222.悪夢
━━━…た……、けて…っ
む……何か声が聞こえる。途切れ途切れで何を言ってるのかよく分からないけど…これは、悲鳴のような??
そう思った刹那、私の頭の中に流れ込むように“声”が、“映像”が、入ってきた。
━━━……神様……神王様…どうして、我らをお救い下さらないのですかっ……━━━
━━死にたくない…っ━━
━━苦しいよ…たすけて、神王様…━━
神王様、神王様とひたすらに呼ぶ人や、助けを求める声、苦しみ足掻き必死に手を伸ばす人々、涙を流し息絶えた人。
そして…場面が移り変わり、地球で家族や友人に囲まれて笑っている昔の私。
呆然とそれを見ていれば、ぐいっと何かに足を引っ張られる感覚がして恐る恐る下を見た。
立っているのは真っ黒な空間。
しかし目を凝らして見れば、そこにはおびただしい数の黒い手がはえており、それが私の足や手を掴んで引っ張っているのだ。
━━どうして笑っているの…?━━
━━私達はあなたのせいでこんなにも苦しいのに━━
━━何故助けてくれないの?━━
黒い手はどんどんまとわりついてきて、腰や肩、ついには頭まで覆われて━━…
「ミヤビッ」
その時、私を呼ぶ声がして逞しい腕に引っ張り上げられたのだ。
黒い手が離れていく。
温かい何かに包まれたような感覚がして、段々と意識が浮上していった。
「━━…ビ、ミヤビ、起きたのか?」
重い瞼を開けると、ロードが私を抱き込み見つめていた。
「ロード……?」
どうやらさっきのホラー映画のような場面は夢だったようだ。
怖い夢など最近は全く見なかったのだが、寝すぎたせいだろうか。
「オメェ全然起きねぇからちょっと焦っただろ」
ホッとしたように言うロードに首を捻る。
今日起きたのは13時で、多分うとうとしだしたのは14時過ぎだと思う。
「あれ? ロードは仕事を抜けてきたの??」
仕事の途中で帰って来たのだろうかとロードを見れば、何言ってんだと眉間にシワを寄せたのだ。
「俺ぁ仕事を終えて帰って来たんだ」
仕事を終えて…?
何故か閉められているカーテンを開け、窓の外を見ればすでに日は落ち真っ暗だった。
「え? もう夜?」
「帰って来たらヴェリウスもトモコも誰も居ねぇし、ミヤビは寝室じゃなくソファで寝てる上、カーテンは開けっ放しだわで驚いたぜぇ」
しかもなかなか起きねぇから少し焦ったと言うロードに、寝入ってたみたいだと苦笑いして誤魔化した。
お風呂へ入ってくると立ち上がればまだ入ってなかったのかと呆れられる。
それもそのはず。時計の針はすでに夜中の12時を指していたからだ。
「ミヤビ、体調でも悪ぃのか?」
抱き寄せられてじっくり顔色を見られ、触られる。
そんな事はないと否定するが離してはもらえなかった。
実際体調は悪くない。この世界に来てから体調はすこぶる良いし手作りの万能薬もあるのだ。そんなに深刻な顔をする必要はないのに、ロードは険しい表情のままだった。
「ちょっと夢見が悪かっただけで、ロードが心配するような事は何も無いよ」
「夢見が悪いだ? 一体どんな夢を見たんだよ」
真剣な顔で聞いてくるので、仕方なく内容を話す事にしたのだ。
◇◇◇
「……黒い手だと?」
ロードが顔をしかめて呟くので、この世界では黒い手が出てくる夢は縁起でも悪いのだろうかと不安になってくる。
「何か良くない出来事の暗示とか?」
そんな風に恐る恐る聞けば、「その黒い手が俺のミヤビにまとわりついただと! ミヤビに触れてもいいのは、例え夢であっても俺だけだろうが!!」と怒り出したものだから白けてしまった。
ロードのおバカ発言に呆れつつも、この人がそばに居てくれて良かったと思う自分がいて、それはそれで恥ずかしくなったので口をつぐんだ。
しかし、やけにリアルな夢だったと考えながらロードの胸に凭れたのである。
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「あった!! ここよここ! このお店の服を買った子に彼氏が出来たらしいのよっ しかも魔族の彼氏!」
「ウソ!? 魔族ってイケメン率高くて紳士な上魔法も使えるから食いっぱぐれもないエリートでしょ!?」
「や~んッ そんな人に出会えるならいくらでも服買っちゃーう!!」
等と会話をしている女の子達がさっきから数組もウチの店にやって来て服を買って行くのだが……。
「トモコさんや、ウチの店はいつから恋愛成就の神社になったのかね?」
「恋愛どころか何でも叶えられる神王様がやってる店だけどね~」
アハハと笑うトモコにアンタも神様だろうがとツッコミそうになったが何とか止めて店の外を見る。
今まで閑散としていた通りには女の子が闊歩しており、トリミーさんの茶葉専門店にはたまに貴族らしき人のお使いの人が出入りするようになっていた。
勿論女性にも人気がある。
「どうやら、ウチの服を着て意中の人に告白したら両思いになれるって噂が出回ってるらしいよ~」
そう教えてくれたトモコに、誰がそんなデマ流したの!? と訪ねれば、 それがデマってわけでもないんだよね~とトモコは畳み終えた服を綺麗に並べながら苦笑いしたのだ。
「前にウチに来た獣人の子がね、魔族の男の子に告白して付き合い出したらしくてね~。さらに人族の女の子はつがいが見つかったとか、魔族の常連さんなんて人族につがい認定されて今やラブラブだったりするわけよ」
ね、恋愛成就率が高いでしょ~。とそんな引きつった顔で言われても…。
「よく考えたら、みーちゃんが作ってる服だもんね。力を一切使ってなくても小さな幸せは引き寄せちゃうのかもね~」
「え~? でも作った後に“無力化”はしてるんだけどなぁ」
服に関しては、何か問題が起きてはいけないので何の“付与”も付かないように必ず“無力化”するのが日課なのだ。
しかし、どうやら恋愛面において何かしらの効果が働いているらしい。
“無力化”でダメならどうすればいいの? とお手上げ状態の私にトモコは言うのだ。
「どうもしなくていいんじゃない?」
どうもしないって…マズイんじゃ?
「だって結局みーちゃんの存在自体がアレなわけでしょ~」
アレって…
もうどうしようも出来ないし~と笑うトモコに殴りかかりたくなる衝動を抑えて嘆息する。
「恋愛成就ねぇ」
どの世界でも女の子の叶えたい事は同じなんだなぁ。
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ロード視点
「最近好きな人と両思いになる事が出来る服屋があるって評判なのを知ってるかい?」
カルロから王宮の食堂に昼飯に誘われて弁当持参で行けば、そこにはレンメイも居て何故かムサい男3人で飯を食うことになった貴重な休憩時間。カルロが突然そんな事を言い出した。
「何とも奇妙な噂ですね」
「んだそりゃ」
バカバカしい噂だなと弁当を開けて食っていると、レンメイに弁当を凝視されたので何だよと隠しながら食う。
「それが恋愛面だけじゃないみたいでねぇ。そこで服を買った女の子は、どうも小さな幸運が訪れるらしいんだ。例えば探し物が出てくるとか、仕事で上手くいくとか、そんなものらしいんだけどね」
「何故女性限定なんですか?」
カルロの話にレンメイが聞き返しながら、俺の卵焼きをかっさらいやがった。
その卵焼きはミヤビに評判の良い自信作なんだぞ!? それを奪いやがって! と憤っていると、カルロが二人とも私の話を聞いてる? と言ってくるので聞いてるよと適当に返事をする。
「女性限定なのは、その服屋が女性のものしか取り扱っていないからだよ」
「成る程」
なら男の俺らにゃ全然関係ねぇ話だろと相槌を打てば、一番関係あるのは君なんだけどねと呆れた顔をして言われたのだ。
「はぁ? 何でだよ。俺ぁもう恋愛成就はしてるし、今やラブラブだぜぇ」
「そうじゃなくて、その服屋はミヤビ殿が経営しているんだよ」
ああ、ミヤビの服屋の話か。なら納得だな。
アイツが作る服なら小せぇ幸運くれぇ舞い込んでくるだろ。むしろそれで済んでるなら良い方だ。
問題が起きねぇように服を“無力化”してるって言ってたしな。
「ミヤビ殿は確か精霊様でしたよね? 精霊様の服屋ならばそういった事象があってもおかしくはありませんね」
「問題はそこにトモコも居る事だね」
「ホワイトローズが!?」
そういやぁコイツらトモコに片想いしていたなぁと他人事のように飯を食っていれば、カルロが言ったのだ。
「庶民向けの服屋だが、噂が噂だけに貴族のお嬢様方も興味を持っていてね…何か問題が起きなければいいのだけどね…」
嫌な予感しかしねぇ。




