ちたからだろう。
それらの修復を願いつつロードを探していると、ピリピリとした刺激が肌を刺す事に気付く。
ロードの雷攻撃のせいでこの辺り一帯が帯電しているようだ。私の髪も先程のように逆立って面白い事になっているだろう。
尋常でない電気量だが、これが強くなれば成る程ロードに近付いているという事なのだ。
何故ロードの目の前に転移しなかったのか、だって? 怖いからだよ!!
とにかく、そーっと近付いて様子を見つつ止められるなら止めるというスタンスで行こうと思う。
勇気を出して踏み出そうとしたその時、ドオォォォォーーーーン!! と地鳴りのような音と揺れがして涙目になる。
暫し躊躇して、やっと前進したが本当はもうウチに帰りたい。
裏路地の迷路のような所に迷い込んだ所で、雷が鳴っているのだから方向はわかるわけで…スムーズに進んでいくものだから泣きたくなった。そして、
建物と建物の間に人影を発見したのだ。大司教を探しているのだろうか。
ロードだと思ってそこから出てくるのを待ち、眺めていたのだが……黒いもやがドライアイスの如く足元に拡がっていく事に気付き警鐘が鳴る。
発生源は明らかにロードとおぼしき人影で、黒いもやはどんどん街を飲み込んでいる。
足音だけで地震かといわんばかりに揺れ、体が跳ねる。
ロードだろう人影にはやはりバイリンで見たタロットカードの悪魔のような角があるのだが、バイリンの時よりも一回り大きくて長いのは気のせいだろうか。
やっとこちら側へ出てきたロードらしき人影に注目する。
黒いもやに覆われてはいるが、建物の間の陰った所よりは幾分かはっきりと見え…………
「ぎゃあぁぁぁぁァァァ!!!!」
ヤバイヤバイヤバイ!!!! 何だアレはっ!?
てっきり暗黒騎士の鎧を付けているのだと思っていた。けど、違う!! アレは……ッ
全身が暗黒色の肌を持ち、瞳だけが赤く光り(血走っている)、鋭い牙と悪魔の角が生えたソレは、叫び声を上げた私に気付き近付いて来たのだ。
逃げろ!!
そう警鐘が鳴るが、足がガクガクして力が入らない。さらに周りに漂うもやが手足に集まってきて鎖のように私を拘束していく。
「ヒィィッ」
悪役も真っ青な悲鳴を上げじたばたするが、黒いもやが許してはくれない。
どんどん近付いてくる漆黒の悪鬼に、私の意識は途切れる寸前であった。




