21.神様としての初仕事
「何言い出してんだお前ェェェ!? 皆唖然としてるじゃねぇか! 1人ズレた事言ってないでいい加減これが夢じゃなく現実だって気付けェェェェ!!」
ロードのお腹に思いっきり拳をぶつけるが、鉄で出来たサンドバッグでも殴ったみたいに痛かった。
私の手が砕けたかもしれない。
自身の手を治療していると、蚊にでもさされたか? みたいな顔をしたロードがヘラリと笑いやがった。
「構ってやってなかったから怒ったのか? 寂しい思いさせて悪かった」
そうじゃねぇよォォォ!!?
『ふざけるのも大概にしろ。人間。見てわからないのか。この状況が』
「犬っころにそんな事を言われてもなぁ…ったく、変な夢だぜ」
未だ私を膝の上に置いたまま、困ったように頭を掻くと周りをゆっくり見た。
「俺をありもしない罪でしょっぴいて、拷問を指示した主導者と、20年の付き合いで信のおける部下、見たこともない喋る犬と…俺の愛しい女」
え!? あのダリの髭紳士が拷問の主導者って言った!?
じゃあアイツがロードを傷つけて腕を切った…
「夢に出てくるのはミヤビだけでいいってのになぁ」
等と私を見てくるオッサンに呆れる。
何でこの人は、自分を殺そうとした人が目の前にいるのにこんなに緩んだ顔で笑っているんだろう。
『夢ではないと言っているのにわからない奴だ』
ハァと溜め息を吐き、首を横に振るヴェリウス。
「さて、そろそろ効き始めた頃か…ゴホッ」
ダリ髭紳士…いや、拷問を主導するような奴は紳士じゃないな。ダリ髭公爵でいいか。さっき公爵って言ってたし。
ダリ髭公爵が多分お香の事を言ってると思うのだが、ちょっとお香焚きすぎて煙くない?
1つならまだしも、後ろに引き連れてる人達もお香を手に持ってるよね。
しかもさっき煙くて咳き込んだよね。
「ミヤビ、大丈夫か? フラフラしたり、どこかおかしかったりしねぇか?」
心配そうな声で様子を聞いてくるが、目がキラキラしてるぞ。このオッサン。
「煙いけど良い香りだし、特に体調に変化はないけど」
『当たり前です。この香は精霊にのみ影響のある“ピスチェの葉”から出来た香なのですから。我々に効果があるわけはありません』
ヴェリウスが周りの人間達を威嚇しながら教えてくれた。
「な…!? どういう事だレブーク! あの女は精霊ではなかったのか!!」
ヴェリウスの話が聞こえたのか、ダリ髭公爵が驚愕して金髪青年に叫んだ。
金髪青年も戸惑いながら私達を見てくる。
「っ師団長、ミヤビ様は精霊のはずでは…っ」
「あ? こんなに美人で可愛いんだから精霊だと思うだろ」
恥ずかしすぎる事言われてるゥゥ!! 止めてっ美人とか可愛いなんて誰も思ってないから! よくて下の上~中の下の容姿なオバサンですからー!!
「師団長……」
ほらっ金髪青年も呆れた目で見てるでしょ!
『まさかミヤビ様を精霊などと間違えるとは…っ何と無礼な!』
ヴヴヴヴ…と牙を剥き出しにして、鼻の頭にシワを寄せ唸り始めたヴェリウスに、髭公爵とその取り巻きが怖がって後退した。
徐々に身体を大きくしていくウチのペットに、皆恐怖を煽られ「ひっ」と悲鳴を漏らす。
『神王様になんたる無礼…っ貴様らは私が残らず消してやろう』
さすがに狭い部屋…牢屋の中では元の大きさにまで戻る事はなかったが、それでも犬とは比べ物にならない位の大きさでグルグル唸っているものだから、腰を抜かす者も居た。
「ヴェリウス。この鉄格子が邪魔だよね」
ちょっと面白くなり、悪役のようにニタリと笑い諭す。
『貴方様が望むならば、鉄格子程度このヴェリウスが消し去って見せましょう』
ならば任せましたよヴェリウスさん。
少し痛い目をみせてやりなさい。
ヴェリウスの巨体が鉄格子に一歩近付く度に冷気が拡がっていき、鉄格子だけが凍っていく。
ダリ髭公とその取り巻き達は真っ青な顔をして震え、中には尻餅をついたまま腰を抜かして動けなくなっているものまでいた。
パキパキと音をたてて凍っていった鉄格子は、パリンッと乾いた音をたてて崩れ、粉々になって消えていく。
「…なぁ、これって夢じゃねぇのか?」
今更冷気にあてられて、そんな事を言い出したロードに呆れる。
「だからずっと言ってんでしょ。夢じゃなくて現実だって」
半目でロードを睨むと、目をそらされた。
頬をぎゅっとつまんで「ばかロード」と文句を言えば、何故かとろりとした目で私を見てきた。
「て事は、俺の為に来てくれたのか」
「違いますー!! そこの金髪青年に頼まれただけですー!!」
即否定した。だって本当に金髪青年に頼まれただけだもの。
金髪青年の事を口に出したからか、ロードは青年を見ると突然私を隠すようにその腕に抱き込んで怒りだした。
「アナシスタ…テメェ、あれほど言ったよなぁ。ミヤビには会わずに奴らの事を伝えるだけでいいってよぉ」
「っ…俺は……、俺は、妻を助けたかった…っ」
だから…と、持っていた剣を床に落とし力なく座り込んでしまった青年に、静かに立ち上がったロードが近付いた。
やっと解放された私はホッと息を吐き周りを見渡す。
鉄格子は凍って崩れ落ち、代わりに氷柱がその存在を主張している。
森と繋げた扉が壊されてしまったので薄暗いが、ダリ髭公爵が持ってきていた持ち運びの出来るランプのお陰で真っ暗ではないのが救いだ。
床にはお香が転がっている。ヴェリウスが凍らせたようでもう煙は出ていなかった。
桃の香りはまだ残っているが、この牢屋とはどうもミスマッチのような気がしてならない。
牢屋前の通路の奥からは、逃げたダリ髭公爵とその取り巻きをヴェリウスがじわじわ追い詰めているのが見える。
冷気がこっちまで流れてきている事から、何人かが氷漬けにされたのだろう。
「……奥方が、流行り病にかかったのか?」
ロードの息を飲む音が聞こえてきて、そちらに目を移す。
「…………」
青年は何も言わずに項垂れ、顔を上げようとはしない。
「テメェ、何で俺に言わなかった」
「っ…貴方にそれを言ってどうなると!?
陛下の病を治した薬はもう無いのでしょうっ例えあったとしても、王族に優先されて私の妻には回ってこない!」
ロードはぎゅっと拳を握り、眉間にシワを寄せた。
「だからこうするしかなかった…っ
ダンジョー公爵の話に乗るしか、妻を救う方法はなかったのに…っ」
「……テメェのした事は陛下に反旗を翻す行為だ」
どういう事だろうか? 何故ロードを捕らえて森に来た事が、王様への反逆行為にあたるのだろう。
「分かっています…」
金髪青年よりもよほど辛そうな顔をしているロードを、青年は一度も見る事なく俯いて答えた。
「ロード」
険しい表情のロードに声をかけると少し緩み、腕を掴まれ腰を引かれた。
また捕まった…折角離れた所から声をかけたと言うのに。
「どうした?」
「その青年は何か罪を犯したの?」
何故王様への反逆行為に問われるのかよく分からないと聞いてみた。
「…ダンジョー公爵は、俺だけでなくこの国の王までも幽閉したんだよ。
オメェの薬が手に入れば、大多数の貴族は奴を支持するだろうから、今の王を玉座から下ろし自身が成り代わることが出来るってんで、王を幽閉した大馬鹿だ。
そんな奴に協力しちまったコイツは同罪だろ。どんな理由があろうとな…」
ものすごく簡潔に話してくれたが、はしょりすぎじゃないだろうか。
「でもさ、ダリ…だんじょお公爵? に協力っていうけど、何を協力したの?」
「あ? そりゃオメェがここにいる時点で、オメェを誘き出す協力をした事になんだろうが」
「ん? 私はロードを助けてとは言われたけど、この場所に来てなんて言われてないから、誘き出すのとは違うような気がするけど…」
むしろ青年は必死にロードの助命を嘆願していただけのような…。
「青年はだんじょお公爵にその他の事で何を協力したの?」
やはり謎なので直接青年に聞いてみた。
ロードから「俺以外の男に直接話しかけるんじゃねぇ」と言われて抱き込まれたが、このオッサンの言動が一番謎だ。
「…それ以外では特に…」
私が話しかけた事に驚いたのか俯いていた顔を上げ、こっちをみて躊躇うように呟いた青年に、やはり何も罪を犯していないだろうと思う。
ロードを見れば、難しい顔をして首を横に振られた。
「例え何もしていなくても、一旦ダンジョー公爵と繋がりを持っちまったら陛下への反逆とみなされる。何しろ本人はわかって協力してんだからな…」
「そっか…」
警察官でもヤクザと関わりを持ったらクビだもんね。そりゃそうか。
けどなぁ…青年は奥さんを助けたくてロードから私の居場所を聞き出したけど、結局ロードの助命を嘆願してたんだよね。
それが誘き出す罠だとしても、額を地面にこすりつけてまで土下座してたよ。
奥さんだけじゃなく、ロードも助けたかったんじゃないかなぁ。
「オメェがそんな顔する事じゃねぇよ」
ニッと笑って私の頭を撫でてくるオッサンだが、めちゃくちゃ痛い。
首がゴキッていったから! 撫でているというよりはどつかれている。
「もう撫でなくていいから!」
「そう照れんなよ」
拒否をしているのにニヤついた顔でそう返してくるオッサンの足を、思いっきり何度も踏むがまったく効いていないようでそれもまた腹が立つ。
「もういい! それより、世界中で流行中の病気を治すから!! 後“マソ”ってやつも増やすからね!!」
ここでやらなきゃ女が廃る!!
というか、世界が滅びたら困るのは私だしね。
いっちょやりますか。神様としての初仕事ってやつを!!




