203.過去
カルロ視点
「━━…スドゥノーム国の王侯貴族はまもなく全滅するでしょう」
「…それが神の導きならば、従うまでだ」
これは、あの時の夢か……。
「神の導き、ですか」
この目……これは私が間違った道へ進もうとした時、ルーベンスがする目だ。
やはり親子か。そっくりだな。
「……あの人は、まだ諦めていません」
随分と…嫌な夢だ。
「この国の存続を願っている」
そうだ……ルーベンスは……
「“ネージュ”……」
「陛下、貴方は生きなければならない。懸命に生き抜く民の為に、スドゥノーム国を存続させる義務がある」
強い瞳で私を射ぬくネージュに、言葉が出てこなかったあの時、
「魔素が尽き、この世界が滅びるなど神のご意志ではない。我々魔族は生き残らねばならないのだ。少なくとも、魔神様はそう望んでおられる」
カツン…
私とネージュしか居なかったこの謁見の間に、靴音をたてて現れたのはルーベンスの2番目の息子。ネージュの弟の“イノア”だった。
ネージュはスドゥノーム国ルーテル公爵家の次期公爵で、当時スドゥノーム国の宰相であったルーベンスの補佐をしていた。
イノアはネージュと正反対に身体を動かす事が得意だった為、騎士団へ所属し副団長として活躍していたのだ。
他にもルーテル家の子供達は学者や商人等と幅広く活躍しており、この国はルーテル公爵家に支えられていたといっても過言ではなかった。
「……何故、そう言い切れる」
主だった貴族は死に絶え、王族もすでに私を残してこの世には居ない。それなのにイノアはこの時、世界の滅亡は神の望む所ではないと断言したのだ。
「俺達が、お前が、生きているからだ。そして民もまだ生きている」
そうだ。コイツはこんな風にいつも強気で、真っ直ぐに進んで行くような奴だった。
そんな所が少しロードに似ているか……。
「調査によれば、魔素の減少と共に亡くなっているのは魔力が多い者達だと報告が入っている」
そう。魔素の枯渇は、魔力の多い魔族にとっては命が削られていく事と同じ意味をなす。
だからこそ魔力保有量が高い王侯貴族は次々と亡くなっていたのだ。
王族の中でも落ちこぼれである俺が生き残り、魔族の王となったとは皮肉なものだ。
「魔素とは魔力の源。魔力量の多い者がその魔力を少なくする事は死期を早める行為に他ならない。ならばそんな者達が生き残る方法はただ一つ」
止めてくれ、聞きたくない。
「魔力量を増やすしかない」
そんな事をしてまで生き残りたくなどないんだ!!
「カルロ、お前も調査結果は聞いていたはずだ。父がお前に自身の魔力を全て捧げようとしている事も」
「そんなもの…っ」
いらない。いらなかった……ッ
「魔力を全てなどっ そんな事をすれば死んでしまうだろう……ッ」
「そうまでしてお前を生かしたいんだ!! 分かれよッ」
どうして私なんだ。王族でも一番魔力も少なく、優れたものなど何もない私が……っ
「……ならば私よりも、ルーベンスが生き残るべきだ」
「ッざけんな!! お前は、“王”だろうが!!」
そんなもの…王族がもう、私しか居ないからだろう。
「陛下、民が生きていく為には“王”が必要なのです」
ネージュはこう言っていたが、民は王が居なくとも生きていけるものだ。
現に王都から離れた村など王の顔も名前すら知らない。
『王とは何か、貴方はまだ理解出来ていないのだ』
いつかルーベンスが言っていた事を思い出す。
王とはただの象徴だろう。
そんなものの為に命をかけるなど馬鹿げている。
「そして貴方にはまだ、父が必要だ」
そうだ……ネージュは、イノアは……ッ
ダメだ。止めてくれッ
私は、お前達を失いたくはない……!!
「だから俺達が親父の代わりになってやるよ」
私は、お前達にそこまでしてもらうような男じゃない!
頼むから止めてくれ!!
「安心しろ。親父には別の兄弟が魔力を渡すからよ」
「陛下、どうかこの国を、民をお願いします」
ネージュ! イノア!!
ダメだ。そんな事をしたって━━…ッ
━━ ったく、“器”は変わらないんだからそんな事をしても無駄だってのに……ま、お前らの想い確かに受け取ったよ。
安心しな、今生きてる魔族は皆オレが守ってやる。オレの力が尽きるその時までな。だから安心して眠れ。
巡るその時まで ━━
そうだ…二人の魔力に包まれた時、聞こえたあの声は……




