142.人間と神の一線
アマゾン川のような大きさなのに、透明度の高い底まで見える美しい河川と、緑々とした何処までも続く木々を、光溢れるテラス席で眺める私達。
机の上にはバターと蜂蜜のたっぷりかかった3段重ねのホットケーキと、香り高い紅茶が並んでいる。さらにスコーンやサンドイッチ、プチケーキなどが乗せられたケーキスタンドまで中央に置かれており、浄水場見学が、本格的なアフターヌーンティーに様変わりしたのだ。
この絶景と美味しいお茶が楽しめるのは、深淵の森浄水場内にあるカフェテラスだけだろう。
「って、何で浄水場にカフェテラス? 本格的なアフターヌーンティー?」
「ノリで?」
笑いながら放ったトモコの一言に愕然とする。
ノリでこんな素敵なカフェを作っただと!?
「このカフェは神王様とそのご家族様専用です」
ニコニコと恐ろしい事を言うのは長老だ。
「待て待て待って!? そんなVIP待遇はいりません!! 皆で使って!! お願いだから村人皆で使って!!」
私は必死でお願いした。
珍獣達が頑張って建てたこのアーティファクト建造物をどの面下げて私用で独占するというのだ。
お金を出したわけでも、材料を提供したわけでもない。土地だって元々住んでいた珍獣達を押し退けて神域にしてしまったわけで、心苦しいにも程がある。
『ミヤビ様もこう仰られている事だし、お主らも使用するがいい』
「しかし、ヴェリウス様……」
ヴェリウスも援護してくれたが、長老は困ったように眉を八の字形にして言いよどむ。
「皆が頑張って作ってくれた建物なんだし、皆で使用するのがいいと思いますヨ」
いい募れば、ロードが頭を撫でてきた。
「こいつはこういう奴なんだ。それがミヤビの望みだと思って聞いちゃくれねぇか?」
「ロード様……」
ロードの言葉を聞いて暫く逡巡していた長老であったが、私を見つめ頷いたのだ。
「分かりました。それが神王様のお望みならば我らに否はありません。…わが君はなんと慈愛溢れる御方なのでしょう」
何故か感動にうち震える長老を見てトモコが笑いを堪えている。
「ミヤビは優しいからなぁ。可愛くて優しくて、最っ高に良い女だよっ俺のミヤビは!」
すり寄ってくるロードに、この人には私の事がどう見えているんだろうか…と本気で不思議に思った。
つがい本能というのは、きっと脳に何らかの影響を与えているに違いない。
トモコは辛抱たまらんと言って噴き出していた。
『しかし、魔石にここまでの利用価値があるとはな……』
サンプルとして魔神の少年が持って来てくれた各属性の魔力が入った魔石は、ヴェリウスの前に並べられ色とりどりに光っている。
「だろ!! 一つ一つも高性能だけど、組み合わせ次第で色んな事に使用出来るってすげぇよな!! 研究しがいがあるぜ!」
魔石と同じ位輝いている瞳が眩しい。
「ちなみに、これ一つの効果の持続時間ってどの位なの?」
「それは魔石に入れる魔力量にもよるかなぁ。ここの施設の魔石には私やジュリちゃんが神力を込めたから、効果の持続時間はかなり長いよ。大体100年は持つと思う」
トモコの説明に度肝を抜かれた。
100年…なんて凄い燃料なんだと感心してしまう。
「勿論交換もスムーズに出来るよう考えて設計してるよ」
ドヤ顔のトモコが益々増長している。
「人間の魔力だとどの位持つんだ?」
「う~ん…今の人間だと、ルーベンスさん位魔力がある人なら1年いくかいかないか位かなぁ」
ロードの質問を受けてトモコは顎に手をやり、髭もないのにさもあるように撫で付け答える。
「1年か…それでも魔石がありゃこの世界の人間の生活が大きく変わるな…」
ロードの言葉にヴェリウスが顔をしかめた。
『ロードよ、お主は少し人間に傾倒しすぎではないか? 元人間であったからわからんでもないが、すでにお主は神なのだぞ』
魔石を人間達の生活に利用しようと考えていたのだろう。ロードはヴェリウスにチクリと言われて困ったような顔をした。
「分かってる、つもりではいたんだがなぁ……まだ人間の国の騎士団に所属しているからか、人間中心に考えちまう癖が抜けねぇなぁ」
『馬鹿者。貴様は神王様のつがいでもあるのだ。人間中心に物事を考えておってはいつか酷い目に合うぞ』
神と人は一線を引かねば災いの元となるのだ。と口を酸っぱくして言うヴェリウスに、ロードだけでなくトモコも真剣に聞いていた。
「まぁまぁ、コイツらはまだ若い神なんだから仕方ないって」
そんな2人のフォローに回ったのは意外な事に、魔神の少年であった。
見た目は自分の方が若いくせに、創生の神というだけあって古い神なのだろう。彼は今までとは違う成熟したような瞳でロードとトモコを見やった。
「でもさ、魔石を人間に広めるのはオレも賛成だぜ? 本来オレ達神には魔石なんて必要ねぇし、神王様だって人間の生活が豊かになる事を望んでるみたいだし、さ」
『それは、そうだが…』
「そりゃあこの施設はちょっとアレだけど、ここは神王様の神域(特別な場所)なわけだし、誰もここまで魔石をフル活用しろなんて言ってないって」
『ふむ…』
魔神の少年に諭され、私をチラリと見るとロード達へと向き直ったヴェリウス。
『そうだな。魔石を人間に広めるのは構わぬ。しかし、ここまでの技術を広めるのは許可出来ぬ。そうですよね、ミヤビ様』
え、ここで私に振るんデスカ? ヴェリウスさん。




