223.貴族令嬢現る
「……こちらが噂の仕立屋? 珍しい建物だけれど、随分狭いのね。それに置いてある服も、どれも庶民の物ばかりだわ」
突然店の前に横付けした無駄に装飾された馬車。
そこから降りてきた女の子は、重なった生地と付けすぎのレース、そして中に履いているであろうパニエで膨らみまるでフリフリの球体のような呈で店に転が…入ってきたのだ。
その周りには護衛が3人とお付きが1人付き従い、狭い店が余計狭くなっている。
「いらっしゃいませ~」
空気が読めないのか、それともわざとなのか。トモコはいつものように声を掛けた。
しかしフリルの球体…女の子(15歳位だろうか)はそれを無視して店内を見回している。
「ねぇメイソン、ここにはわたくしの着られる服はないのかしら」
「仕立屋ならば、お嬢様のドレスを仕立てる事も可能でしょう。おいそこのお前、ここでは貴族のドレスを仕立てる事は可能か?」
不遜な態度で物を言う従者にトモコははっきり言った。
「ウチは庶民向けの服屋ですから、貴族向けのドレスはお作りしていないんですよ~」
「何だと? お嬢様がわざわざここまで足を運んだというのに、貴様はドレスを作れないと言うのかっ」
そっちから勝手に来ただけだろうと思ったが、トモコはニコニコしたままさらに言いつのる。
「もしかして貴族の方でしょうか~? でしたらここではなく貴族街の仕立屋に行かれたらどうですかね~。ウチは庶民向けの服屋であって仕立屋ではないので」
庶民向けの服屋を強調しているトモコに、従者の顔色が真っ赤に変わる。
「何だその言い草は!! 貴様は“ヘルナンデス子爵家”のお嬢様をバカにしているのか!!」
「え~? 私はお嬢様にバカと言った覚えはありませんよ~。おかしな事を言うんですね。おバカさん」
言ったァァァ!! お嬢様にではなく従者に向かってバカって言ったよォ!? トモコさんちょっとこっちに戻って来なさい。
「この……ッ」
「メイソン、見苦しい真似は止してちょうだい」
「っしかしお嬢様……」
メイソンと呼ばれた従者は怒りが収まらないのか、お嬢様に止められたにもかかわらず真っ赤な顔でフーフーと荒い息を吐いている。
「でも困ったわ。半月後のわたくしの誕生日パーティーで麗しのレンメイ様やカルロ様にお会いするというのに……」
いや二人! 片想い? している相手が二人ってこれ貴族のお嬢様にとっては普通の事なの??
「あの…お嬢様は何故ウチの店に来られたのでしょうか?」
庶民向けの服屋だとはご存知でしたよね? と聞けば、白くふっくらしたまん丸頬っぺにも負けない、まん丸い瞳でもって私を見つめたお嬢様は、わたくし…と初めて従者を通さず私達に話し始めたのだ。
「噂をきいたのよ」
「“噂”ですか?」
どのような? と聞けば従者がわめくように、この服屋の服を着て告白すれば両思いになれるという噂に決まっているだろう! と言うので成る程と頷く。
「はっきり申しまして、それはただの噂です。私共の服には何の魔法も付与しておりませんし、また恋愛成就の効果もございません。両思いになった方がいらっしゃったのもそれはご本人様が勇気を出して告白したからではないでしょうか」
きっぱり伝えれば、従者は何と無礼な! とかこんな店に不思議な力など無いのだ! などと叫んでいたが、お嬢様はそうなの……と悲しそうに俯いたまま喋らなくなった。
「お嬢様っ このような無礼な店に居てはお嬢様が汚れてしまいます!!」
と言いながら出ていった従者達を見送りながら暫し呆然とする。
馬車が居なくなった後、トモコがはぁと息を吐き困ったように笑ったのだ。
「何だか騒がしいお付きの人だったね~」
騒がしくなったのはトモコがバカと言ったからだとは思うがそれはいい。気になるのはあのお嬢様の事だ。
「あのお嬢様、本当にカルロさん達と両思いになりたくてドレスを仕立てようとしてたのかな?」
「え~? どういう事??」
ドレスを仕立てられないと言った後の落ち込みようが、恋愛という感じではなかったんだよね……。




