249.豹変
「精霊様はどんな菓子がお好みですかな」
ニコニコと大量のお菓子を机に並べ、それをすすめてくる大司教。傍らでは白いローブを着た少年がお茶をいれてくれている。
何故こんな事になっているのかというと、片膝をついて謝罪された後、お詫びという名目でアフタヌーンティーに誘われたのだ。
教会のアフタヌーンティーとはどんなものかと興味もあり、トモコ(姿は見えない)と共に付いて来たのだが、まぁ王宮のお茶会と同じような感じだった。
お菓子もお茶も王宮に見劣りしないもので、教会の資金の潤沢さがうかがい知れる。
とはいえ、ロードが作ってくれたお菓子とは比べものにもならないが。
「もしかして精霊様は人間の食べ物は召し上がらないのでしょうか?」
へにゃっと眉を下げるおじいちゃんに慌てて、いえ、食べられますよと答えればにっこり微笑まれた。
「年若い娘さんにこんな爺の茶会を受けていただいただけで舞い上がる気持ちでしたが、ここにある菓子は古くさいものばかりで嫌がられてはいないかと心配していたところです」
等と言われては食べないわけにはいかない。
古くさいと口では言うものの、ここに並べられているお菓子は王都で行列の出来る人気店のものばかりだ。
無難にクッキーっぽいものを口に入れると、滅茶苦茶固い。石でも食べているのかと思う程だ。これは本当におじいちゃんの選んだ物なのだろうか。
もし仮に従者が選んだとしたら、大司教の歯を砕いてやろうと企んでいるとしか思えない。
密かな陰謀を感じつつもお茶を口に含みなんとかふやかす事に成功した。
が、何やらガリッとする食感に歯が欠けたのではと恐怖する。
結局歯が欠けたわけではなく、生地や焼き方がまだらになっていたらしい、お茶でもふやけない固い部分だったようだ。
「みーちゃん、そのクッキー石か何かなの? 尋常じゃない音が口の中からしたけど……」
トモコにまで聞こえたらしい。そう話し掛けてきたが今は大司教の前だ。答える事は出来ない。
その大司教だが、特に何を言うでもなくニコニコしているという事は、このクッキーはこれが普通なのだろう。
「……精霊様はこちらのクッキーを召し上がって何ともありませんか?」
違った。やはり尋常じゃなく固かったらしい。
「まさか……ッ」
大司教の歯を砕くという陰謀に気付いて…!?
すると大司教はニコニコ顔をニヤリと歪めたのだ。やはり自分の従者が自身を陥れようとしていた事に気付いていたらしい。
「これ程簡単に精霊を誘き出せるとは思わなかったが…ふふっ 精霊にも効いているようで良かったよ。強力な眠り薬を手に入れるには苦労したのでね」
え? 眠り薬??
ちょ、大司教が急に豹変したんですけど?
ついていけないとトモコを見れば、どうやらこの人がラスボスみたい~と笑っていた。初めから気付いていたようだ。
「この部屋には特殊な結界と魔方陣が仕込まれていてね。精霊や、例え神でも出られないのがこの結界の特徴だ」
それはつまり監禁専用の結界という事か。
「そしてこの魔方陣は、バイリン国の隷属させる魔道具に描かれていたものを部屋自体に組み込んだものだ」
ああ、そんなものもあったなと思い出す。
あのラップのようなものだな。どうやら大司教は私をここに閉じ込め力を抜き取る気でいるらしい。
「私の糧になってもらおうか」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべたまま、悪役らしいセリフを吐いた大司教はそのまま部屋を出ていったのだ。
「みーちゃん、さっきの「まさか……ッ」って何だったの~?」
教会の一室に閉じ込められた私にトモコが今それを聞くか? という事を訊ねてきた。
石のようなクッキーと従者の陰謀を伝え、大司教がそれに気付いていたのかなという“まさか”だと言えば爆笑される。
みーちゃんだしね~と涙目になる程笑ったトモコは、みーちゃんに睡眠薬なんて効くはずないからおかしいと思ったんだよ~とへらへら笑うのだ。
「確かに効かないけどね。ついでに言うならこの結界も魔方陣も効果ないし」
勿論トモコもバイリンの件でこの手のものの対策はしている。力を奪われ隷属させられるわけはないのだが、大司教はあっという間に居なくなってしまったので流れでここに居る事になったわけだ。
足元で赤く光っている魔方陣を見ながら、召喚されてきた異世界人のようだ。と少し嬉しくなる。
「みーちゃんどうするの? 帰る?」
「折角来たのにすぐ帰らないよ」
「じゃあこのままこの部屋に居るの~?」
監禁プレイ? とからかってくるトモコに胡乱な目を向けながら、取り敢えず皆が心配しないように教会に居る事を伝えておこうかと言えば、トモコが「それ伝えた瞬間教会がこの世から消えちゃうね~」と笑うのでそれを想像して伝えるのを断念する。
「どっちにしても結局教会は消されるけどね~」
笑顔で恐ろしい事を言い出したトモコに、実は滅茶苦茶怒っていると気付く。
「トモコサン…?」
「本当、あの大司教とかいう老害…よりによってみーちゃんを狙うなんて許せないでしょ~」
ニッコリ微笑むトモコはまさに女神様で、カルロさんとレンメイさんが喜びそうだが、私から見れば悪魔だ。ブラックトモコが降臨したらしい。
「と、トモコ…? 私は無傷だし、逃げようと思えばすぐ逃げられますけど?」
「みーちゃんを狙った時点で万死に値するの」
トモコが神王過激派になってしまった。
ふと扉の方に顔を向けたトモコがこっちを振り返り述べる。
「ちょっと部屋の外の様子見てくるね」
「結界は大丈夫?」
「ずっとみーちゃんのそばにいるから力も増してるし、この程度の結界なら大丈夫だよ」
そう言って幽霊のように壁を通り抜けたトモコ。
それを見送って、これからどうしようかと天井を見上げたのだが、吹き抜けになっている高い天井を見ていると首が痛くなりそうだったのですぐ見上げるのを諦めた。
部屋を見渡すと、高い位置にあるステンドグラスに目が止まった。とにかく模様が細かく複雑で美しいのだ。植物をモチーフにしているらしいそれは、贅を尽くした一品である事がわかる。
こうして見るとこの部屋の調度品も凝っている物が多い。潤沢な資金があるという事の証だが、メインではなさそうなこの部屋でこうなのだ。大司教が使用する部屋はさぞかしすごいのだろう。
王侯貴族や豪商などのお金を持っている仲間が複数いるのかもしれない。
「そういえば、大司教はどうして反神王派になったんだろう?」
「……大司教様も我々も、神王のせいで“つがい”を失ったからですよ」
音も立てずに部屋へ入ってきた白いローブを着た少年が、私の独り言に答える。先程お茶をいれてくれた少年だ。
「…大司教じゃなくても外からは入って来れるんだ」
「……」
今の質問には答えてもらえないようだ。
しかし大司教はつがいを喪っていたのか……恐らく魔素の枯渇による影響でつがいは亡くなったのだろう。“神王のせい”だと言っていたし。
「“精霊様”に恨みはありませんが、大司教が神王に代わる為に糧となって下さい」
大司教は神王になろうとしている?
「神王に成り代わるの? 大司教が?」
「神王はこの世界に居ませんから、後は神々の力を得て大司教が神王に成り代わりさえすれば…今後魔素の枯渇に怯えて過ごす事もなくなるのです」
「魔素は今満ちているけど?」
「いつ枯渇するかも分かりません」
成る程、神王は居なくなったまま帰ってきてないという認識が人間にはあるのか。で、急に満ちた魔素がまたいつ枯渇するのかも分からないから、神王に代わり魔素を尽きさせないようにすると。




