151.冒険の途中でトイレに行きたくなる事もあるよね
階段を降りると広がった、不思議な光景をただただ眺める。
学校の体育館位ある高さの天井の広々とした空間は、岩盤をくりぬいたような造りであり、木材…いや、木、そのものが柱のように50~100メートル間隔で生えているのだ。
中が空洞になっているようで、根元に子供が秘密基地にしそうな穴が空いている。
換気の為の空気穴にでもしているのだろうか。それともここに火をつけて薪をくべ、暖炉にでもするのだろうか。
この木が地上で目にした木々なのだろうと予測がついた。
これは、木で出来た煙突なのだ。
その木の煙突の間に岩石で出来た柱がある。
ウォールランプがいたる所に付いているが、どうやら火を使っているわけではなさそうだ。
近付いて見ると、魔石とはまた違うようだが、光る石が入っていた。電球色のような優しいオレンジがかった光だ。
それがこの空間を照らし、地下なのにもかかわらず明るいのだ。
「地下帝国だ……」
呆然とした声で呟いたトモコは、ランプとは違う光を瞳に灯らせている。
「本当に、地下にこのような場所が存在していたのですね…」
デリキャットさんは周りを見渡しはぁ~っと深い息を吐く。
確かに、雪原が延々と続く中で地下に何かがあると思う者はいないだろう。デリキャットさんが信じられないと思うのも無理はない。
「誰もいませんね~」
「そうだね。普通なら洞穴に侵入した時点で何かアクションを起こしそうなものだけどね」
ショコラの問いかけにそう答えてキョロキョロする。
本当に誰もいないのだ。
「魔神の……ジュリアス君、探索魔法で探ってもらえるかな?」
いい加減魔神の少年というのも長いし面倒なので最近覚えたばかりの名前を呼べば、「神王様がオレの名前を…っ」と震えているので嫌がられているのだろうかと少し後悔した。すると、「嬉しい、です!!」と顔を上げたのでホッとする。
「すでに探索済みだ! です! この空間には人型の反応はないみたいだ。どうやらいくつかの空間が存在するようだな…です。更に下の階から人型の反応を確認した、ました」
もう探索をかけていたらしいジュリアス君は、ハキハキと教えてくれた。
「本当だ~。よく小説であるダンジョンみたいに層になってるみたい。最初の階は東西南北に部屋が4つあって、多分入り口が4つ存在するんじゃないかなぁ。かなり広いよ」
トモコも光魔法で探索しているらしくそう教えてくれた。
私達は西の入り口から入ってきたようだが、他にも後3つこの階には大きな空間が存在するらしい。そして、この下には人の反応があるそうなので移動する事にした。
最初の階に人が全くいないのは不気味だが、ここにずっといても仕方ないのだ。
下の階に降りる階段を見つけ、また下る。
本当に物語のダンジョンのようだと思う。スライムとか出て来そうだなぁとドキドキしてきた。
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グルル…
きゅ~…
雅達が階段を下って行くとすぐ、柱の影や木の煙突の中から次々と“魔獣”、人間達には“魔物”と呼ばれる者達が出てきた。
そう、ここは北の国最古の地下ダンジョン。
魔素が満ちたお陰で魔獣達は復活し、このダンジョン内で暮らしていた。
地下一階はスライムやバット、コボルト等の魔獣が暮らし、地下2~3階はエルフ、地下4~10階からは強力な魔獣達がウヨウヨしているという総地下10階のダンジョンがこの場所である。
当然神王である雅に襲いかかるバカな魔獣はおらず、そればかりか自分たちの姿を神王様の前に現すのも畏れ多いと姿さえ見せないのだが、スライムが見られるかもと楽しみにしている雅がそれを知る事はない。
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地下2階へ到着すると、先程とはうって変わり森が広がっていた。
地下1階で見た、他よりも大きく葉のついていない木は煙突代わりの木なのだろうが、他にも葉を茂らせた木々が生えており森化している。地面も土である。
「森だ~。太陽がない地下なのに、どうやって光合成してるんだろう?」
「もしかしたらあのウォールランプが関係してるのかもな」
トモコとジュリアス君はそう話しながらウォールランプを興味深そうに見ている。
「もしかすると……“光石”かもしれません」
デリキャットさんの言葉に2人が振り向く。
「北の国でのみ取れる珍しい鉱石で、太陽と同じ効果のある石だと聞いた事があります」
その説明に興味を持ったのか、デリキャットさんに近付くトモコとジュリアス君は研究者のような顔をしていた。
「色も先程のようなオレンジがかった物と、自然光のような色を発するものがあったかと……」
2人の熱心さが少し怖かったのか、引き気味の体勢をとっているが丁寧に説明しているデリキャットさんは随分と人が良いらしい。
「へぇ…魔石とは違うが、それに近いもんが存在してんのか」
「いやいや、元々は魔石で、光魔法が自然に発生して魔石に吸収された物かもしれないよ」
「成る程…魔力が溜まる事は稀にあるからな」
あれ? この子達研究者だっけ? 冒険者パーティーに研究目的で北の国のダンジョンに連れて行けって依頼だした研究者だっけ?
そんな風に思っていたらショコラに服をツンツンと引っ張られ、どうしたのかと見れば、
「主様~、ショコラお手洗いに行きたくなりました~」
「えぇ!? ちょ、皆っちょっとショコラをトイレに連れていってくるから待ってて!!」
突然もよおしたショコラと共に深淵の森の玄関に転移し、靴を脱いでバタバタとショコラをトイレの前まで連れて行く。
「ほら、行っておいで」
「ありがとうございます~」
ヘラリと笑ってトイレに入るショコラに気が抜ける。
そのままリビングへ移動してソファに座って待っていれば、しばらくしてすっきりとした表情のショコラが戻って来たのでまた北の国へと転移した。
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~トイレに行く為に転移した雅達を見送った後の3人の会話~
「あのドラゴン……神王様を御手洗いにいく移動手段に使ったのかよ!?」
「ショコたんは女の子だから森でトイレはダメでしょう。しかもここ地下だし」
「御不浄で転移……」
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「「「……」」」
戻って来た私達を無言で見てくる3人に首を傾げる。
「何?」
「神王様、そいつを甘やかしすぎだからな! です!」
「は?」
私は何かやらかしただろうか? ジュリアス君が怒っている。
「まぁまぁジュリちゃん。私だってトイレ行きたい時はみーちゃんにお願いしちゃうよ~」
「神王様はコイツも甘やかしすぎ!!」
何だか怒られたのですみませんと謝っておいた。
その様子を見ていたデリキャットさんが貧血をおこして倒れ、ショコラがジュリアスに喧嘩腰になりと騒ぎになったのだが、蚊帳の外に追いやられてしまった私はそれを見てオロオロするしか出来なかった。
しかしそれも、「何者だ!!」という声で終わりをつげる。
今の今までの騒いでいたジュリアス君とショコラはいつの間にか私の前で臨戦態勢をとっている。
声は聞こえども姿を見せない何者かは、どこからかこちらを監視しているらしい。
「神王様、人型の反応が前方右斜め30度辺りの木の上と、左斜め40度、後方に確認できました」
ジュリアス君の探索魔法が人の反応を捉えたらしい。
念の為に私達の周りに結界を張り警戒しつつ、ここに来る前にデリキャットさんから聞いていたエルフ族の説明を思い出す。
その美しさから人間に狩られ続けてきたエルフ族はとても警戒心が高いのだとか。
その姿を見せる事は決してせず、敵と認識すればそのまま距離を取って攻撃してくる。したがって武器は中距離から長距離用の飛び道具……
ヒュンッ トスッ
私達の横を通り過ぎ、足元に深々と刺さった一本の矢。
そう、エルフ族の武器。それは弓矢である。




