246.再びの怒り
「…あの、」
温かく美味しいお粥を食べながら幸せ気分に浸っていると、恐る恐るイアンさんが話し掛けてきた。
イアンさんは自分の分の食事に手をつけてはいないようだ。
「あれ? イアンさんお粥はお好きではないですか?」
「え? オカユ…? あっいえ、あの…こちらのお食事はとても美味しそうなのですが、私ごときが神王様とお食事をご一緒させていただくなどそのような畏れ多い事…っ」
頑なに食べようとしないイアンさんを見かねた珍獣達が、「それでは後程お部屋にお持ち致します」と彼の食事を下げ、ヴェリウスが良い心掛けだと頷いていた。とても食べづらい。
「ミヤビ、他の男の前でんな可愛い顔して食ってんじゃねぇ」
そんなバカな事を言ってくるロードの顔はデレっとしている。しかし角は生やしたままで、まだイアンさんを牽制しているのかもしれない。
「やはり神王様が彼の…」と驚愕の表情で呟いたイアンさんを首を傾げて見ていたら、ロードに他の男を見るなと無理矢理向きを変えられたので首がグキッとなった。
「…そういえば、ロードは仕事忙しいんじゃないの?」
身体強化と防御を徹底している為痛くはないが、グキッとなったので労りながら食事を再開したのだがはたと気付く。
天空神殿でゆっくりご飯を食べていても良いのだろうか?
「つがいが倒れたのに仕事してるバカはいねぇ。それに、コイツに聞かなきゃならねぇ事もあるしな」
チラリとイアンさんを見た後、土鍋のお粥を一気にかき込み美味かったと一言口にすると、「で、教会の不正ってのは何だ」と話し始めたのだ。
ロードの前にある食器類も下げられ私一人が取り残された事に、より気まずさが増した。
ゴリラが勝手に真剣な話を始めてしまい、その緊張感の中でどれだけ音をたてずに食べられるか。味も分からなくなる。
「…教会の修繕費用や建設費用、その他助成金等国から支払われる費用を水増し請求し、それの大半がとある男へと流れているとの噂を2年程前から耳にしていました。独自に調査していましたがなかなか尻尾を出さず、先日…その証拠を手に入れる為に突き止めた拠点へと潜入したのです」
「…それでどうした」
「そこで目にしたのは、我が目を疑うような衝撃的なものだったのです…っ」
余程の事だったのか、言葉を止めてしまったイアンさんに、何があったとロードが先を促している。その横で私はちびちびとお粥を食べている。
せめて私が食べ終わってから話を始めてほしかった。
話しづらそうに私をチラリと見てくるイアンさんに、話中に食事していてごめんねと心の中で思う。
「……彼等はこともあろうに…神王様の像を、破壊していたのです」
ロードが息をつめた事が伝わってくる。
「そして、こう話していたのです。“神王を廃し、新な教会をつくるのだ”と」
「っ…んだと? 神王を、“廃する”だぁ?」
落ち着いていたロードの顔が、再び怒りに染まったのだ。
『教会はもはや教会としての機能を果たしてはおりません。今すぐ消滅させる事こそが世界の為になるというもの』
「その意見にゃ賛成だ。俺が殺る」
結局そこに戻るのォ!? ロードまで参戦しちゃってどうするの!?
珍獣達も頷かない!!
「ちょっと待って!! 落ち着いて!!」
イアンさんは真っ青になり口をパクパクさせて使い物にならないので私が止めるしかない。
「教会でもその考えを持つ人は一部でしょう? 教会自体を無くしてしまうのは如何なものかな!?」
「一部だろうが何だろうが、それらを止める力の無くなった奴等は居てもしょうがねぇだろ」
私の反論に目の据わったロードがおかしな事を当然のように言ってくる。
『止められぬのならば同罪です』
ヴェリウス、お前もか!?
「も、申し開きようもございません。この上は潔くここから身を投げ、果てます」
涙目で震えているイアンさんは死を覚悟した侍のように儚く散ろうとしている。
止めなさい!! と何とか止めたが、暴走は止めてほしい。
「とにかく、神々はこの件に関してはノータッチでお願いします!! 前にロードが言ってたように、人間の問題は人間で解決する事。イアンさんはルマンド国王に今の事を伝えて下さい!!」
皆の顔が不満そうだが、神王の権限をフルに使わせてもらう。
ルマンド王国にはルーベンスさんという常識人が居るから何とかしてもらえる、という前提だが。
「ロードはイアンさんを無事国王とルーベンスさんの元に送り届けてね?」
チッと舌打ちされたが、頷いたので大丈夫だろう。
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エージェント“爆乳”視点
『あー…テステス。聞こえますか~テス』
『聞こえてます~テス』
ここはルマンド王国の王都にある教会。
我々エージェントは今、あるミッションの為にこの教会へ潜入している。
ミッションを依頼した依頼人? それは言えないな。エージェントには守秘義務があるのでね。
さて、潜入したのは我らの中でも屈指のエージェント、コードネーム“爆乳”、“スイーツドラゴン”、“エロフ”の3名だ。
ボスはこの件に関しては穏便に済ませようとしているが、依頼人は激おこである。
なぜなら、依頼人の宝をこの教会は廃そうとしているのだ。とはいえ、ボスの命に背いてまで依頼を受ける事は本来しない我らエージェントだが、今回は違う。
依頼人の宝こそ我らの大切なボスだからだ。
“愚かなる教会に鉄槌を”を合言葉にエージェント達は今、愚者に立ち向かっている!!
『通信機器に不具合はなし。これから教会殲滅計画に移行する。各自持ち場にて待機せよ! テス~ 』
『おい、まだ殲滅命令出てねぇっス。後、さっきから語尾に付けてる“テス”って何スか。うぜぇんスけど』
『コードネーム“エロフ”君。これは通信機器のテストだと言っているだろう』
『いや、ひとっ言も言ってねぇスわ。後そのコードネーム止めろ。ぶっ殺すぞ』
『言ってるよ!! “テステス”って!!』
『だからその“テス”って何だよ!? なめてんのか!』
『“テス”は“テスト”の“テス”に決まってるよ~!!』
『紛らわしい言い方してんじゃねぇよ!! さっきの言い方だと完全に語尾にテス付けて喋るクセのある個性出した新キャラじゃねぇか!!』
『コードネーム“スイーツドラゴン”です~。ケンカは止めて下さい~。大声だしたらバレちゃいますよ~』
それはマズイと口を塞ぐ。
隠匿魔法を使用しているのだからバレる心配はないのだが、クセのようなものだ。
さて、魔石を使った通信機器に問題はないようだし、潜入にもそろそろ飽きてきた。
『もう飽きた~。早く殲滅して帰ろうよ~』
『お前ミッションなめんなよ!!』
コードネーム“エロフ”、いや、ヤンキーエルフのアルフォンス君のオラオラ言う声が通信機から聞こえてくる。
『なめてないけど、神王様が折角覚醒したんだからここは一発ドーンッと教会をやっちゃっても良いと思わない?』
『ミヤビ様は心優しい御方なのです~』
“スイーツドラゴン”ことショコラが言う事はもっともだが、神王像を破壊し、神王を廃そうとする愚行は許せるものじゃない。オラオラの新神のアルフォンス君だって怒り狂う位だからね。
私達神にとってはそれ程大切な御方だし、私にとっては唯一無二の心友なのだから。




