247.伝説の聖人
イアンさんの事をロードに頼み送り出すと、縁側へ座り庭を眺める。美しい日本庭園に心を落ち着かせていれば、珍獣の女の子がそっと温かい緑茶を煎れてそばへ置いてくれた。
「ありがとう」
微笑めば頬を赤く染めて嬉しそうにお辞儀をし、持ち場へと戻って行く。
『ミヤビ様』
お茶とは反対側の、少し離れた場所へヴェリウスがちょこんとお座りしている事に気付き、どうしたの? こっちへおいでと呼ぶ。ヴェリウスはしずしずとやって来て私の腰に尻尾を絡め、頭を下げた。
それを撫でてやると、気持ち良さそうに瞳を細めて膝の上に顎を乗せ横になる。
「…あれは、人間だけの問題では済まぬやもしれん」
私の独り言にピクリとヴェリウスの耳が反応する。
「わしが出ねばならんかもしれんのぅ…」
『神王様が出るまでもなく終わらせてみせます』
膝の上から見上げてくるヴェリウスの頭をもう一度撫でて微笑むが、私の勘がそれでは終わらないだろうと告げていたのだ。
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ロード視点
ミヤビが倒れたと聞いて、仕事を全て放り出し天空神殿へと向かった俺は、心臓が止まりそうな程の恐怖に襲われていた。
布団に寝かされた俺のつがいを認めると、その横で足元から崩れ落ちるように座り込み立ち上がれなくなった。
こんなに恐怖を感じたのは生まれて初めてだと、目を覚まさないつがいの顔を見つめる。
何があったのか、努めて冷静に聞こうにもそれも出来ず当たり散らすように殺気を放っていた気がする。
しかしそれも師匠の蹴りをくらい失神してからは幾分か冷静になれたとは思う。
それから漸く話を聞く事が出来た。
ミヤビが倒れた原因は、どうやら前の神王であった時の記憶を思い出しているかららしい。
一気に膨大な記憶が流れ込んできた為に身体が持たず倒れたのだろうというのがヴェリウスの見解だった。
眠れば特に問題はないというが、一日経っても二日経っても起きる気配はなく、どんどん心配になってくる。そんな不安定な状態なもんだから、力のコントロールが出来なくなり雷を至る所に降らしちまって結界内に閉じ込められちまった。まぁミヤビのそばだから問題はねぇ。
毎日毎日、早く目を覚ましてくれと寝顔を見つめ続ける日々が続き、一週間経ってからやっとミヤビの目が開いたのだ。
目覚めたミヤビの雰囲気が少し違う事に気付いたが、俺のつがいである事に変わりはねぇ。
抱き締めてすり寄れば擽ったそうに身をよじる所は相変わらずだった。
恐怖と不安に押し潰されそうだった事が嘘みてぇに消え、安堵する。
しかしそれもつかの間、ミヤビの話を聞いた俺は血管がぶちギレるんじゃねぇかって位ぇに頭に血が上ったのだ。
よりにもよって教会は神王像を破壊した。しかもミヤビはそれを見ちまった。
俺のつがいはどんなに傷ついたことだろうか…ッ
到底許せる事じゃねぇ。
教会は、俺が殲滅すると心に決めた瞬間だった。
「━━…ロード様、もしやここはすでに王宮の中なのでは?」
一週間前から今までの事を思い出していたら、そう後ろから声をかけられた。
「そうだ。テメェは直ぐ陛下の元へ連れていく。後はさっきの話を陛下の前でしてくれりゃあ用は済む」
こいつ(イアン)はガキの頃居たクソ教会の司祭のガキだった。何があったのかは知らねぇが、心を入れ替え今や“本物の聖人”になってやがる。
複雑ではあるが、まぁ更正しているようだしミヤビに近付かなけりゃ問題ねぇと王宮まで連れてきた。
俺がミヤビに頼まれたのはここに連れて来るまでだ。
後は宰相が何とかすんだろ、と陛下の執務室に放置する気満々で向かっている。
「何から何までありがとうございます」
殊勝に頭を下げるこの男にどういう顔をしたら良いのかよくわからず、特に返事はせずに陛下の執務室へと足早に向かったのだ。
王宮奥にある陛下の執務室にやって来た時、ルーテル宰相が退室する所だったのか扉を開けて出て来やがった。
「第3師団長…ここは関係者以外立ち入り禁止のはずだが、後ろの彼は何かね」
目敏くイアンを認めた宰相に、丁度良かったと声を掛ける。
宰相は訝しげに眉をひそめて俺を見た。
「あんたにも話しておきたい事がある。一緒に来てくれ」
眉間にシワを寄せた宰相は、難しい顔をして俺とイアンを見ると、嘆息して頷いた。
「また問題事かね」
「世界を揺るがせかねねぇ一大事だ」
とても面倒だという表情を隠しもせず、「陛下に伝えてくるのでここで少し待ちたまえ」と執務室の扉を再び開けたのだ。
「あれ? ルーベンス忘れ物…?」
ピンクのイカれた頭…ゴホンッ あー…ピンクの髪をなびかせながら顔を上げた陛下は、俺達を見て顔を引きつらせた。
ケンカ売ってんのかコイツ。
宰相が何かを話すと、入室の許可が出たので遠慮なく入る。
イアンは恐る恐る後ろを付いてきた。
「ろ、ロード、どうしたんだい? また何かあったとか言わないよね!?」
「よく分かってんじゃねぇか。世界を揺るがす大問題だ」
「こんな忙殺されそうな時に世界会議よりもスゴイ問題!?」
顔面蒼白の陛下にさらに畳み掛ける。
「もし人間で解決出来ないようなら、神々と人間の戦争…いや、神々から皆殺しにされる」
「何でそんな事になってるのォォォ!?」
今にも倒れそうな陛下を溜息を吐きながら渋々支えるルーテル宰相は、チラリと俺を見て先を促した。
「教会が反神王派という名の背教者に乗っ取られた」
「「!?」」
俺の言葉に陛下と宰相が目を見開く。まるで青天の霹靂だと言わんばかりの表情だった。
「バカな…っ 教会はそこまで愚かになったのかね!?」
「ああぁぁ!! 何でよりにもよって神王様がお戻りになった時にィィ!!」
頭を抱えて唸る陛下に、イアンが引いている。
宰相の方も早急に対策をたてねば人類は全滅する。とこちらも頭を抱えた。
「詳しい話はこいつ(イアン)に聞いてくれや」
イアンを前に出すと、少し抵抗されたが俺にしてみりゃ微々たる力だ。関係なく前に押し出す。
「ロード、彼は一体…?」
「コイツはトレイクの町の教会出身で今は聖人だ。教会の不正と反神王派の存在を教えてくれた」
陛下の質問にそう答えてからイアンを見る。
「お初にお目にかかります、ルマンド国王。イアン・フェイ・コフトルと申します」
「え、あ、うん…じゃない。ああ」
滅多に国王らしい扱いを受けない陛下は、丁寧な挨拶に慌てて姿勢を正し返事をした。宰相は呆れ顔だがいつもの事だ。
「……確か“聖人コフトル”といえば、世界中を巡り人々の病を治し、神々の教えを説き、心を救うという伝説の御人のはずだが」
おい、コイツそんな事してたのか。
昔はクソだったぞ。
「そんな。私は自分の出来る事をしてきただけです。伝説などと畏れ多い事」
「本当にあの“聖人コフトル”殿なのか?」
陛下もイアンの噂を聞いた事があるのか、驚きを隠せないようだ。
宰相がまた俺を見るので頷いておいた。目が本物なのかと語っていたからだ。
「陛下、どうやら本人で間違いないようです」
「そ、そうなの?」
陛下、しっかりしてくれ。
心の中で嘆息しつつ先程聞いたイアンの話を聞き流す。頭の中はどうやって教会をぶっ潰すかという事しかないのだ。
俺のつがいを傷つけた礼はきっちりしてやらねぇとと、陛下達に説明しているイアンを見ながら考えを巡らせるのだった。




