245.2人の関係
「ヴェリウス、イアンさん」
日本庭園にふっ飛んだロードを少し気にしながら、1人と1匹のそばへ向かえば『ミヤビ様!!』と尻尾を振りながらじゃれてくるヴェリウスと、私を見るなり土下座をするイアンさんに顔がこわばる。
「ヴェリウス、イアンさんを引き留めてくれてたんだね。ありがとう」
『天空神殿に人間を入れるのは抵抗がありましたが、他ならぬミヤビ様が連れて来られたのですから当然です』
フンと鼻を鳴らし土下座しているイアンさんを見下ろすヴェリウスは神らしいといえばそうなのだろう。
「イアンさん、顔を上げて下さい」
「っそんな、神王様に畏れ多い事は出来ません!!」
またこの人は…私が眠りにつく前は顔を上げて話をしていただろうに。
もしかしてヴェリウス達に何か言われたのだろうか。
「ミヤビ!! そいつから離れろッ」
庭に転がり落ちたはずのロードが焦ったように声を上げる。何事かと振り向けば腕を引っ張られ、彼の背に隠されたのだ。
ロード? と名を呼ぶが、見上げた横顔は怒気を孕んでおりイアンさんを睨むばかりだ。
「2人は知り合いなの?」
聞くが何も返ってこず、困ったなとヴェリウスを見る。しかしヴェリウスも首を横に振って見せるのみで答えはない。
「イアンさん」
ロードは何も言いそうにないので、土下座したままのイアンさんに訊ねるが肩がピクリと僅かに跳ねただけでやはり返事はないのだ。
「ロード、イアンさんは私がここに連れてきた人だからそんなに怒らないで? イアンさん、ロードは気にしなくていいから少しお話しませんか?」
蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまったイアンさんが可哀想で、これ以上怖がらせない為に優しく話しかける。ロードはそれが気に食わないのか機嫌が下降しているように感じる。
「イアンさんは私が倒れる前に、教会に追われて動けなくなっている所を保護したんだよ」
もっと機嫌を悪くしてイアンさんに当たられても困るので簡単に説明すれば、彼は目を丸くし更に怒り出したのだ。
「っどうしてお前はすぐ俺に知らせないんだ!? 毎回何かあるごとに言ってんだろ!?」
そんな事を言われても、今回の件に関してはロードも世界会議の開催に向けて忙しくしていたし、帰ってきたら伝えるつもりだった。と言い訳を並べるが、お怒りは収まらないらしい。
どうやらロードとイアンさんは初対面ではないようだし、こっちこそその辺りを説明してもらいたいものだ。
『ミヤビ様、廊下で話されるのもなんですし部屋に入りましょう。お腹も空かされていると思いますので、ついでに軽食も用意させます』
さすがヴェリウス。気が利く犬だ。
頷きすぐそばにある部屋の障子を開ければ、ロードも渋々だが一緒に部屋へと入ったのだ。
天空神殿の日本建築エリアには、呼ばない限り誰も居ないのでどの部屋も使いたい放題なのである。
「イアンさん、こちらへどうぞ」
ロードの膝の間から呼べば、漸く顔を上げしかし正座したままこちらを窺うイアンさんにロードが舌打ちした。
舌打ちは止めなさいと注意すれば、神王様、発言する事をお許し下さい。そう断りをいれてイアンさんが話し出したのだ。
「彼の私への態度は当然なのです……」
と。
どういう事かわからず首を傾げていると今度はロードが、前に話しただろ。俺が幼い頃教会に居た話をよぉ…と呟いた。
確か孤児だったロードは教会で育ったけど、教会関係者に暴力を奮われてたって話だよね。
「俺が居た教会にコイツも居たんだよ。司祭の息子としてな」
司祭の息子って…じゃあイアンさんは、ロードに暴力をふるっていた人の子供……?
「コイツら親子は、神の意向だなんだと信者から食い物や金目のもんを奪い、俺らガキからは尊厳も人権も奪って生きてきた奴等なんだよ」
ロードの言葉に一切反論せず、ただじっと聞いているイアンさん。
聖人の称号を持ち、教会の不正を正そうとしている彼がそんな人間だとは思いたくないが……。確かにステータスを覗き視た時にそんな事が書いてあったのは事実だし、ロードは嘘をついてはいないだろう。しかし、
「イアンさん、貴方は本当にそんな事を…?」
やはりこういこういう時は双方から話を聞くに限ると、イアンさんにも尋ねる。
するとまた土下座し、ロードの言うとおりだと非を認めたのだ。
「そんなテメェが今更教会の不正云々で追われているとは思えねぇ。一体どんな目的でコイツに近付きやがった」
角を隠しもしないロードは、イアンさんを威圧し睨みをきかせる。彼はそんなロードに身体を震わせながら土下座をしたまま、昔ロードにした事は申し開きも出来ないしする気もないとはっきり口にしたのだ。
昔の自分は愚かだったと後悔し、贖罪の旅に出たともステータスにはあった。
自身の罪を素直に受け止め真摯に反省していたからこそ、本当の聖人になれたのだと私は思う。
「ロード、イアンさんは昔とは違うよ…私を守る為に警戒してくれてる事は分かってるけど、もういいんじゃないかな?」
ステータスを視られるロードは、とっくに分かっているでしょう? と見つめると、微かに瞳が揺れた事に気付く。
「ねぇ、神王に手を出せる人間はいないよ? ここにはロードも、ヴェリウスも、他の神々や珍獣達だって居るんだし」
「…………」
無言で見下ろしてくるロードを見つめ返す。
すると、はぁ…と深く息を吐きその眉を困ったように下げたのだ。
「ミヤビにゃ敵わねぇな」
ロードはそう漏らして私の頭を撫でる。イアンさんは土下座したままなので表情は見えないが、困惑している雰囲気が伝わってきた。
「イアンさん、顔を上げて下さい。ロードも貴方が昔の事を後悔していると理解しているんです。ただ私を守る為にこんな頑なな態度を取っていただけで」
「そのように仰っていただいただけで、私は…っ」
畳に額を押し付けたまま身体を震わせているイアンさんだが、泣いているのだろうか。
「イアンさん…」
肩に触れようとした手をロードにとられ、抱き寄せられた。
他の男に触るんじゃねぇと睨まれる。
どうやら声を掛ける為でもロードには許せないらしい。相手がイアンさんだからという事ではない。どんな相手であってもつがいが自分以外の男性に触れる事はNGなのだ。
しかし話がまったく進まない。
バレないように嘆息すると、そこへ珍獣の女の子達が軽食を持ってやって来た。
「失礼致します。お食事の御用意をさせていただきます」とテキパキ準備し始めたのだ。
お粥の入った土鍋と、後のせの美味しそうな具が様々な種類並べられて良い匂いに食欲がそそられる。
ロードもイアンさんも食事はまだのようで、彼らの前にも所狭しと並べられていく様子を眺める。
イアンさんもロードの威圧の影響から回復していないしと、そんな事を理由に食事を楽しむ事を決めた私のお腹は、それを催促するかのように高い音を鳴らせていたのだ。




