205.失った日
ルーベンス視点
神獣から渡された手紙には、今まで私があの方と秘密裏に会い、話していた内容が事細かに書かれていた。
確かにあの方は神獣に気を付けろと言ってはいたが、所詮人間の私や精霊であるあの方がどう足掻こうと神に及ぶわけもない。
結局全ては神の手の中だったということだ。
ミヤビ殿に近付かなければ神獣など関わる事もなかっただろうに、いくら距離をとってもミヤビ殿から近付いてこられてはどうしようもない。
神獣はあの幼い神をことのほか大事にしている。
何故かは分からないが、もしかしたら自身の子のように思っているのかもしれない。
しかし私は、こうなって少しほっとしているのだ。
“魔神様の精霊”であるあのお方には悪いが、最近は無茶振りも多く身動きがとれないでいた。
魔族を御守り下さった魔神様への御恩は返しきれない程ではあるが、一国を滅ぼせだのと言われても出来る事と出来ない事かある。
執務室で再度神獣の手紙を見直していれば、あの幼い神を思い出す。
彼女は私を父のように慕って近付いてくる。
何故そんな事になったのかは知らないが、懐いてくれる女性を無下には出来ないだろう。
いつの間にか本当の娘のように思っていたのだとは、口が裂けても言えない。
私は自身の子供すら満足に育てる事の出来ない…いや、息子達の命を奪った酷い父親なのだから…。
***
忘れもしない、あの日の出来事━━…
珍しく太陽が顔を出した日。
分厚く積もった雪は、終日が差していた程度では溶けないしぶとさでもって、地面を白く輝かせていた。
とはいえ、上位貴族はほぼ死に絶え王族もたった一人を残して逝ってしまった今、我が国の存続が危ぶまれている時に喜べるものではない。
天気とは裏腹に殆ど人気のない暗い城の中、私は3番目と4番目の息子と話していた。
当時、私には4人の息子がいたのだ。
「……妻達との別れは済ませてきた。後はお前達だけだが、ネージュとイノアはどうしたのだね」
ネージュとイノアは長男と次男の事で、別れを告げる為に私の執務室に呼び出していたのだ。
「兄上達は謁見の間へ参りました」
三男の言葉に顔をしかめ、どういう事だと二人を問い詰めたのだが予想だにしない言葉が返ってきた。
「父上は生きなくてはならない」
「…何を言っている」
今日、私はこの国の未来の為、王に自身の魔力全てを捧げるのだ。
だからこそ愛する妻達に別れを告げ、今息子達にも別れをと、その為に呼び出したはずがなぜ……このような事を言われたのか理解出来ないでいた。
「陛下を支え、民を救えるのは父上しかいないのです」
四男までもがおかしな事を言い出した。
そういえば先日、長男にこの計画を打ち明けた時「何故父上が」と何度も叫んでいた事を思い出す。
「止めてくれ」と懇願された事を━━…
「ですから私達は決意致しました」
「決意だと……?」
「はい。私達は貴方に比べ魔力は劣りますが、幸い数がいます」
四男は何を言っているのだろうか。
私はわけも分からずただじっと息子達を見ていた。
「陛下にも兄上達の魔力2人分なら十分なはず」
三男の呟きにまさか…っ と息を飲む。
「お前達ッ まさか私の代わりに魔力を捧げる気か!? 馬鹿な……っ そんな事は許さない。今すぐネージュとイノアを呼び戻せ!!」
怒鳴りあげたが2人は一向に動く気配はなく、じっと私を見ていた。
「ッ…謁見の間へ行く」
急いで謁見の間へ向かう為にドアノブに手をかけた。が、しかしそれは息子達によって阻まれたのだ。
「退けっ」
ただただ必死だった。
謁見の間に行かなければ、止めなければと。
だが、私は4人の息子の命を結果、奪ってしまったのだ。
息子達が私の前から消えた日、珍しく太陽の出たあの日、夜は酷く冷え込んだ事を覚えている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雅視点
「ふぁ~…っ よく寝た」
久しぶりの朝寝坊をして目を覚ませば、時計の針はとっくに11時を回っていた。
天気が良くないのか、カーテンの隙間からは昼前だというのに日もささず、部屋の中は薄暗い。
「あ~寝すぎて逆にまだ眠い」
11時を過ぎていてもなかなかベッドから起き上がれない。いや、起き上がる気がないのだ。
だって今日は久々のお休みなのだから。
まぁ久々といっても3日振りだが。
服屋は基本週休2日制で、地球でいう月曜日と金曜日に休む事にしている。
でも最近は、連休が欲しいなぁと思い始めてトモコとも相談している所だ。
「温泉でも入ってさっぱりするかなぁ」
お忘れだとは思うが、私の家には露天風呂があるのだ。
ほぼロード専用と化しているこの温泉だが、たまには入ろうかとベッドから起き上がった所で店舗のセ○ム(結界)が反応したのだ。
因みにこの結界は、悪意のある者が建物(店舗)に触れると反応し、珍獣達と私、そしてトモコにだけアラーム音が聞こえるようになっている。
そんなわけで珍獣村は今大騒ぎだ。
ジャンケン大会でな。
誰が駆け付けるかで問題になり、恒例のジャンケン大会なわけだが、そんな事している暇があるなら早く駆け付けて欲しいものだ。
せっかく温泉に入ったり、ゴロゴロしたりして過ごそうと思っていたのに…とうんざりしながらも一瞬で身だしなみを整えて店舗へと転移した。
魔法で一番便利なのは身支度が一瞬という所だな。と思いつつも店舗内を見回す。
特に異常はないようだ。
暫くするとトモコも転移扉を使って店に飛び込んできた。
確か今日も新神研修があるとか言っていたのに、そっちは良いのだろうか?
「みーちゃん何があったの!?」
慌てて来たのだろう。若干髪が乱れているトモコは勢いよく聞いてくる。
「私もアラームが鳴って来たけど、店内に異常はないみたい」
「あ~そっか、結界が張ってあるから入って来れないんだよ」
話を聞いてホッとしたように外に目を向けたトモコが一点を見つめたままピタリと止まったのだ。
「トモコ?」




