216.リンの選択
リン視点
オレが、王子?
師団長は一体何を言ってるんだ?
大体じいちゃんが騎士団長って……そりゃ異様に強かったけど。
ロード師団長の話に動揺が隠しきれない。
第1師団長の「いきなり核心をつきすぎですよ。心の準備も出来てないじゃないですか」と注意している声が、まるで耳の穴に膜でも張ってるんじゃないかというくらいに遠く聞こえる。
「コイツはきちんと受け止められる器を持ってっから大丈夫だ。大体、回りくどい事なんぞ出来るか」
オレを信じてくれているロード師団長の言葉に、震えがくるほど嬉しくなって拳をぎゅっと握りしめた。
「リン、フォルプロームの現状を話すからよく聞けよ」
「はいっ」
真剣な表情でオレを見る師団長は、ゆっくりとフォルプローム国について教えてくれたのだ。
曰く、現在フォルプローム国の国王…オレの腹違いの兄にあたる人と、その家庭教師がバイリンにある神域へ侵攻しようとする勢力を支持しているのだとか。
何という愚かで恐ろしい事をと思うが、彼らは失敗してもバイリン国に責任を擦り付け、自分達は知らぬ存ぜぬを通す気でいるらしいのだ。ありえない。
更に次はよりにもよって深淵の森を狙っているのだとか。
あそこはミヤビの主の神域だ。ミヤビだけでなく、ロード師団長もそんな事をされれば怒り狂う事が目に見えている。
精霊様のつがいだからか、この人の強さはもう常人の域を超えているのだ。
ミヤビだって精霊の枠を超えている節がある。
そんな二人の神域だ。命がいくらあっても足りないだろう。
オレの兄(会った事もない人)、終わったな。
「ちょ…っ ロード! 貴方はどこからそんな情報を!? フォルプローム国がバイリン国の神域侵攻計画に関わっている事は分かっていました。勿論国王が何かしらに関わっているだろう事も予測はついています。しかし、家庭教師だのとこちらが把握していない事までいつの間に…」
第2師団長はロード師団長の話している情報をまだ手に入れていなかったようだ。しかし、ロード師団長のつがいは精霊様なのだから情報源はそこしかないだろうに、何故どこから!? と聞いているのだろうか。
「俺の情報網をなめんじゃねぇぞ。たった今入ってきたばかりの入れ立てほかほかだぜぇ」
この人が言う“今”とは、本当に今なんだろうと思う。
確か前にミヤビが念話がどうとか言っていたからな。精霊様の能力は何でも有りだな。
「で、話の続きな」
「あ、はいっ」
話が逸れた為に師団長がそう言って戻してくれたのだ。まだ第1師団長はぶつぶつ言っていたが、オレは改めて姿勢を正し真っ直ぐ師団長を見た。
「さっき言ったようにフォルプローム国の王は、何事も自身の手は汚さず協力者を切り捨ててきた人間だ。そんな奴が自分の他に王位を継げる者が居ると知ったらどうなると思うよ?」
俺はフォルプローム国の王(実の兄)に命を狙われているのだろうか?
「ただ殺そうとしているだけじゃねぇぞ。何かあった時の身代わりとして、奴らはお前を探している」
「身代わり……」
胸糞悪い話に段々イライラしてきた。
大体オレは一般人として育てられたし、養子に出されたなら王族籍も抜かれているわけだろ? なのに何で今更身代わりとかいう自分勝手な理由で探されないといけないんだよ。
「それだけじゃねぇ。もっと厄介な奴らまでお前の居所を探しているんだ」
「厄介な奴ら?」
これ以上に厄介って何だよ!? と眉をひそめれば、師団長は真剣な表情でオレを見て、こう言ったのだ。
「オメェを新たな王に据えようってな考えを持つ奴らだ」
オレが、フォルプローム国の……王様?
あり得なさすぎで開いた口が塞がらない。
一体何の冗談だよ。
「リン。お前に問うが…」
驚きを隠しきれていないだろうオレに、師団長は真っ直ぐな目を向けて言葉を続けた。
“フォルプローム国の王になりたいか”と。
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ロード視点
「━━…冗談じゃない。オレは一般人として育ってきたんだ。それに、今はルマンド王国を守る騎士としてここに居る。幼い時から憧れていた第3師団の騎士として」
オレは、フォルプローム国ではなく、このルマンド王国で生きていくって決めたんです!! 騎士として、国民を、この国を守るんだ!!
はっきりそう言い放ったリンは、成る程。ミヤビが認めるだけはある男だった。
コイツは良い騎士になるだろう。
フォルプローム国に在れば確かに新たな王として優れた為政者になれたのかもしれないがな。
良い拾い物をしたぜ。
「そうか。なら何の問題もねぇな」
「師団長?」
「お前はウチの師団の騎士だ。フォルプローム国の王子でも次期王でもねぇ」
そう言えば、リンは嬉しそうにはい! と返事をする。
「今回の件は神々が直接動くらしいからな。オメェは事が終わるまで城でゆっくりしていろ。そう時間はかからねぇだろう」
「「はぁ!?」」
リンに言ったつもりが、本人以外からも声が上がる。が、気にしねぇ。俺ぁすぐにでもミヤビの所に戻りてぇからな。
ソファから立ち上がれば、待ちなさい! と焦ったようにレンメイが叫ぶ。
「“神々が動く”とはどういう意味なのですか!?」
「どういう意味も何もそのままの意味だろうが。今回の件に関しては人間は邪魔をしちゃなんねぇぞ。しゃしゃり出ると巻き添えくらっちまうぜ」
そうレンメイを脅せば、顔色を悪くし渋々頷くと、部下にもそう伝えておきましょう。と諦めたように息を吐き、神々が……と呆然と呟いている。
リンはミヤビの事で慣れているのか、そう取り乱すような事はなかったが、多少の驚きはあったようだ。
「んじゃ、俺ぁつがいのそばに戻るからな。何かあったら宰相に言ってくれや」
何で宰相!? と声が聞こえた気がしたが、部屋を出た後だったので定かじゃねぇ。
足早にミヤビの居る宰相の執務室へと向かう。
同じ王宮内の割に距離がある事に腹が立つが、気は急いてしまう。
早くしねぇとミヤビは勝手に行動しかねないからだ。例えヴェリウスが居ても、ヴェリウスごとフォルプローム国に転移する事も考えられる。
まだ宰相の部屋に居る事が確認出来ている内に捕まえておきたい。
「おや、ロヴィ…」
「これは第さ…」
「精霊様はお元気で…」
途中声をかけてこようとした貴族達を無視して足を動かしやっとの事でミヤビの元に辿り着いた。
「ミヤビ!!」
ノックもせず扉を開ければ、びっくりしたぁー! と可愛らしい反応を見せてくれるミヤビを抱き寄せる。
え? ロード仕事じゃなかったの? 何で戻って来てるの? と俺の腕の中でコテンと首を傾げる姿がたまらなく可愛い。
「リンの様子を見てきたぜ」
そう話せば、本当に? どうだった? と食い気味に聞いてくるので腹立たしい。
リンは友人らしいので気になっていたのだろう。城の客室でレンメイと二人お茶を飲んでいた事を伝えれば随分と安心していた。
「それより、ショコラ達の帰還命令を出したって念話が来たが……」
ヴェリウスからの念話で大体は把握していたが、どうやら神罰がすでに決行されていたらしい。
どうして俺を待てないんだと声に出しそうになったがぐっと堪える。
ヴェリウスが止めなかったのだ。きっと相応の罰を与えたのだろう。
「ミヤビ、リンを新王にと考えている奴らには手を出すなよ。そいつらに関しちゃ人間の領分だ」
「あ、うん。リンに危険がないなら」
くっそ…リンめ。何でこんなにミヤビに想われてんだよ。そりゃ恋愛感情でないのは分かるが、正直妬けちまう。
今夜は絶対ぇミヤビに好きだって口に出してもらおう。じゃねぇとリンを殺したくなる。
「ロード?」
「ん? ああ、リンには珍獣の誰かがつくから大丈夫だろ。それより、宰相どこ行った」
「ルーベンスさんは教会について調査する為に出て行ったきりだよ」
教会、ねぇ……。




