239.戦争だ!
エルフ達は大分こちらの暮らしに慣れたのか、皆生き生きとした顔で街を歩いている。車に乗っているエルフも見受けられる事から、運転の試験に合格したものも数多くいるのだなと大通りを見る。
「神様、彼はどちらに運びましょうか?」
イアンさんを運んでくれているエルフ達が恐る恐るうかがってきたので、近くの空き家があればそこに運んでもらえますかと伝えた。
まだまだ空き家は沢山あるので街の人員募集中なのだ。
「でしたらこちらに」とすかさず周りに集まっていた女性のエルフが案内を申し出てくれたので、彼女達についていくことにした。
通りに面した家ではなく、一本奥に入った道沿いに並ぶ家の一つにイアンさんを運ぶと、親切なエルフ達にお礼を言って別れる。彼らはお役に立てて光栄ですと、やりきった笑顔で帰って行った。
イアンさんは未だに目を覚ます気配はない。
ずっと追われて満足に眠っていなかったのかもしれないとゆっくり眠らせる事にし、部屋を出たのだ。
「う~ん…教会関係者を浮島に連れて来たって知られたら、ロードに怒られるかなぁ」
黙っていても怒られるだろうけど、報告したらしたで怒られるだろう。今はただでさえ世界会議で忙しくしているのだ。
「あーーっ どうしよう」
頭を抱えている時であった。バタバタと数人の足音がし、この空き家へと入って来た音が耳に届いたのだ。
「神王様っ」
最初に私の居る居間へ飛び込んできたのは元エルフの王様。銀髪の超美人さん。
「デリカ…キャットさん。お久しぶりです」
そう。デリキャットさんだ。
慌ててやって来たのか肩で息をしているのが分かる程大きく呼吸している。
「神王様がこちらへいらしていると聞き、飛んで参りましたっ」
「いや~そんな慌てて来なくても大丈夫だよ。あ、外は多く車が走ってたけど、結構乗車試験に合格してるんだね~」
「神王様がいらしているのですから、何があっても参ります!! 乗車試験は子供以外は皆合格致しまして、今では生活の一部として使用しております」
デリキャットさんとそんな他愛もない話をしていると、今度はデリキャットさんの従兄弟でエルフのリーダーのギルフォードさんがやって来た。
「デイリー様!! 貴方さっきわざと足を引っ掛けましたね!?」
ギャーギャー騒ぎ立てながらの登場にデリキャットさんが顔をしかめる。
「神の御前ですよ」
とたしなめているが、多分私が神王という事を隠しているので会話を聞かれたくなくて、ギルフォードさんをわざと外で転ばせたのだろう。
デリキャットさん…意外と良い性格をしているのだ。
「ギルフォードさんもお久しぶりです」
「神様っ 駆けつけるのが遅くなり申し訳ありませんっ」
「いえ、大丈夫です。他のエルフの皆様にも助けていただきましたし」
特に呼んでないしと心の中でこっそり呟く。
しかしギルフォードさん、盛大に顔から転んだのだろう。鼻の頭とおでこに擦り傷が出来ている。
良かったら使って下さいと私の手作り軟膏を渡して、イアンさんの事を説明したのだ。
「━━…そうだったのですか。私はこの100年城に閉じ込められておりましたので、教会の事には詳しくないのですが……」
「我々もダンジョンで暮らしておりましたので…」
と恐縮する2人は確かに私と同じ引きこもり…違う。外に出ない系種族であった。そりゃ教会の事には詳しくないだろう。
「しかし教会で不正とは、由々しき事態ですね…」
「いっそ潰してしまい新たに聖職者を選定し迎えるというのはどうでしょうか」
ギルフォードさんはまだしも、デリキャットさんがニコニコしながら恐ろしい事を言っているのだが…。この人こんな性格だったっけ?
「アハハ…まぁその辺は人間が何とかすると…」
乾いた笑い声を出しながらデリキャットさんから目をそらす。
ショコラといい、デリキャットさんといい、過激派が多いなとびくびくしながら久しぶりに彼らとの会話を楽しんだ(?)のだ。
◇◇◇
暫くデリキャットさんとギルフォードさんの3人でお茶を飲みつつ会話をしていたが、ふと、アルフォンス君の事を思い出した。
アルフォンス君はエルフの神になってからランタンさんの新神研修を受けていたらしいが、一体どうなったのかが気になる。ヤンキーだったし、更正したのかなぁとか。
エルフなめんなと何度も言われた事も記憶に新しい。
「アルフォンス君は元気にしてますか?」
2人にそう聞けば、ギルフォードさんがそういえば…と話し始めた。
「神様がいらっしゃる少し前でしたでしょうか、アルフォンス様が何やら勇んだ様子で戦争がどうとか言いながら天空神殿行きの電車に乗り込んでいたと報告がありました」
え゛、戦争とか物騒なんですけど。
「そういえば、今日は朝から天空神殿行きの電車に神々が乗車されるので近付いてはならないと御触れがございました。ちなみに、アルフォンス様は『神々をなめやがって!! 戦争だ!!』とおっしゃっていたとか」
デリキャットさんの話にハッとした。
もしかして、神々は神王像が壊されていた事に気付いたのではないか…。
とすると、戦争だと勇みながら天空神殿に行ったアルフォンス君や、他の神々は今まさに人間を滅ぼすか否かの話し合いをしているのではないのか。
「神様? どうかなさいましたか?」
ギルフォードさんとデリキャットさんが心配そうに見てくる中、私はイアンさんを直ぐにでも起こさなければならないと席を立ったのだ。
「ごめんなさい!! ちょっと急用を思い出したから…っ」
中座して急ぎイアンさんの元へ駆ける。
「イアンさん!! 起きて下さい!!」
ベッドで眠っている彼を治癒し叩き起こす。
早くしないと手遅れになるかもしれないのだ。
「ん……」
布団をひっぺがして強引に起こせば、やっと目を覚ましたイアンさんは暫くキョロキョロし、漸く私と目が合ったのだ。
「貴女様は……ッッ し、神王様の御前で私は意識を失ってしまったのか!? 何という非礼…!! お許し下さいっ」
また土下座されたが、今はそんな事をしている場合ではないのだ。
「イアンさんっ そんな事よりも、一部の教会関係者の行いに神々が立腹しているかもしれません!!」
「何と!?」
「今から私とイアンさんとで全力を以て阻止しなければ、神々は人間に宣戦布告してしまう恐れがあります」
むしろ宣戦布告もなく人類を滅亡させてしまうかもしれない。
「ちょ、お、お待ち下さい!! 私が、畏れ多くも神王様と共に神々を止めるのですか!?」
イアンさんは話を聞きフリーズしてしまう。しかし時間がないのでそのまま天空神殿に転移したのだ。
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ヴェリウス視点
「皆よく集まってくれたわね」
神々が暴走せぬよう、“教会の件”で天空神殿に集まるよう予め伝えておいた事が功を奏したのか、フライングする者は一人もおらず安堵した。
今は張り詰めた空気がこの空間を覆っているが、皆気持ちは一つなのだろう。
「本日は教会への制裁と人間達への対応をアタクシ達で話し合う必要があると思い、創世の第一神として集合をかけさせてもらったわ」
ここは天空神殿の会議室。前方の中心に舞台があり、そこから放射状に段々に机が並べられている。
ミヤビ様が住まわれていた異世界で言う大学という場所の講義室に似た作りの室内で、ランタンが前方の舞台で集まった神々に語り掛けているのだ。
「ランタン様!! そのような前置きはいりませんっ」
「そうです!! 神王様を蔑ろにするような人間など滅するべきですぞっ」
このような意見は当然だろう。
穏和な私ですら、今回の件は見逃すわけにはいかぬのだから。
“神王排斥”を唱え始めた教会は、もはや教会ではない。
ただの愚者の集まりだ。
ミヤビ様はきっと、このような愚者共でさえお許しになるのだろうが、神々は決して許さない。親を排斥すると言われ怒らぬ者などいないだろう。
世界中の教会という教会を全て破壊しつくしてくれるわ。
そんな事を思いながら、壇上に立つランタンを眺めていたのだ。




