206.美女VS美女
「なんで……」
ぽつ…ぽつぽつ、と雨粒が地面へと染み込んでは消える。
次第にぽつぽつがザーザーとなり、雨が本格的に降り出したのだと分かった。
ひと雨来そうな天気だとは思っていたが、やはりかと空を見上げる。
「僕が会えないのに……っ 何でお前は毎日会ってるんだよ!! 何でお前は主様も、ミィも、僕から奪っていくんだ!!」
そう叫ぶ女性は雨に濡れ、まるで捨てられた犬のように震えていた。
彼女を見つけたのはついさっき。
トモコが一点を見つめて動かなくなったので、その方向…入り口を見れば、なんと絶世の美女が立っていた。
トモコと張る美貌だと見惚れてしまうほど綺麗な女性なのだ。
しかしその女性はそこから動く事も、入ってくる事も一向になく、こちらをじっと睨んでいる。
「トモコ、知り合い??」
私の問い掛けに首を横に振るトモコは、本当に知らないらしい。勿論私も会った事はない。
「あの~…どちらさまでしょうか」
言えば益々睨まれ、いたたまれなくなる。
美人の睨みは本当に迫力があって怖い。
「みーちゃん、あの人悪意があるから店に入って来れないんだよ~」
「思うんだけど、悪意がある人は店の存在に気付かないはずでしょ。あの人めっちゃこっち見てるけど? アラームが鳴ったって事は建物にも触れたって事だし」
と会話していた時、雨が降りだして冒頭のセリフである。
ぶっちゃけ訳が分からない。
会った事もない人から悪意をぶつけられるってあまりないよね?? それなら私は、知らない間にこの美女に何かしたのだろうか?
「人違いでは?」
「っ…何、だそれ……ッ お前は!! 生まれたばかりの神だというのに調子にのって!! “ジュリアス様”はお前なんか足元にも及ばない偉い神なんだからな! なのに顎で使うような真似して…ッ」
どうやらジュリアス君の知り合いらしい。
「えー…と、ジュリアス君のお知り合いですか?」
恐る恐る訪ねれば、美女は目を吊り上げて怒鳴ってきたのだ。
「創世の神たる主様に向かってなんと無礼な!! 生まれたばかりの神が気安く呼んで良い方ではない!」
今“主様”って言ったよね? という事は、彼女はジュリアス君の眷属という事だろうか?
隣に居るトモコを見れば、感情が削げ落ちたかのような表情で外の美女を見ていたのでびっくりした。
「と、トモコ……?」
外には怒鳴り散らす美女、中には無表情で目が据わっている美女。
美女に挟まれているのはいいが、どちらも怖い。
「無礼って言った? あの女」
ボソッと呟いた声は低く冷たい。
いつもの間延びしたような話し方でもないトモコに肩が跳ねた。
「ちょ、トモコ……?」
そ~っと様子を伺えば、やはり無表情のまま外の美女を見ている。
外の美女はといえばトモコの威圧に気付いたのか、急にたじろぎだしたのだ。
「あ…し、神王様……ッ」
ん??
「はぁ?」
美女の漏らした言葉に小首を傾げていると、普段のトモコからはあり得ない「はぁ?」という冷たい声音が聞こえ、何故かこっちがビクッと肩を震わせて、顔が引きつった。
「ちょっと、アンタ何言ってるの?」
「お見苦しい所をお見せ致しました。ですが、“人族の神”のあまりの暴挙に口出しせずにはいられなかったのです!!」
外からトモコに向かって必死に訴える美女に、無表情だったトモコの顔が歪んでいく。
「僕の主であるジュリアス様は心優しい方故、生まれたばかりの人族の神が厚かましくも自身の仕事を押し付けようが文句も言わずに手伝っていました。しかしあろう事かその神は、恩を仇で返すように主様の神域近辺の山を破壊したのです!!」
いや、確かに色々手伝ってもらったけど、ジュリアス君自らが嬉々として参加してきたのだし、神域を破壊したのはロードです。
「おかしいではありませんか! 仕事を押し付け家を破壊し、なのにまた新たな仕事を押し付けて…ッ おかげで主様は神域の管理も出来ず、神域周辺の国が主様の恩恵も忘れて神域に侵攻しようとしているのです!!」
侵攻って、それもしかしてバイリン国が?
「そうだとしても、“精霊”が神に敵意を向けるっていうのはどういう事かな?」
「っ…そ、それは」
怒ってる…これは相当ご立腹だ。トモコは昔から怒ると怖いんだよ。
というか、この美女は“精霊”だったのか。
またステータス勝手に見たんだな。
「君の主である魔神が“人族の神”に意見するなら分かるけどさぁ、何で精霊が神に文句言ってるの? 大体、根本から間違ってるからね」
「ヒッ も、申し訳ありませ「君さぁ、みーちゃんの事“人族の神”だと思ってんの? だったら違うから」え……?」
常にはないトモコの圧力に怖がり始めた美女は、よろりと半歩後退したが、ここから去ろうとはしなかった。
相当私への鬱憤が溜まっているのだろうか。
「“人族の神”は私。ここにいるみーちゃんこそが正真正銘、“神王様”だよ」
「!!!?」
まさか、そんな…と唇がわなわなと震え、こぼれ落ちそうなほど目を見開いた美女は、あり得ないと頭を振り何度も私とトモコを見比べている。
「ねぇ、君の何もかもが“無礼”なんだけど?」
無礼返ししやがったーー!!
「君のこの失態は、君の主様の責任問題になるんだよ? 畏れ多くも“神王様”に無礼を働いたんだから」
「!? お、お待ち下さいっ どうかそれだけは…ッ」
まるで時代劇の様相を呈してきたが、ちょっと待って欲しい。
「トモコ、勘違いして敵意を剥き出しにしていたこの美女は確かにアレだけど、私達の発案した事をジュリアス君に手伝わせていた事は本当だし、神域を破壊したのも嘘じゃないんだからそんなに責めなくてもよくないかな?」
私の言葉にトモコと美女がこっちを向いた。
しかしトモコは不満気に、
「参加を希望したのはジュリさんだし、破壊した山も元通りにしてるから」
と唇を尖らせる。
「そうだけど、ジュリアス君の眷属からしてみれば山の破壊は攻撃された事と同じだと受けとったんだよ。それに、他にも理由がありそうだし?」
「……他の理由って?」
渋々といった体で聞いてくるトモコに答えてやる。
「確か最初に言ってたでしょ。“ミィ”って」
言えば驚いたのは、トモコではなく美女の方だった。




