195.伝説の男
「しんっっじられない!! あれほど来ちゃダメって言ってあったでしょ!?」
「いや、だってよぉ~…今日はミヤビの夢が叶う日だろ。その門出をこっそりでも祝いたかったっつーか…」
あの後速攻でロードを捕まえ、店舗へと連れてきた私がロードに説教していた所、それを見掛けたトリミーさんが慌ててウチに駆け込んできてトモコに事情を説明され、あんぐり口を開けてこちらを見ている所なのだ。
「こっそりそんな事してたから不審者と勘違いされたんでしょうが!! トリミーさんにごめんなさいして!!」
「う……あ~…驚かせちまって悪かったなぁ」
叱られた後の犬のようにしおらしくトリミーさんに謝るロードに、まったく。と眉をつり上げていればトリミーさんは困惑したように私達を見て言った。
「いや、それはいいんだけどね、あの…こ、この人……ロヴィンゴッドウェル第3師団長じゃないのかい……?」
「ロヴィンなんちゃらって誰ですか??」
「ミヤビ……」
「みーちゃん……」
呆れたようにロードとトモコが私を見ている。ロードの目には非難する感情まであるではないか。
「…あ、あ~うん。ロヴィンなんちゃらさんね!! 知ってる知ってる。あの~アレでしょ? ロードの知り合い? にそんな名前の人いたよね~?」
「ミヤビちゃん、あんたロヴィンゴッドウェル第3師団長様を知らないのかい!?」
そんな人が居るのかと言わんばかりの、トリミーさんの驚愕した表情に笑って誤魔化せば、「みーちゃん、誤魔化せてない」とトモコにじと目で見られた。
「あんたとロヴィンゴッドウェル第3師団長様がどんな知り合いかは知らないけどね、師団長様はそりゃあ偉いお人でね…」
等とトリミーさんが興奮気味に話し始める。
何でもルマンド王国の四天王の一人で、伝説の師団長だとか。魔素が尽きそうだった時に解決法を探しに世界各国に旅に出て、色んな所で最強伝説を残した男だそうで、トリミーさんの旦那さんもロヴィンなんちゃらさんに憧れて冒険者となり世界中を冒険しているらしい。
「へぇ。そのロヴィンゴ…なんちゃらさんはすごい人なんですね~」
「みーちゃん…」
「そうだよ!! そんなお人に謝罪させたとなりゃ、お天道様に顔向け出来ないよっ」
「ん? トリミーさんロヴィンなんちゃらさんに謝罪されたんですか??」
ところで、何でそのロヴィンなんちゃらさんの話になったんだっけ?
「ミヤビ…オメェいい加減自分の旦那の家名を覚えたらどうだ」
地を這うような声で言われ、反論した。
「覚えてるよ!! ロードの家名は“ディーク”でしょ!?」
ねぇトモコ!! と自信満々にトモコに振れば、残念そうな顔で見つめられた。
「クッッソ可愛い!!」
ロードは鼻を押さえて悶えているので間違ってはいないだろう。
「ほら、間違いないって」
「間違ってるよ~。ディークはロードさんのミドルネームでしょう。家名はロヴィンゴッドウェルでした~」
「な、何だってェ!? じゃあトリミーさんの言ってた伝説の男、ロヴィンなんちゃらさんは…っ ロードの事!?」
カッと目を見開きロードを見れば、まだ鼻を押さえて眦を赤く染めていた。
「オメェ何っ回俺の家名忘れたら気が済むんだ」
呆れた顔でそう言い募ってくるロードだが、自分がした事(来るなと言ったのに様子を見に来た事)を棚に上げて何言ってんだと言えば、大人しくなった。
「ほ、本当なのかぃ? ミヤビちゃんが師団長様のつがいだってのは…」
とんでもない事実を知ってしまったという表情をしているトリミーさんに頭を捻る。
「師団長様のつがいは確か精霊様だって聞いたけど、ミヤビちゃんが精霊様だったなんてねぇ」
ああ、そっちか。てっきり師団長様がロリコンだなんて!? みたいな反応なのかと。
「いやいや、精霊はトリミーさんじゃないですかぁ~」
等と笑って答えれば、
「私が精霊だって? 何の冗談だい!!」
と大笑いされた。
え? 自覚ないの?
トモコをチラリと見れば首を横に振られたので本当に自覚がないらしい。
「しっかし精霊様がお隣さんだなんてねぇ~」と苦笑いするトリミーさんに、違うんですと首を振る。
「実は、知り合いに神様が居るってだけの一般人なのに、お城の人達が勘違いして……迷惑ですよね~。あ、宰相様や王様には本当の事言ったんですよ? だから犯罪者とかではないのでご安心下さい」
堂々と言えば、トリミーさんだけでなくトモコやロードにまでポカーンとされたのだ。
「じゃあミヤビちゃんは精霊様じゃなく…?」
「はい。一般人です!!」
胸を張って宣言すると、トリミーさんは何処かホッとしたような様子で笑みを見せ、「あ、でも師団長様の奥方様なら一般人じゃないねぇ」などと冗談を言って笑わせてくれた。
「ここでは一般人の服屋さんなので一般人です!!」
と言い切ってサムズアップすれば大笑いされ、ロードには大きな溜め息を吐かれるのであった。
◇◇◇
さて、開店直後からのハプニングが解消し、トリミーさんも自分のお店に戻ったのだが、どういうわけかお客様が一人も来ない。
どころか、店前の通りに人っ子一人居ないのだ。
「そりゃそうだ。ここは王都の端っこも端っこ、さらに奥まった場所にあるんだぜぇ。人が来るわけねぇだろ」
耳の穴をほじりながらそんな事を言うゴリラにイラッとする。
「オメェらもあまり人が来ると困るからこんな人気のねぇ場所選んだんだろ?」
耳穴をほじっていた小指に息を吹きかけているゴリラ。
「誰かこのおっさんボコボコにしてくれないかな」
「ゴリラが居るからお客さん入ってこれないのかも~」
私とトモコに散々な言われようのロードだが、ここでへこたれないのがこの男なのだ。それはもうふてぶてしくお客様用の椅子に腰かけてこの店に居座っている。
「もうっ ロードは仕事があるんでしょ! 様子見も終わったんだから帰ってくださーい!!」
「あ? まだ終わってねぇ。オメェが接客して商品売るまでは帰らねぇ」
「止めてよォ!? 恥ずかしい事してないで頼むから帰ってェ!? バナナあげるから!!」
「バナナぁ? んなもんいらねぇ」
このゴリラ一日中居座る気だ!! トモコ、どうしよう!? とトモコの顔を見れば、ニヤリと笑って任せろとばかりに頷いた。自信満々で。
「ロードさん、今日はお店の開店記念日だし、先に帰ってパーティーの準備をしていてもらいたいんです。あ、勿論パーティーが終わったらセクシー衣装を着たみーちゃんを貴方の寝室にお送りしますんで」
「っしゃ! 帰ってパーティーの準備しねぇとな。何しろ開店記念日だしな!!」
そう言って立ち上がると、ロードは早々に店を出て行った。
「え…?」
トモコを見れば、ドヤ顔でサムズアップされたのである。




