207.ミィとみー
「“ミィ”って?」
先程とはうって変わってキョトンとした顔で聞いてくるトモコに、怒りが収まったのかと少し安心する。
「それが分からないからから聞く所なんだけど」
「あ、そうなの~? じゃあ、どうぞ。神王様」
わざとらしく神王様呼びをするトモコに顔をしかめてから美女を見れば、さっきの勢いはなく戸惑っているように目をさまよわせている。
「ジュリアス君の精霊さん?」
呼べば大袈裟に肩を震わせ、恐る恐るといった体でこちらを見、また目をそらす。
「…さっき貴女が言っていた“ミィ”さん? について教えてもらえるかな?」
何故教えなければいけない!? と言いかけて、私が神王だと思い出したのか口元を押さえて震え出した美女に困ってしまう。
その内、雨だというのに道にへたりこんでしまったので仕方なく身体を乾かして店内へと招き入れた。
3階の休憩室を案内したのだが、大人しくついてきているようでもう敵意はないらしい。
ソファに座らせたが雨に濡れたせいなのか顔色は真っ青で未だに震えていた。
多少温まるだろうと、トリミーさんの作った茶葉から紅茶をいれて彼女の前に置くが微動だにしない。
「何だか怖がられてるよ……」
「自分が大変な事をしてしまったって理解したんじゃないかなぁ~。それにしても、ここにヴェリさんが居なくて良かったよ~」
等とトモコが言い出したので首を傾げる。
何故ヴェリウス??
「だってヴェリさんが居たら、あの精霊殺されてるよ~。後ジュリさんも」
「何で??」
ヴェリウスはそんな恐ろしい事しないだろうと言えば、「みーちゃんは溺愛されてるんだよ~」と生温い目を向けられた。
「“みーちゃん”……?」
トモコが言った私の呼び名に反応した美女は、ボソリと反芻し目の前の紅茶をじっと見つめている。
「ああ、貴女が言っていた“ミィ”という名前と同じですね」
ヘラリと笑えば、チラリとこちらを見てまた俯いてしまった。
これは話を聞けそうにもないなぁと考えていたその時、彼女に出した紅茶に一粒の雫が落ちたのだ。
「え……」
カップの中の紅茶は波紋を作り、消えてはまた波紋を作る。
そう、泣いていたのだ。彼女は━━…
「と、トモコサン、ドウシヨウ」
「あーあ、みーちゃんが泣かせた~」
トモコに助けを求めたが、泣かせたのを私のせいにしてくるので盛大に顔が引きつった。
「ちょ、何かスイマセン。私言ってはいけない事言いましたかね??」
調子に乗って神王風吹かせてここまで連れてきてしまった事がいけなかったのだろうか。
それとも紅茶が嫌いとか? あ、神王だって事で怖がらせちゃった!?
「ち、がいます……っ ぼく……」
ついに顔をくしゃくしゃにして泣き出したジュリアス君の精霊は、次第にポツリポツリと語り出したのだ。「ごめ、なさい…っ」と息も絶え絶えに謝りながら。
「━━…ご存知の通り、僕は150年程前に魔神ジュリアス様の精霊として生まれました。当時は魔素も少なくて、それでも魔族を守る為にと貴重な神力を使って僕を創ってくださったのです」
“僕は、魔族の守護精霊としてこの世に誕生しました”
そう話してくれた彼女は、唇を噛むとぎゅっと拳を握りしめた。
「100年前に北の国の魔族で、自身の命を投げ出して王を救おうとした者達が居りました……。ジュリアス様はその事に心を痛め、僕をその魔族達の道標にと送ったのです」
「それって、北の国の魔族をルマンド王国に連れて来た話?」
確か前にトモコからその話は聞いたなぁと思い出す。
どうやら彼女が魔族達をここへ案内した当事者らしい。
「はい…ご存知でしたか?」
「トモコ…人族の神から少し聞いてたから」
「そうですか……」
トモコを見遣り俯くと、話を続けてくれた。
何でも、魔族達をこの地に案内して神域に戻った後、つがいと出会ったのだそうだ。
人族の男で、その人もルマンド王国を目指していたらしく、魔族達の守護もしないといけないから丁度良いとこの地に根をおろしたらしい。
そこで、娘さんを出産したのだとか。
「精霊と人間の間に子供って出来るんだね」
トモコに小声で話せば、「構造は同じ生き物だしね」と言われた。成る程。
で、出産してほどなくして旦那さんが亡くなったらしい。
そこからは母一人子一人の生活をしており、その後娘さんがつがいと出会った事で神域へと戻ったのだとか。
「って、その話も何処かで聞いた事があるよ??」
精霊、母子家庭、つがいと会って離れた……
「あぁっ!! トリミーさんの話にそっくり!!」
思い出して叫べば、ビクリと肩を揺らす美女に「あ、スイマセン」と驚かせた事を詫びた。
「みーちゃん。そっくりっていうか、トリミーさんがこの精霊の娘だと思うよ」
トモコの言葉に美女は表情を固くし、私は呆気にとられた顔で固まった。
あまりの事に一時思考が停止したが、トリミーさんのお母さんが目の前に居る美女!?
「…トリミーさんより若く見えるんですけど」
トリミーさんが40後半なら、目の前の美女は20代前半。しかも全く似ていない。
「本当に、貴女がトリミーさんのお母さんですか?」
「はい。間違いなくミィ…トリミーは僕の娘です」
やはりトリミーさんのお母さんらしい。
「トリミーさん、行方不明になった貴女の事を未だに探していますけど、顔を見せてはあげないんですか?」
余計なお世話かもしれないが、せっかく自分の娘が隣に居るのだからと伝えてみる。
しかし美女は首を横に振って瞳を潤ませ俯いてしまったのだ。
「…あの子にはもう、つがいもいます。それに、僕は精霊で……ミィは精霊よりも人族の血が強いみたいだから。ぼ、僕より早く…逝ってしまう、から…」
だから傍に居ると、もしその時が来てしまったら耐えられないんだと唇を震わせて彼女は言った。
“死”への意識が低い精霊にとっては、一度つがいの死に直面してしまった事で、大切な人を失う事がどれ程衝撃的なものだったか、“死”というものが身近にある人間とは比べ物にならない程トラウマになったに違いない。
精霊は主である神の力が尽きない限りは生き続けるのだから。
「あ、あの…」
彼女からおずおず声を掛けられ少し驚いたが話を聞く。
「僕……、娘の事でも神王様に当たるような真似をしてしまい、申し訳ありませんでしたっ」
自分とは別の時間が流れている娘と共に居る事が辛くて逃げ出したのに、主の神域を攻撃してきた神が娘のそばに居る事が許せなくなったんだと謝罪する彼女。
元々怒っているわけではないし、何が何やら分からない中での今なので戸惑いしかないのが正直な気持ちであった。
「あ、いや…そういった事情があるならまぁ…びっくりはしたけれど、特に何もされていないし」
「神王様……」
そんな話をしていた時だった━━…
「神王様、御無事でございますか!!」
突然休憩室にある転移扉が開き、そこから出てきたのは……
「いやはや、今回は私がジャンケンで勝ちました!」
珍獣村の長老だった。
今? 今なの? もしかしてずーーっとジャンケン大会してた!?
忘れていたが、珍獣警備隊派遣要請を停止し忘れていた事に気が付いた。
「あ、長老~。悪いんだけどジュリさんに連絡取ってもらえる~?」
トモコが長老にそう要請したのでギョッとする。
「トモコ、害は無かったんだしそんなに騒ぎたてなくても良いんじゃない?」
「あのね~みーちゃん、精霊が主の命令無しに他の神にちょっかいかけたり、ましてや神王様に敵意を向けるなんてあってはならないの。今回も神王様はお許しになったけど、それでも主であるジュリさんへの報告は必要だし、ジュリさんもそれを知る義務があるわけ」
トモコの言葉に美女は頷いて、「異論はございません」と震えながらも答えた。
「かしこまりました。それではすぐに魔神様にこちらへ来ていただくよう連絡致します」
空気を読んだのか、長老はいつもとは違いビシッと姿勢を正すとそう返事をして部屋を出ていった。
ジュリアス君を待っている間、もう一度いれなおした紅茶を美女にすすめれば、初めは遠慮していたが娘の茶葉だという事で躊躇いながらも飲んでくれたのだ。
そして、
「━━…申し訳ありませんでした!!」
今、私はジュリアス君に土下座されている。
トモコが長老に連絡をお願いしてから5分もかからずやって来たジュリアス君は、最初は嬉しそうにしていたが、トモコから話を聞き、美女からも話を聞き、青冷めながら私の足元で土下座をしたのである。
「ジュリアス君!?」
止めてくれと慌てるが一向に止めず、「申し訳ありません!! オレが魔石や魔法の研究ばかりにかかりっきりになってたからっ」と自身の行動を反省していた。潔い行動だ。
「そ、そうだね。ジュリアス君は熱中しちゃうと周りが見えないタイプみたいだから、もう少し眷属の事も見てあげた方が良いのかも?」
私も偉そうな事は言えないが(逮捕された身であるから)、一応言わないと収まりそうにもないので注意しておいた。
美女はジュリアス君の斜め後ろで同じように土下座をしている。
外国人顔の美人二人が土下座とは違和感しかないが、もし地球でこんな光景をSNSで拡散されたら、私の人生終わる気がしてならない。
「さ、もう十分反省してもらったし顔を上げて立ち上がってもらってもいいかな?」




