122.今夜……
「━━…1000人集める事が出来たら、ルーベンスさんは浮島の街作りに協力してくれるという事ですね」
「集める事が出来たなら、協力しよう」
結局、天空神殿までの案内は時間がないということで、ルーベンスさんの執務室へと戻ってき、何故か異様に疲弊しソファへ沈みこむルーベンスさんを見て見ぬフリしながら約束を取り付ける。
最初は統治云々言っていた野心溢れる姿はどこへやら、今はその野心も鎮火気味で統治は諦め協力という言葉を使用するようになった。
「因みに浮島の街の統治は…「しない。アレは君のものではなく神王様のものではないのかね」」
話を食い気味に否定された。しかももっともだと思える理由付きだ。
「はぁ…」等と曖昧な返事をしていれば、「確かにこの世界そのものが神王様のものではあるが……」から始まり、「地上は人間にお任せ下さったわけで」等と言い訳じみた事を語りだしたので、可哀想になって分かりましたと頷いておいた。
どうせこれ以上押しても首を縦に振らないだろう。
「取り敢えずルーベンスさんが教えてくれたエルフ族をあたってみます。北の国でしたよね?」
「ああ……ロヴィンゴッドウェル第3師団長、君のつがいは放し飼いにしておくとろくなことにはならんぞ。神なのだろう? 私は生まれてこのかた、こんなに人間に頼ってくる…ゴホンッ 人間に姿を見せる神を見た事がない」
だってこの世界の知り合いの神なんて、ヴェリウスとランタンさんと魔神の少年位だし、後は挨拶を軽く交わした程度なのだ。
しかも全員忙しくて構ってもらえない。心友のトモコですら忙しそうだし、つがいだなんだという恋人だか夫だかわからない立ち位置のロードも仕事に掛かりきりとなれば、後はお父さんみたいなルーベンスさんしかいなかったのだ。
「言われなくとも…」と悔しそうな表情でルーベンスさんを睨み付けるロードは、やはり100年以上生きている人にとっては青臭いガキなのか、フンッと一蹴されている。
「ミヤビ殿、君は神であるのだから、軽々しい行動は控えるべきだ。でないと、周りの者に多大な迷惑を掛ける事になりかねんぞ。
人間なぞ、利用し利用される欲深い生き物なのだから。
気を付けたまえよ。特に私のような人間に騙されんようにな」
ルーベンスさんはそういって意味ありげにニヤリと笑ったのだ。
その瞳に、微かな憂いを帯びながら。
「本当に騙そうとしているのなら、そんな事は言いませんし、無愛想で無表情で口が悪くて意地悪なんて事もありません。騙そうとする人間程、愛想が良く、良い様に言うのですから」
「それは私への悪口なのかね」
と素直に受け止めず皮肉るルーベンスさんは、さすがである。
「ミヤビ、もう良いだろう」
ロードは焦れたのか、早く執務室を出ようと急かしてくるので仕方なく従ったのだ。
◇◇◇
「━━…さて、ミヤビ」
ルーベンスさんの執務室からロードの執務室に連れて来られた私は、ロードの膝の間に向かい合わせに座らされ、逃げるタイミングを失っていた。
「ハイ……」
「俺ぁ、何もするなって言ったよな?」
いつもより低い声に、説教が長くなる事が予想できた。
「言ってたから、何かした方がいいかなぁって」
この言葉に深い溜め息を吐いたロードは、話を途切れさせる事なく続ける。
「どうして言葉通りに受け取ってくれないんだ」
それは、我々が暮らしていた世界でのお約束といいましょうか。やるなやるなと言われたらやりたくなるというものなのです!
堂々とそう主張すれば、やるなやるな、で行動を起こし、やれやれでもやり、それなら一体どうすりゃいいんだよ!! と頭を抱えてしまったロードを見て、スイマセンとしか言い様がなかったのは仕方ない事だろう。
それから暫くの間、説教は続いたのである。
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「“北の国”に行くのなら、俺も共に行く」
長い説教の後、唐突に言い出した言葉に目をむく。
ルーベンスさんからは確かにエルフが北の国に居ると聞いていたので、行く予定ではあったが、まさかロードが一緒に行くと言い出すとは思わなかったのだ。
何しろ何日も帰って来れない程仕事が忙しいのだから。
そう思い、
「ロードは仕事が忙しいでしょ? 無理しなくていいよ」
と返したのだが、どうやらそれがいけなかったらしい。
見る間に不機嫌になっていくので、思わず口をつぐんだ。
「悪かった……」
しかし予想外の言葉がロードの口から飛び出したのだ。
何故謝罪されたのか理解出来ずに戸惑っていると、
「寂しい思いをさせちまった」
等と抱き締められ、頬擦りされる。
数日の間に伸びた髭がじょりじょりして痛い。
トモコやヴェリウス、ショコラも一緒に暮らしているので、寂しくはなかったが、ロードの料理は恋しかったかもしれない。
「ロードが謝る事じゃないでしょう」
元はといえば、私がその原因を作ったのだから謝られると罪悪感が湧いてくる。
「いや、仕事なんてどこでもやろうと思やぁ出来るんだ。大体、何で俺がつがいを置いて王宮で仕事しなきゃいけねぇんだよ。ミヤビに触れられないなんて冗談じゃねぇっての」
私の後頭部と腰を掴んで抱き寄せたまま、頬擦りしながらぶつぶつとそんな事を言っている。
貞操の危機を感じているこちらにとっては、有り難い期間だったのだが、ロードの消耗具合を見てみると限界が近いのかもしれない。
このままでは夜這いされてもおかしくないだろうというほどの飢え方だ。
「ロードさん、まずは落ち着いて深呼吸をしよう。ほら、ひっひっふー」
目が据わりだしたロードに深呼吸を促せば、首筋に顔を埋めて深呼吸し始めたのでバシバシと頭を叩く。が、びくともしない。
「ちょ、止めろー! くすぐったい!!」
ひーひー言いながら息のあたる擽ったさに身をよじった。
「良い匂いだ…癒される」
「匂いを嗅がないで!」
顔を埋めたまま喋るのでくすぐったさが増す。
しかも首筋をちゅうちゅう吸ってくるので、危機感まで増した。
「ロードっ」
「はぁ…ミヤビぃ…」
好きだ、と耳元で囁かれる。
それがあまりにも良い声だったので腰がくだけそうになった。
このままでは日の出ているうちから執務室で貞操を奪われかねないと頭をよぎる。
「ストップ!! は、初めては、夜がいいです!! ほらっ しょ、初夜って言葉がある位だし!?」
そう言って止めれば、一瞬キョトンとしたロードは、すぐにニヤリと口の端を上げてそれはもう嬉しそうに、
「夜か……そうか、今夜ついにオメェをいただけるんだな」
と発言した。
「今夜……?」
「オメェが今夜っつったんだろうが」
ねっとりと耳元でしゃべってくるので、肌が粟立つ。
自分の迂闊さに目眩がするが、今更取り消す事も出来そうにない。
どうせ近いうちにそういう事をするのであれば、今夜だろうがなんだろうが良い気もするが、そんな気持ちを打ち消すかのように頭をちらつくロードの“ヒッキーのぼう”が決意を邪魔するのだ。
あんなモノが自分の中に入るわけがないと、死ぬかもしれないと、警鐘が鳴り続けているわけで。
「あの、仕事が残ってるんじゃ……」
「オメェとついに繋がれるって日に仕事なんぞするわけねぇだろ」
そう言って耳を甘噛みし、首筋をゆっくり吸われるのだが、今から押し倒されそうで戦々恐々とする。
「ま、まだ、慣れてないから怖いんですケド」
「夜は長ぇんだ。じっくり慣らしてやるから心配すんな」
ハハハ……。
長い説教からエルフの話という流れで何故こうなった?!




