250.囚われの神王
「ところで、精霊様はもうお目覚めですか?」
眠り薬を盛られたはずですが? と白ローブの少年が首を傾げる。
「あー…まぁ人間とは違うから?」
「…そうですか」
訝しげに見られたが、彼は一体ここへ何をしに戻って来たのだろうか。
「僕…私は、ただの監視員ですからお気になさらず」
えー気にするでしょ。ただでさえ監禁されているのに、少年とはいえ男の子と二人きりなんてロードにバレたらこの子が殺される。
少し離れた場所に座った少年は本…聖書なのだろうか、それを懐から取り出して読み始めた。どうやらもうお喋りする気はないようだ。
ロードが私の位置を調べていなければいいんだけど。あの人最近暇があれば私の居場所を調べてるんだよね。
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ロード視点
イアンの話が終わり益々深刻な表情になった宰相は、失神寸前の陛下に至急大司教を拘束しましょうと提案している。陛下は白目を剥き息も絶え絶えだ。
病気や怪我をしているわけでもない元気な人間が死にそうになっているのを初めて見た。
「ちょっと待って!! いや、待て! いくら証拠や証言があるとはいえ、大司教を…しかもあのコフトル大司教を拘束するのは無理がある!!」
人間同士のいざこざなら、確かに大司教の中でも最も権威のある者を拘束するのは難しいだろう。時間をかけて手を回していくしかないのが現状だ。しかし、今回は神王を冒涜した背信者の拘束なのだ。問題はないだろう。
宰相もそう考えたのか、はっきりと
「背信者の拘束です。教会側も納得するでしょう」
と返したのだ。
もし仮に、拒否するようであればルマンド王国は現教会を排除し新たな教会を作ると宣言なさって下さい。とまで口にしたのだから、これにはイアンも驚いていた。
だが、宰相の言葉は大袈裟ではない。この男が神々と最も深交のある人間なのだ。今一番危機感を持っているのだろう。
「陛下、宰相の言う通りにしろ。じゃねぇとこの国は…人類は滅びると思え」
ヒェェェ!! と情けなく叫ぶ陛下にそう言い残して執務室を出る。拳を握りしめて怒りを収めようとするが、司祭の…今は大司教になったらしい男の顔を思い出しイライラするのだ。
「ミヤビに手ぇ出しやがったらただじゃおかねぇっ」
頭に血が上り廊下の壁に穴を開けちまってから少し冷静になった。
ペンダントにしている結婚指輪に手をやり、心を落ち着かせようとミヤビの居る場所を調べる。
まだ天空神殿か深淵の森だろうと、俺の可愛いつがいの事を考えていると、近くに反応があったので眉間に皺が寄った。
「ここは……王都の、教会だと!?」
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ヴェリウス視点
神王様自らがお出になる前に終わらせねばと、神々に念話で事情を伝える。その際に神王様は穏便な解決を願われていると伝えていた時であった。
私の精霊から、ミヤビ様が王都の教会に捕らわれたとの情報が入ったのだ。
『どうやら穏便な解決など奴等は望んでおらぬようだ…』
自分でもこれまで出した事のないような低い声が出たと自覚している。
念話でもわかる程に皆が殺気だち、場所は何処だと確認してくるのだ。皆が神王様の所へ駆け付けようとしている。
恐らくルマンド王国の王都は…いや、国自体が消滅するだろう。そうだ、もう一度人間の居ない世界を創り直す方が良いのかもしれん。
そんな事を思いながら、私は神々に神王様の居わす場所を伝えたのだ。
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「さぁ、人族の神、そして神獣よ。早く来るが良い。貴様らの大切な精霊は我が手中に在るのだから。そして我の糧となるのだ!!」
「何だか嫌な予感がする…」
呟いた言葉に少年の顔が上がる。
「嫌な予感? 確かに貴女の力は吸い取られ、すでに何の力も残っていないでしょうが…ああ、貴女の主の事ですか」
一人納得している少年に何か知っているのかと聞けば、特に答える事なく本に目を落とした。
「ねぇ、“私の主”がどうなるの? 教えてくれないかな」
私にはもう何の力も無いんだから知ってもどうしようも出来ないんだよ。だから教えてくれたって良いでしょ。とアピールしていると、うるさかったのか本を閉じ再び顔を上げたのだ。
「…貴女の主とご友人は、大司教様の罠にかかりあの方の糧となるでしょう」
「罠?」
これ以上は喋らないというように口を閉じた少年は、ローブのフードを被るとまた本を開いた。
罠とは何だろうか? 取り敢えず教会には近付かないようにトモコに伝えておこうと念話を繋ぐ。
《はいはーい。みーちゃんどうしたの~?》
軽い調子で念話に出たトモコに少し気が抜ける。
《トモコ今どこにいるの?》
《まだ教会内だよ~。あのクソ…大司教の後を追ってまーす》
《スパイごっこは止めて、すぐ皆に教会へは近付かないように伝えてくれる?》
《あ~……伝えてあげたいのはやまやまだけど、どうやら無理みたい》
《どういう…っ》
トモコの念話が残念そうに返ってきた刹那、爆弾がこの建物に投下されたかのような轟音と衝撃が走ったのだ。
しかも一度では終わらず、二度三度と轟音と共にガタガタと建物が揺れているではないか。
《ちょ、トモコ!? 何があったの!?》
《っヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!! みーちゃんッ みーちゃんの周りに結界張って、私とショコたんとアルフォンスをみーちゃんのそばに転移させて!!》
あのトモコがかなり焦ったように言うのですぐそう願うと、3人が私のそばに現れた。
その時、建物全体が光に包まれ、目の前が真っ白に染まったのだ。
ドオォォォォォォーーーーーーンン━━…!!
今までで最大級の爆音が響き、建物がガタガタ揺れて、ステンドグラスがビリビリと震え、耐えきれずに割れた。
破裂するように割れるガラスなど初めて見た。しかもここは私の結界内であるにもかかわらずだ。
という事は、ここ以外無事では済まないだろう。
白いローブの少年は驚き固まっており、トモコは私に抱きつき、急に転移させられたショコラとアルフォンス君は呆然としている。
「皆、大丈夫?」
私の声にハッとしたショコラとアルフォンス君は、私の足元に片膝を付き、ショコラは
「ミヤビ様ぁ~ご無事でなによりです~」
と相変わらず可愛らしい声で無事を喜んでくれた。
アルフォンス君は御無沙汰しております。と挨拶し、ご無事でなによりっスと頭を下げる。
「皆も無事で良かった。でも今のは……」
「ろ、ロードさんがマジギレしてた。大司教は逃げたっぽいけど、アレから逃げれるってことは、あの人多分大勢の人間や精霊の力を手に入れてる」
真っ青な顔で、震えているトモコを抱き締める。
「雷っぽい音だからそうかなぁとは思ってたけど、やっぱりロードだったんだね…」
トモコがここまで怖がるとなると、一体何を見たのかが気になる所ではある。
「ロードは大司教を追っているのかな?」
「分からない…でも凄く怒ってて、見境ない感じだった」
物凄く怖かったのだと語るトモコは涙目だ。
「よし。触らぬ神に祟りなし! 皆、ロードには近付かないように家に帰ろうか」
「アレをみーちゃんが止めないで誰が止めるの!?」
実際にマジギレしたロードを見たトモコは、アレ呼ばわりで、止めないと国が滅びると必死の形相である。
正直、トモコが震える程の人外など止められるわけがないが、 皆の視線が痛いので取り敢えずこの部屋から出る事にしたのだ。
白いローブの少年は恐怖と驚きで腰が抜けたのか、扉のそばで尻餅をついて未だ起き上がれないでいる。
「ちょっと前を失礼しますよー」と呟きつつ扉を開くと、そこには━━━……




