209.ルーベンスと精霊
見た事のある扉だと思ったら、ルーベンスさんの執務室だった。いつもは転移してお邪魔しているからすぐに分からなかったと、部屋から出てきたルーベンスさんを見ていたら、ヴェリウスがするりと部屋に入って行くのでそれについて入る。
ヴェリウス、私、ジュリアス君、トモコ、精霊さんの順に執務室へ入るとルーベンスさんは跪いて待っていた。
「このような粗末な場所へ神々を御迎えする事になるとは思いませんでしたが…『本来ならば有り得ん事だが今回はこちら側の落ち度なのでな。仕方あるまい』」
ルーベンスさんの言葉を遮ってヴェリウスが言えば、室内が静まり返る。
精霊さんは気まずい様子で俯いており、ジュリアス君は黙ってヴェリウスとルーベンスさんのやり取りを見ていた。
『ミヤビ様、突然このような所にお連れして申し訳ありません』
このような所…ヴェリウスが微妙に失礼な事を言いながら私に謝罪してくるのでハハハ…と乾いた笑いがもれた。
なおもヴェリウスは粗末なソファですがこちらにお座り下さいと、どう見てもウチのソファより上等なものにそんな事を言うのだ。しかも、
『お前達は床にでも座っていろ』
とジュリアス君達に冷たく良い放つ。
ジュリアス君は文句も言わずに床に正座し、精霊さんはジュリアス君の後ろに俯いたまま正座した。
トモコはといえば、私が座ったソファの後ろに護衛のように立っているのだ。
すっごく気まずい。
ルーベンスさんはそんな私達の様子を見て顔を引きつらせているではないか。心なしか顔色も悪い。
ヴェリウスはそんな事を気にもしないように私の足元にちょこんとお座りして上目遣いに見てきた。
『ミヤビ様、こちらにお呼び出しした理由ですが……この人間はそこの精霊と密談を交わしておりました』
「密談?」
ルーベンスさんと精霊さんを見れば先程と変わらずルーベンスさんは跪いているし、精霊さんも正座のまま俯いている。
首を傾げてヴェリウスに続きを促せば、恭しく語り出したのだ。
『ミヤビ様のお気に入りという事で貴女様に害をなす事がないよう、我々はこの人間を密かに調査しておりました』
「私もロードさんもステータスを見たり、行動に注意してたんだよ~。勿論みーちゃんに近付く人は皆ね」
ヴェリウスとトモコの言葉に開いた口が塞がらない。
1人と1匹曰く、私にいままで接触した人間は(神も含め)ロードやショコラ、珍獣達が調査し、私の安全を確保してくれていたそうなのだ。
つまりヴェリウスに内緒にしていたギルドでの逮捕事件も、ロードに内緒にしていた冒険者達との森探検も、全てバレていたわけで……冷や汗がタラリと額から流れた気がした。
『ミヤビ様が今まで私に黙っていた件は後程深淵の森でじっくりお話致しましょう。しかし今はそこの精霊の件です』
ヴェリウスが精霊さんを見遣れば、彼女の肩が可哀想な位跳ねる。
そして私の肩も同時に跳ねる。
後程…説教されるのか。
と、そのタイミングでコンコンと部屋の扉がノックされたのだ。
部屋の主であるルーベンスさんが気まずそうに立ち上がり声をかければ、「ロード・ディーク・ロヴィンゴッドウェルです」
とロードが入ってきた。
微妙なタイミングでの登場だったが、気まずい状態だったので正直安堵したものだ。
しかし、ロードまでトモコと同じように私の後ろに立とうとしたので必死に隣に座ってくれと目で訴える。誰かが私と同じような席に座ってくれないといたたまれない。
「ミヤビは可愛いなぁ~」
と相好を崩したロードにこの時程安心した事はない。
目で訴えたかいあって、ロードは私の隣…ではなくいつも通り私が彼の膝の上に座らされたが、そこは空気を読んで欲しい。
ゴホンッとわざとらしく咳をしたヴェリウスが、先程の続きを再開する。
『ミヤビ様、その調査の中で我々はこの男がそこの精霊と何やら不穏な密談をしている事に気付きました。そしてこの数ヶ月、泳がせておりました』
ヴェリウスが何だか推理物のドラマの探偵や刑事のように見えてきたんだが…。
『とはいえ、その精霊もこの男も特に神々へ反旗を翻そうなどという思考はなく、精霊に関しては主への思いからくる幼稚な感情の暴走というものでした。また、ルーベンスに関しても完全にそれに巻き込まれた被害者であり、立場上逆らえぬ状態だった為手を貸す事にしたのです』
確かに精霊さんに関しては理由も謝罪も聞いたから分かるが、手を貸すってどういう事だろうか?
ヴェリウスを見れば、頷いてルーベンスさんに視線を移したので、それを追ってルーベンスさんに注目する。
彼は跪いた体勢のまま、ヴェリウスの視線に僅かに顔を上げて口を開いた。
「……数日前です。精霊様にバイリン国を滅ぼせと、そう命令されたのは」
何だって?




