233.聖女と大司教
「そなたが聖女か」
桜色の髪の毛が玉座でさらりと揺れ、その場の空気が張りつめた。
「お初にお目にかかります陛下。わたくしはベルーナ・ティモ・ヘルナンデスと申します」
あんなにふっくらとしていたお嬢様は、一回り小さくなった身体で美しいカーテシーを披露し、微笑みを湛えたままルマンド国王と対峙している。
その横には先日王宮の廊下で出会った大司教様と呼ばれる老人が居り、お嬢様の保護者のように彼女を国王に紹介していた。
「我が国から聖女を輩出した事はとても誉れな事である。これからは神々に奉じ、聖女として努めてほしい」
「…無論にございます」
国王から聖女へと一言あり、聖女がそれに応じる事で謁見は終わる。
広い謁見室の出入口付近には、教会関係者や貴族、騎士の姿も見受けられた。
ちなみに私はといえば、定番の認識阻害魔法で姿を隠しその様子を謁見室の玉座の傍で眺めていたりする。
玉座の周りにはカルロさんやレンメイさんの姿があり、守りを固めていて、気配で斬りかかられても怖いのでその辺も抜かりなくバレないようにしているわけだ。
ロードは王宮内の警備ではなくどちらかといえば外側の警備なのでここには居ない。
聖女との謁見が終わり、お嬢様は大司教と共に退場していく。それに続いて貴族や教会関係者も謁見室からぞろぞろと出ていっている。
この後は食事会だと貴族が話していたのを盗み聞きしたのだが、とりあえず聖女と大司教の後を追うことにする。
「━━…ベルーナ、さぞ緊張しただろう。よく頑張ったね」
「大司教様…」
聖女に宛がわれた部屋の中、まるで孫娘にするようにお嬢様の頭を撫でている大司教。
聖女としてこのひと月教会に閉じ込められていたお嬢様だが、今は大司教に微笑んでいる。この2人の仲は良好のようだ。
「次は食事会だが、もう一頑張り出来るかな?」
「はい」
コクリと頷くお嬢様を、愛しい孫を見るように目を細めた大司教が口を開いたその時、扉がノックされて黒い祭服を着た男性が入ってきたのだ。
「失礼致します…大司教様、少し宜しいでしょうか」
大司教は頷くとお嬢様に、人が呼びに来るまでここでゆっくりしておいでと微笑み、黒い祭服の男性と部屋を出て行った。
チャンスと思いその場に顕現すると、お嬢様は初めて会った時の反応そのままに驚いた表情でこちらを見て口をパクパクさせる。
「お久しぶりです」
今回はこちらから声を掛ける事に成功した。
「あ、貴女…今度は王宮に?! 見つかったら捕まってしまうわ!」
「大丈夫ですよ」
自身の唇に人差し指をあてて静かにしてというジェスチャーをすると、ハッとしたように自分の口を両手で塞ぐお嬢様は子供らしくて可愛らしい。
「未だに助けてあげられなくてごめんなさい」
私の掛けた言葉にふるふると首を横に振り、小さな声で貴女のせいではないのだから謝らないでと言われた。
「あの後カルロ様の計らいで、何とか両親や友人とだけは面会する事が出来るようになったのだもの。歴代の聖女達に比べればわたくしは幸せだわ」
子供らしくない眉を下げた微笑みが痛々しい。
「けれどお嬢様は教会を出たいのでしょう?」
「…もし仮に、聖女で無くなり教会を出られたとしても…わたくしはお父様に捨てられてしまうわ」
なんて事だろう。たった12歳の女の子が、自分の現状を把握してそれでも泣かずその顔に笑みを湛えているのだ。
もしかしたら教会関係者の誰かが、お嬢様が逃げ出さないようにそう教えたのかもしれない。
「それなら今の方がずっと良いもの。それにね、大司教様もお優しいからわたくしは大丈夫よ」
「…人族の女性は、つがいに会える事を夢見ている方が多いと聞きましたが?」
言えばお嬢様は俯き暫くして、もう無理だもの、とポツリ溢した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
━━ルマンド王国王宮のある客室にて━━
「“イアン・フェイ・コフトル”はまだ見つからんのか!?」
「もし奴が王国側へつこうものなら、我らの計画が……っ」
国王と聖女との顔合わせの為に教会関係者の中でも代表格の者達が集められたこの日。
流石王宮だけあり、絢爛豪華なこの部屋には数人の祭服を着用した男達が顔をあわせていた。
「静かにしろ!! 王国側よりも、大司教にこのような事が知られては我々は破滅だぞっ」
しかしながら、切羽詰まったような状態であるらしく各々顔色が悪い。
「クソッ とにかく“イアン・フェイ・コフトル”を探し出し口封じしなければ……っ あの聖人崩れがッ」
不穏な事を呟いていたその時、部屋にノック音か響き扉が開いたのだ。
「おやおや、各教会の代表者様方がこのような所でお集まりとは…神へ祈りを捧げていたのかい? 熱心な事だね」
「!? 大司教ッッ」
現在最も警戒している大司教の登場で、その場に居た者に緊張が走る。
「どうかしたのかな? 良ければその祈りに私も混ぜてもらえると嬉しいのだがね」
「あ、もう話し合いは終わりましたので。そろそろ行かねば食事会も始まってしまいますし」
大司教の態度に戸惑い部屋を出て行こうとする男に、大司教は小さな声で囁いたのだ。
「……最近“他神”を祀る者が現れたと聞いているがね、まさか君達がそうじゃないだろうね?」
「ま、まさか!! 我々の祀る神は唯一です!!」
「そうかい? 私の誤解であるならいいのだが」
男達はすぐに否定し、足早に去って行ったのだ。
「……“イアン”よ、お前は一体何処へ行ってしまったというのか」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もう無理なのだとつがいを諦めてしまっているお嬢様に声を掛けようと口を開いた時、コンコンとノックがされ慌ててお嬢様の前から消えた私は、そのままとぼとぼと赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いていた。
数人の侍女とすれ違う時、ふとどうでも良い事を思い出したのだ。
王宮の侍女は身分は低いものの、ほぼ貴族のご息女だと前にトモコから聞いた事があるな、と。
貴族なのに侍女として働いているのかと感心していてハッとした。
身分の低い貴族の娘は誰かに仕えて働く事は普通の事だという考えを持っているのだ。
つまり、お嬢様は働く事になんの抵抗も覚えないという事である。
ならば教会を追い出されても家を追い出されても、立派に生き抜く事が出来ると確信したのだ。
とはいえ、どちらを追い出されるのも最悪のケースである。
一番良いのは、元通り親元で暮らせる事なのだ。
顎に指をあてながらどうするかを考えている間に、食事会は始まってしまったのである。




