232.欠片と不思議な夢
「石…じゃないよね? 何の欠片?」
気になってトモコの足元に落ちている欠片を拾うと、トモコが「みーちゃん!! そんなの気にしなくていいよっ お腹空いたから帰ろう!!」と焦った様子で立ち塞がるので、どうもおかしいと屈んだまま壁とトモコの隙間から中を見たのだ。
白い大理石のようなもので出来ている床には、私が今拾った石膏の欠片が至る所に転がっており、部屋の中央には台座のようなものが鎮座していた。しかしその上には何もない。
かわりのように台座の下には、大きな石膏の塊が(何とか人の形だとわかる)無惨な様子で砕かれ横たわっていた。
石膏の欠片達はそれを中心に四方八方へ飛び散り、床は石だらけになっていたのだ。
「トモコ…あれって神王像「違うよっ あれが神王像なわけないでしょ! 部屋を間違えたんだよ」……」
私の言葉に被せるように否定したトモコは、もう帰ろう。お腹ペコペコだよと繰り返すばかり。
この優しい友の事だ。きっと私が傷付いたのだと思ったのかもしれない。
トモコのそんな様子に首を横に振り、大丈夫だよと伝えると部屋へ入らせまいとするトモコをそっと宥め横にずれてもらう。
「台座から落とされて砕かれたんだね…」
「きっと地震で落ちたんだよ」
地震で落ちたにしては随分と崩れている。
石膏同士をぶつけて砕いたのだろう。落としただけでは説明のつかない壊れ方をしていた。
まるで恨みをこの像にぶつけるみたいに……
━━━…神様……神王様…どうして、我らをお救い下さらないのですか……っ━━━
━━死にたくない…っ━━
━━━苦しいよ…たすけて、神王様…━━━
突然、前に見た夢がフラッシュバックした。
何故今、あの夢を思い出したのか。
砕け散った神王像が、人々の本心だとでも……?
「みーちゃん…? みーちゃん!!」
トモコに肩を掴まれ体を揺さぶられてハッとした。
「みーちゃんっ帰ろう!! こんな所に居たらダメだ」
腕を引っ張られ部屋から連れ出される。
トモコの足は止まらず、早歩きでずんずん進むのでこちらはやや駆け足になっているのだが。
「トモコ、家に帰るなら転移するから止まって」
ストップ、ストップと何度か言えば彼女は泣きそうな顔で振り向き抱きついてきた。
そんなにくっつくと苦しいよと言っても離れないので、まぁいいかと家に転移したのだ。
帰って来て気が付いたのだが、私の手の中には先程拾った石膏像の欠片が握られていた。
どうやら無意識に握り込んでいたらしい。
━━…何で私のつがいが死ぬの!? どうして神王は私からつがいを奪ったの!?━━…
━━…憎い。子供を奪った神王が憎い…っ━━
聞こえてきた声に驚いて欠片を離せば、トモコが心配そうに見ていた。それをヘラリと笑って何でもないよと言いながら床に落ちた石膏の欠片を見つめていると、さっきとは違う何かがふと頭をよぎったのだ。
【━━━…久しぶ…だね…………※※※※※達は抜き身…、状態なんだから━━…こらこら、そっち…、危ないよ……━━だから言わんこっちゃない……】
まるで虫食いのように聞き取れない声と、見えない顔、けれどもどこか懐かしい……??
何だろうか。この記憶は?
神王像が壊されていたのを見たあの日から、毎晩ある夢を見るようになっていた。
全体がぼやけていてよくわからないが、人型のシルエットが話し掛けてくるのだ。
“久しぶり”、“抜き身”、“危ないよ”……やはり所々しか聞き取れない繰り返される声。
何となく、これは私の記憶ではないかと理解している自分が不思議でたまらない。
“久しぶり”という事は、あの人型シルエットは会った事がある人なのだろう。“抜き身”は……よく分からない。刀か何かの事だろうか?? 一番気になるのは“危ない”だ。
あれは私に向かって発した言葉のように思える。という事は、私に危険が迫っていた?
「ミヤビ、帰ったぜぇ……どうした?」
今日もあの夢を見るのだろうか。
うんざりしながら就寝の為部屋に入れば、暫くしてドアがノックされロードが入室してきたのだ。
どんなに忙しくても毎日必ず帰って来て顔を見せてくれる彼は、自分の方が疲れているだろうに、人の顔を見るなり心配そうに声を掛けてきた。
「ロード、お帰りなさい」
ベッドに寝転んで睡眠導入の為に推理小説を読んでいる所だったので、本を閉じ起き上がれば、ロードがベッドの端に腰かけて頬を撫でてきた。
どうもしないよ? と微笑み、(精神的に)疲れが出ている彼の回復を願う。
一瞬驚いたようだったが、すぐ嬉しそうにありがとうな、とお礼の気持ちを伝えてくれたので頷いたのだ。
「聖女や世界会議の事で忙しいんでしょ。こうして私に会う為の時間も作るのが難しいんじゃないの? 無理しなくていいからきちんと休んでね」
「無理なんてしてねぇよ。俺ぁミヤビに会えねぇ方が死んじまう」
それに神になってから疲れ知らずだから気にすんな。あ、癒してくれんのはすげぇ嬉しいから、今度は別の癒しもお願いしたいんだが? と鼻の下を伸ばしながら私を膝の上に乗せるので呆れてものも言えない。
「まったく…」
━━…おいっ ※※※※※!!……っ、そっちは、━━━…
突如思い出した記憶に会話が途切れた。
「ミヤビ?」
「そっちは……?」
“そっちは”の後が気になる。何だか肝心な事が全然思い出せないのはモヤモヤする。一体この記憶は何なんだろう。
「やっぱり顔色もあまり良くねぇし、何かあったんじゃねぇのか?」
変な記憶に意識を持っていかれていたが、ロードの声にハッとして首を横に振った。
「何もないよ。最近不思議な夢をよく見る位で、他は日がな一日家でゴロゴロしてるし」
「不思議な夢って、前言ってたやつか?」
「ううん。それとは違う夢かな。夢だから覚えてないのか、誰かが何かを言ってるのに顔どころか人型だろうっていうシルエットしか分からないし、声も途切れ途切れで……最近それを繰り返し見てるんだよね」
ロードは心配性なのできちんと説明しておくと、俺がそばに居られねぇから寂しくてんな夢見てんのか? と考え出したので何をバカな事をと白々しい目で見遣る。
やっぱり今夜は傍に居てやらねぇとな。等と一人で納得して布団の中に入り出すので、私のベッドは狭いから出て行けと追い出したのだ。
バカな事をしてないで仮眠を取って欲しいと思うのだが、無言で私を抱き上げ自分の部屋に連れ込もうとするのは止めてほしい。




