164.コリーちゃん家の事情
「ここがアタシん家だよ!」
こぢんまりとした家は木製で、大通りからは大分離れた場所にある。1階は6畳程の店舗になっているようで、カウンターがドンと真ん中に鎮座し、その後ろの棚には薬らしきものや薬草の乾燥させたもの、調合用の道具が置いてある。
棚の下は小さめの引き出しがいくつもならび、その中に調合した薬や薬草が入っているのだろうと想像出来る。
「へぇ調剤薬局みたいな感じなんだ」
「何だよチョーザイヤッキョクって」
小さく呟いた言葉はさすが猫獣人だけあり、耳に届いたらしい。「こういうお店の事」と返せばふーんと興味無さそうに相槌をうつ。その反応の薄さに何で聞いたんだと思いつつ、カウンターの横を通って奥の扉に手をかけているコリーちゃんに目を移した。
「父ちゃん、母ちゃん、ただいまー!!」
扉を開けて中に声を掛けるコリーちゃん。
お母さんの話題は全く出なかったので、てっきりお母さんはいないと思っていたが生きていたらしい。
「お姉ちゃん、騎士様、どうぞ上がってください」
8歳なのにしっかりしてるなぁと思いながら「お邪魔します」と家の中に入る。とはいえ、靴は履いたままの海外仕様なので慣れない。
コリーちゃんの後をついて行けば、リビングに通された。
リビングの壁には手作りらしきパッチワークが掛けられており、アットホームな雰囲気が漂っている。
ソファーに座るよう促され、リンと目を合わせて頷きあい二人で腰かける。
コリーちゃんはニコニコとキッチンでお茶を入れているらしい。カチャカチャと食器を運ぶ音が聞こえてくる。
「ミヤビ、この家に来て何するんだよ」
リンはそわそわとしながら不安そうに私を見た。
「勿論、お父さんの腕を治しに来たんだよ」
「お前ッ さすがにそれはヤバいだろ!?」
ガタッと音をたててソファーから立ち上がるので、落ち着いてと宥める。
「落ち着いていられるか!! それにさっき1時間の鐘が鳴った!! 帰るぞっ」
「私には鐘の音は聞こえなかった!! だからまだ1時間経ってない!!」
「んな言い訳通じるか!! いいから帰るぞッ」
「コリーちゃん!! お父さん連れてきてっ 早く!!」
リンが本気で連れて帰ろうとしているので、お茶を入れてくれてるコリーちゃんに叫んだ。
「え? お姉ちゃんどうしたの? 」
トレーにコップを乗せてやって来たコリーちゃんは、立ち上がっているリンと、ソファーから引きずられている私を見てキョトンとし、首を傾げた。
「コリー、誰か来ているのか?」
するとそこへ男性の声がしてリビングの扉が開き、引きずられないように腰を落とし踏ん張っていた私は、そちらに気を取られて力を抜いてしまい、リンの方へ体当たりするようにぶつかって「あ!?」というリンの間抜けな声と共にバターンッと二人で倒れ込んだのだ。
開いた扉の前に。
「……これは一体何事かな?」
私の頭がお腹に当たりもんどりうつリンと、腹に頭突きをかました直後にリンの膝が顎に当たり、結界のお陰で痛くはないがうっと唸ってそのまま床に倒れた私を見て、出てくる言葉がそれとは何とも冷静な人だと、倒れたままその人物を見る。
30代半ば位の男性であった。
「父ちゃん!!」
成る程、コリーちゃんのお父さんらしい。
私より若そうな父親と8歳のコリーちゃんに、私にもこの年頃の子供が居てもおかしくないのかと改めて思う。複雑だ。
「こ、こんにちは」
とりあえず立ち上がり挨拶をすれば、お父さんらしき人は「ど、どうも」と若干引きつった顔で返事をし、まだお腹を押さえて唸っているリンを見てコリーちゃんを見た後に口を開いた。
「コリー、この方々は? 一人は騎士様のようだが……」
「父ちゃんっ アタシね…っ」
コリーちゃんがさっきあった事を説明する。
森に一人で入った事に真っ青になったお父さんは、ヴェアに襲われたという所で倒れそうになっていた。
そして……
「ありがとうございますっ 本当になんとお礼を言って良いのか!! 娘を助けて下さり…っ ありがとう、ございますっ」
お腹を押さえながらよろよろ立ち上がったリンと、すでに立ち上がりピンピンしている私に涙を堪えながらお礼を言うコリーちゃんのお父さん。
右手には包帯が巻かれている。確かに動いていないようだ。
「いえ、騎士として当然の事をしたまでですので顔を上げて下さい」
リンは騎士らしくそう言って、固い表情のままチラリと私をみる。
「そうですよお父さん。ところで、コリーちゃんのお母さんはどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
お母さんも家に居る様子だったが、お父さんしか出て来ていない事に違和感を覚え質問した。
「妻は……身体が弱くずっと床についたままなので…」
「魔素が満ちたのに、ですか?」
私は魔素の増加を願った時、病気の完治と体力回復も一緒に願ったのだ。その時から1年近く経ったとはいえ、すぐに病気になるなどあるだろうか?
「…………」
黙ってしまったお父さんに疑念を抱いていると「お姉ちゃん」と服の裾を引っ張られた。
「お母さんね、お兄ちゃんが死んじゃってから元気が無くなっちゃったの」
成る程。心を病んだという事か……。
いくら病気が治っても心までは治せないのだろう。
一旦回復しても現実を見てまた心を壊したのか……これに関してはどうしてあげようもないかもしれない。
「そっか……じゃあ、先にお父さんの腕を治しちゃおっか」
「え? でも、お医者さんにも治せなかったよ?」
戸惑うコリーちゃんにニヤリと笑い、私は願ったのだ。
“コリーちゃんのお父さんの腕を治して”と━━…




