240.蘇る記憶
「イアンさん」
「は、はいっ 神王様!」
2人緊張した面持ちで、ルマンドの王宮よりもお金がかかってそうな扉の前に立つ。
イアンさんは真っ青ですでに倒れそうだ。
「覚悟は良いですか?」
全然覚悟など出来てないであろう彼の返事は聞かず、扉をゆっくり開けば、講義に遅れてきた生徒の出来上がりだ。
後ろ側の扉からそっと入った為、後ろの席にいる神々にしか気付かれてはいないようだがそれでも注目をあびている。
むしろ後ろの席にいた神々が慌てて席を立ち土下座していくので、前方の神々まで振り返り始めていた。
土下座が流行っているのだろうか。
教壇に立つランタンさんと目が合い、一番前の中心に居たヴェリウスが尻尾を振りながら大ジャンプして目の前にやって来る始末である。
『ミヤビ様! どうなされたのですか?』
ハッハッと嬉しそうに息を吐きながら尻尾を振り、足元に絡み付くヴェリウスはやはり可愛い。
「ヴェリウスこそ神々を集めて何をしているの?」
『我々は大事な会議をしておりました』
尻尾を振るのを止め、ペタンとお座りして上目遣いで見つめてくる可愛いペットに絆されそうになるがダメだ!
私とイアンさんが全力を以て神々を止めなければ、人類は全滅してしまう。
「そっか。会議の内容を教えてもらってもいいかな?」
『……ミヤビ様、もしや止めに来られたのですか?』
耳を後ろに倒し恐る恐るうかがってくるヴェリウスに、内容にもよるけどねと断りをいれる。
そのまま話しながらゆっくり階段を下りていけば、神々が皆立ち上がり頭を下げるので急に恥ずかしくなった。
壇上につくと、ランタンさんが恭しく頭を下げてくるので顔が引きつる。
「ようこそ御出下さいました。我が君」
丁寧な挨拶と恭しい態度がむず痒く、誤魔化す為にも直ぐに話を切り出した。
「この会議の内容を聞かせてもらいたいんだけど」
単刀直入に言えば、ランタンさんは頭を下げたまま少し躊躇いつつ口を開き意を決したように言葉にする。
「…失礼ではございますが、神王様のお耳に入れるような事ではございません。どうかご容赦下さいますよう」
多分神王像が壊されていた事を私の耳に入れたくないという配慮なのだと思う。
他の神々を振り返ったが、皆頭を下げたまま顔を上げようとしないのだ。
しかしこちらも引くわけにはいかない。
「貴方達が話し合っていた内容とは、もしかして“教会”の事かな?」
ランタンさんの肩がピクリと跳ね、ヴェリウスはボソリと『やはり知ってらっしゃったのですか』とつぶやいたのだ。
「さっき、教会から逃げてきた人を拾ってね」
『ミヤビ様っ 愚者の群れ(教会)に接触されたのですか!?』
鼻の頭にシワを寄せて唸りだすヴェリウスの迫力がすごい。
私の精霊は何も言っていなかったが何をやっておるのだとイライラしている様子に、そういえばヴェリウスの精霊にそれとなく監視…ゴホンッ 護衛されているのだったと思い出す。
「“教会から逃げてきた人間”ね。今もここに…」
イアンさんを紹介しようとしてふと気付く。
姿がどこにもないのだ。
イアン、どこ行った?
キョロキョロと周囲をうかがうが何処にもいない。まさか逃げたのか!? と疑いかけたその時、
後ろの扉を見れば、奴は扉の入口で腰を抜かしてへたりこんでいたのだ。
「イアンさん、何をしているのかな?」
私の声を聞いて皆が一斉に後ろの扉に注目する。
「も、ももも、申し訳ございません~~~ッッ そうそうたる神々の御前で…っ わた、私は…ッ」
真っ青になって泣いているイアンさん。
そうだよね。こんな神々の中に人間一人放り込むとか酷い事しちゃったよね…。
例えば、大企業の取締役会の場に会長に連れられて来たからって、ニートやってる自分が会議室に入れるかと言われると……無理だな。
イアンさん、本当にごめん。
「あ~、皆そんなに注目しないであげて。緊張しちゃってるから。ヴェリウスはそんなに睨まない。彼は悪い人じゃないよ」
ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛…と唸っているヴェリウスの頭を撫でながら宥める。鼻の頭のシワは消えたが、警戒は解いていないようだ。
「わ、私はイアン・フェイ・コフトルと申します!」
神々に土下座して自己紹介するイアンさんに、皆が注目している。しかし空気はピリピリとしており、あまり歓迎ムードではない。
ヴェリウスが警戒を解いていない事と、イアンさんが教会関係者だという事が主な原因であろう。
「彼は教会の一部の者の不正をルマンド王国の王に知らせようと逃げてきたらしくてね…」
気絶して聞き出せなかった情報だが時間がなかった為、イアンさんには申し訳ないがステータスを見せてもらい得たのだ。
なので彼が“聖人”だという事も知っているし、何故私が神王だと分かったのかも視させてもらった。
とはいえ、ステータスを視る事が出来るヴェリウスは未だ警戒を解く様子はない。
神王像が教会関係者によって壊された事が相当腹に据えかねたようだ。
「ヴェリウス、そのように警戒せずとも良い。こやつに敵対する意思はない」
“ヴェリウス、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。イアンさんは私達に敵対する気はないから”と言ったつもりだったが、何かおかしな言葉遣いになっているぞ??
『ミヤビ様?』
ヴェリウスもおかしいと思ったのか、不思議そうに私を見上げてくる。
「ランタン、皆も…私の為に憤慨してくれるのは有り難いが、人とは弱い生き物なのじゃ。今は私の顔をたてて怒りを収めてはくれんか?」
お爺さんのような言葉遣いで、ポロポロと勝手に口をついて出てくる言葉を止められない。
何だこれ…っ
神王様…っ と皆が私を見て平伏すが、こっちはパニックだ。
「うむ。我が子達よ。私が留守にしておった間よう頑張ってこの世界を守ってくれた。感謝する」
私ではない私が、愛しい我が子を誉めるように感謝を述べる。自身の感情も、少し成長した我が子を誇り喜ぶそんな温かいもので埋め尽くされていく。
少し気を緩めれば涙が零れそうになる程なのだ。
同時に、私が神々を創り出した、あの時の記憶が蘇ったのだ。
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『ランタンにヴェリウスや。これから他の“神”も創っていこうと思うておる。まだこの世界は荒れ放題じゃからのぅ……お前達だけではちぃと大変じゃろう』
シワシワの手で生まれたばかりのヴェリウスとランタンさんの頭を撫でるのは私だ。
確かこの頃は、顕現する時にお爺さんの姿が一番威厳もあって格好良いのだと他の創造主に教えられ、それにハマっていたのだったか……。
『見てごらん。まだ小さいが、この世界は随分やんちゃじゃ』
荒ぶる波と豪雨、鳴り響く雷。
そんな光景を側に居る小さな竜神と神獣にほっこりした気持ちを持ちながら、眺める。
『神王様、ピカピカひかってゴロゴロなるアレも、ザーザーおちるアレも、とてもうるさくて耳をふさぎたくなる…』
『ふふっ ヴェリウスや、生まれたばかりの赤子とはそういうものなのじゃよ。泣いて喚いて、そうして成長していく』
顔をしかめる小さな子犬を撫で、この後無表情で世界を眺めるランタンさんに視線を移したのだっけ。
『ランタンや、きっとこの世界は美しくなる。お前も嬉しくて跳び跳ねる程になぁ』
無表情のランタンさんは私の言葉に顔を上げ、こちらをチラリと見るとまた、荒れ狂う世界を見続けたんだよね。
こうして私は、まだ生まれたばかりの“世界”を育てる為に神々を創り出していったのだ。




