226.三角座りで黄昏て
「どうしたんだい? こんな所でうずくまって?」
王宮の庭に面した廊下の、大きな柱の影で三角座りをしている私を見つけたカルロさんは、優しく微笑みながら声を掛けて来た。
「…ちょっと黄昏てるだけです」
「黄昏…」
私の答えにキョトンとした彼は、その後フワリと微笑んでよいしょと言いながら隣に三角座りしてきたのだ。
「…何やってるんですか?」
「いや、私もちょっと黄昏てみようと思って」
ニコリとイケメンスマイルをされて鳥肌がたったが、不思議と嫌な気はしなかった。変な人だとは思ったがそれはお互い様なので何も言うまい。
三角座りをしたまま膝に顔を埋めるようにしていれば、カルロさんがポツリとこぼした。
「ミヤビ殿は、逃げ出したいと思うような事があるかい?」
「…しょっちゅうです」
むしろ逃げ出して今ここに居ますとはさすがに言えないが。
「そうかい。私もしょっちゅうだよ」
ハハッと爽やかな笑い声だが、元々魔族の国の王様だった人だ。本当は笑えない位しんどいのだろうと思う。
「立ち向かってもしんどいし、逃げ出しても結局はしんどい。どっちもしんどいよね」
「…しんどいと感じてるなら、それは逃げ出してなんてないからですよ。本当に逃げ出したなら何も感じません」
カルロさんを見る事もなく呟いたが、彼はそこから何も喋る事なくただじっと隣に座っていた。
何の会話もないまま二人三角座りをして時を過ごしている。端から見るとコイツら何しているんだと引かれそうである。
「…精霊様でも人間のように悩んだりするんだね」
暫くしてカルロさんがポツリと溢した言葉に目を閉じたまま答える。
「人間は神を模して創られたものだって知っているかな? だからね、人間のモデルになった神だって、それから生まれた精霊だって、悩む事もあるし悲しんだり泣いたり、怒ったり笑ったりもするんだよ。勿論失敗だって」
本当は答えるつもりもなかったし、カルロさんも返ってくるとは思わなかっただろうが、口が勝手に動いたのだ。自分でも驚いた。
「神も……」
カルロさんは、神も悩みを持ち、失敗もするのかと何やら納得していて、それから少しだけ安堵したような雰囲気が伝わってきたのだ。
「ありがとうミヤビ殿。こうして黄昏て、ミヤビ殿の話を聞いていたら少しすっきりしたような気がするよ」
立ち上がり私にそのアイドルのようなスマイルを見せると、お礼を言われた。
何だか良い人だなぁと思いながら見ていると、そろそろ行かないと怒られてしまうから、残念だけど戻るよと立ち去ろうとしたので見送っていたのだが、ハッとして呼び止めたのだ。
「カルロさん!!」
「? どうしたんだい」
振り返ったカルロさんに、私は言ったのだ。
「あの……っ」
◇◇◇
王都の貴族街の一角にある、大きなお屋敷の前に馬車が横付けされ、きらびやかなドレスを来た淑女や正装に身を包んだ紳士達が降りてくる。
「おおっ 映画の中の世界だ…っ」
「ミヤビ殿、窓から身を乗り出しては危ないよ」
まるで映画のような光景を目にしながら窓の外を見ていると、中世ヨーロッパで男性が着ていた正装(ロココ調のコート、ベスト、半ズボンに白いタイツというあの組み合わせ)の半ズボンではないパンツにブーツを合わせたような格好をしたカルロさんに注意され、窓から離れた。
「ごめんなさい。つい興味深くて……」
馬車の中、向かいに座っているカルロさんに謝れば彼は微笑みながら、「服屋をしているミヤビ殿達から見れば、様々なデザインのドレスは見所があるかもしれないね」と言って私達を見たのだ。
「みーちゃんは馬車や馬にも興味があるよね~」
「トモコだってそうでしょう」
そう。私達はカルロさんの馬車に乗って、ヘルナンデス子爵のお嬢様の誕生日パーティーにやって来たのである。
私の隣に座っているトモコは、青と白のプリンセスラインのドレスを着ており女神とはかくやあらんといった風体だ。
反対に私はというと、皆が着てそうな色と形のドレスを着て、目立たないように影の薄くなる魔法をかけている。これで顔を覚えられる心配もないし、声を掛けられる事もないだろう。
まぁ魔法が無くても目立ちはしないだろうが念の為だ。
トモコをパートナーとし、馬車を降りたカルロさんに視線が集まる。
当然だ。女神のような美しさを持つトモコ(本物の女神だが)と、美男子なカルロさん(元王様)の組み合わせは目を引く。
その後ろをこそこそと歩く私は計算通り誰にも気付かれていない。
広い玄関ホールを抜けると、ざわざわと沢山の人々の話し声や音楽などが耳に届いた。
今まではダンスが主なこの世界のパーティーだったが、食糧難が解消された為か、別室に軽食やお菓子が用意されているらしい。とはいえ、パーティー会場はやはりダンスが主である。
「先ずは主催者…今回でいえばヘルナンデス子爵のご息女と、招待客の中で最も位の高い者がファーストダンスを踊るんだよ」
と教えてくれるカルロさんだが、この人の位も高いのではないかと考えていると“私は2番目”かな。と人の考えを読んだように笑ったのだ。
「招待客の中で一番位の高い人は誰なんですか?」
「そうだね…最後に会場入りする公爵家の方なんだけど、もうそろそろ到着するんじゃないかな」
公爵家…。
カルロさん曰くルマンド王国では彼は公爵の次に位の高い侯爵の地位に在るらしい。
因みにルーベンスさんは公爵だそうだ。とはいえ、ここ100年の間に地位を上げていった新興貴族だそうで、公爵家の中でも歴史は浅いらしい。
公爵の地位に就くのは王族の血筋らしく、王様の兄弟が公爵の地位に就いたり、娘がお嫁入りしたりと王族に連なる家系のようだ。
今回はその公爵家の中でも先々代の時にその娘さんがお嫁入りしたという公爵位の人が来ているらしい。
カルロさんにそんな説明を受けていれば、到着したのか最後の一組である公爵家らしき人達が入ってきたのだ。
見た目は20代前半位の青年だ。
そしてパートナーは…青年にそっくりの15、6の少女である。十中八九兄妹だろう。
2人は赤に近い濃いピンクの髪色をしており、成る程王族の血筋だと納得する。ルマンド王国の現王はピンクの髪なのだから。
今までカルロさんとトモコに集中していた視線がその兄妹に注がれた。
確かに公爵家の兄妹も整った顔をしているので注目されるのも無理はないのだろう。
「ファーストダンスを踊っている最中、パートナーはどうするんですか?」
「自由にしていて構わないよ。ダンス自体はそんなに長くはないからね。友人とお喋りしている者が大体かな」
成る程。これでぼっちだったりしたらすぐ軽食のある別室へダッシュだな。
「ただし、人族の場合はつがいの見つかってない相手とのみファーストダンスが出来るんだ。ほら、つがいが居ると殺生沙汰になってしまうから……」
ああ…まぁ自分のつがいが他の人とダンスなんてしていたらとんでもないだろう。
ロードなんて怒り狂って屋敷ごと破壊してしまいそうだ。とおかしな想像をしていれば、主催者の挨拶が始まったのだ。
「本日は我が娘、“ベルーナ”の誕生日パーティーにいらして下さり誠に━━…」
と定型化された文言を述べているのがヘルナンデス子爵である。
そしてその横に先日よりもキラキラしく、一回り膨れ上がったフリルの球体…お嬢様が何となく沈んだ顔で立っていた。
「ミヤビ殿の言っていたように、自分の誕生日パーティーにしてはベルーナ殿の元気が無いように見えるね」
カルロさんにも浮かない表情に見えたのか、そう言って思案顔になった。
「例えば婚約者を勝手に決められたとか、そういった話はないんですか?」
「いや、ヘルナンデス子爵家は人族だからね。それはあり得ない」
成る程、やはり恋愛面での悩みではなさそうだ。
それなら恋愛成就のドレスを頼む必要はないだろうに。
「トモコ、ミヤビ殿、ファーストダンスが始まるようだよ」
カルロさんの声に前を向けば、ホールの真ん中へと手を取り合って進んでいく公爵家の青年とお嬢様の姿が見えた。
中央で向かい合った二人は、奏で始めた音楽と共に踊り出す。
テレビで社交ダンスを見た事はあったが、実際のパーティー会場で見ると圧倒される。
競技用のダンスではないのでスピード感はないが、とにかく優雅だ。
「トモコはカルロさんがパートナーだから踊らないといけないよね」
社交ダンスした事ないでしょ。大丈夫? とこそこそトモコへ話し掛けていると、
「大丈夫だよ~。ダンスは得意だもん」
そんな風に返してきたのでヒップホップダンスじゃないからね!? と念押ししたが、ここへ来てカルロさんとのダンスでヒップホップ踊りだしたらどうしようという不安要素が追加されたのだ。




