121.異世界あるある。“エルフ”
「私は一体何に乗せられ、何を見せられているのか」
魔力自動車に乗っているにも関わらず、疲れきった顔で呟き始めたので、回復効果のあるお茶を出してあげた。
ロードもくたびれていたので丁度良いだろうと勧める。
「あぁ、疲れが取れるな…ありがとうよ。ミヤビ」
等と言って頭にキスされるのだが、ルーベンスさんが同乗している魔力自動車の中でそんな事をするなと叫びたい。
「でも、ミヤビの顔が見れて、こうやって触れる事が一番疲れに効くなぁ~」
人をリポビタ○Dやユ○ケル扱いしないでほしい。
「私はミヤビ殿の話を聞いているだけで疲れるが」
ルーベンスさんにとっては疲労の原因だった!?
「ゴホンッ そんな事より、街の説明しますからね!! えー…このメインロードはスタート地点の広場の噴水から真っ直ぐ天空神殿に向かってのびていまして、約2キロの長さがあり、両側の建物は店舗や会社をメインにしようと考え創りました。しかし、今のところ住人候補は全部で150人足らずですので、活用されるかは定かではありません。大体観光地みたいに設計していますが、観光する人もいません。何しろ空の上にあるので」
一人ボケツッコミして笑っていれば、ものすごく冷たい目で見られた。
「この街の規模でたった150人だと? あり得んだろう。君はここをゴーストタウンにでもしたいのか!? 賑わうどころか閑散としたメインロードに何の意味があるのだ!? 150人では5分の1程度も店舗として利用できん上、店を開いたとしてもほぼ人は来ないなど、なんの為の店かもわからん!! 最低でも数千は必要な大きさの街だろうに……っ」
数千!? うっそ、マジで!?
いや、確かにこの浮島はかなり大きいが……数千!?
「街だしな。ルマンドの王都も人口不足とはいえそれ以上はいるぜぇ。ただなぁ、世界中で人口が足りてねぇってのに、浮島に数千連れてくるのは無理じゃねぇか?」
ロードのもっともな意見にガックリと項垂れる。
「それなら、店舗は閉鎖……シャッター商店街となります…」
「「…………」」
2人に可哀想な子を見る目で見下ろされ、余計惨めになる。
「こうなったら孤児という孤児を保護するしか……っ」
「5割の子供は孤児の上、すでに国で保護され大切に育てられている。この世界に子供を大切にしない者など一部の愚か者だけだろう」
「え!? 神々の候補者は迫害を受けていた子ばかりですけど!?」
ルーベンスさんの意外な言葉に驚く。
子供を大切にする世界ならば、何故神々の候補者は迫害を受けていたのかと問えば、眉間にシワを寄せたルーベンスさんは、苦々しげに答えてくれたのだ。
「……それは、人口の減少が及ぼす影響を理解し得ない馬鹿共が集まった村や、獣人のように繁殖力の高い国の一部で起こる問題だろう。少なくともルマンド王国や人族、魔人の国では起こり得ない出来事だ。……君はルマンドの王都に行った事はあるかね」
「あります」
「王都の民は君に対してどう接してきたか覚えているか?」
その言葉に、ギルドに行った時の事を思い出した。
皆が皆親切で、危ない仕事ではなく、もっと優しくて条件の良い所を紹介してくれようとしたし、養子に行く事まで勧められたものだ。
そう伝えれば、
「皆が子を望み、国を挙げて育てていこうというのが国民の共通の認識なのだ」
と教えてくれた。
それなら迫害されている子供達をルマンド王国で保護してもらった方がいいのではないか? と思ったが、そうすると誘拐だの何だのとあれこれ文句をつけてきて、賠償問題や戦争に発展したりとややこしい事になるらしい。
なので、浮島で保護する事は悪い話ではないのだが、いかんせん街の規模が大きすぎたという事なのだ。
「村程度であれば、常識はずれは別として、なんの問題もなかったのだよ」
ルーベンスさんの呆れが混じった言葉が胸を突き刺す。
いや待てよ…私が召喚してしまえばどうだろうか?
条件を、迫害されている心の綺麗な人で、他国が保護出来ない、現状から逃れたい人(候補者以外)にすれば……
「ミヤビ、オメェ何かおかしな事考えてんだろうが」
ロードに図星をさされてドキリとした。
「か、考えてないよ~」
「考えてたんだな。いいか、おかしな事はすんなよ。今は150人で十分じゃねぇか。街は一部を使や良いんだ。後は数十年すりゃ勝手に増える」
そうか。私達の寿命は長いのだ。数十年などあっという間……ではない。長い、長いよ数十年!! 私達がアパレルショップを開くのに数十年も待たないとダメなの? そうなの?
誰かっ何か案はないのか!?
「ふむ。数十年待つ、というのが一番無理のないやり方なのは確かだ。しかし、脳ミソまで筋肉で出来ているロヴィンゴッドウェル第3師団長がそんな提案をするとは、驚いたな」
あ、ルーベンスさんがロードに喧嘩を売った。しかし脳筋の自覚はあるのか、ロードは大して気にしていないようだ。それでいいのか?
「ルーベンスさん、そこを何とか1年以内に1000人集められる方法を絞り出してもらえませんかね?」
揉み手で下手に出てみると、ルーベンスさんは顎に手を当てふむ…と考え込んでしまった。
無言の中、魔力自動車は天空神殿に向かって走っている。
ロードは私の手を握り、指輪をしている指を愛しそうに撫でており、考える気は更々ないらしい。
「━━…確か、北の国に隠れ住んでいる見目麗しい種族が居ると聞いた事がある」
何ですって!? 隠れ住むとは、深い事情がありそうな種族ですね?
「その美しさから、様々な者に狩られ奴隷に身を落とす者も多かったと聞く。まぁその話も100年程前に噂で聞いただけなのでな。嘘か真かは定かではないが」
「その種族の名は分かりますか?」
「確か……“エルフ族”といったか」
エルフ族!? ファンタジーのド定番の、あのエルフ!?
あまりの事におおっと声を発すれば「エルフ族を知っているのかね?」と問われたので聞いた事はあると答えた。
「見た目は人族に近く、肌は色白で背は高く痩せ型、整った顔が多く、一番の特徴は尖った長い耳というあの種族ですよね?」
「あのかどうかは知らないが、確かにエルフ族の特徴は尖った耳らしいな。見た事がないので何とも言えないがね」
ルーベンスさんの話に出てくる種族は、やはりファンタジーにはかかせないあのエルフのようだ。多分。
「俺ぁ“エルフ族”なんて種族聞いた事ねぇけどなぁ」
「当たり前だ。ルマンド王国の王族のみ見る事の出来る文献にすら、詳しい記載のない幻の種族なのだ。君が知らないのも無理はない」
それ、なんでルーベンスさんが知ってるの?
と思ったが、ロードもそう思ったようで訝しげにルーベンスさんを見ている。
「先々代の王とは幼馴染なものでね。子供の頃は奴と色々な所に忍び込んだものだよ」
懐かしそうに目を細め、ニヤリと笑ったルーベンスさんはまるで悪ガキのようで、こんな顔もするのかと驚いた。
「魔族は寿命が長ぇらしいからなぁ。先々代の王と交流があってもおかしくはねぇが……」
悪戯っ子のような表情をしたルーベンスさんに戸惑いが隠せないらしいロードは、どうも歯切れが悪い。
「とはいえ、その文献ではミヤビ殿の言った尖った耳と美しい外見の事以外には触れていなかったがね。私がエルフ族の噂を聞いたのは、大人になってからだよ」
「幻の種族なのに、噂が出回ったんですか?」
頷き話を続けるので黙って耳を傾ける。
「エルフ族とはっきり種族名を言っていたわけではないが、ある国の王族が、耳の尖った美しい見目の者を奴隷にしている……という噂が出回っていたのは確かだ」
「ある国とは?」
「竜人の国“バイリン”。丁度君が追っている案件の要注意国だ」
「!?」
え? 何その案件。もしかしてリン(獣人族、フォルプローム国第3王子)の件と関係ある国の事??
ルーベンスさんの言葉に驚いているロードの様子にただならぬものを感じた私は、2人の会話を邪魔しないように耳を傾けた。
「100年も前の話だ。気にする程の事でもないだろうがね」
「……竜人族の寿命も、魔族と同じ…いや、もっと長いと聞く。一概に無関係とは言えねぇだろうが」
すいません。エルフの奴隷と竜人の国とリンの国が結びつかないんですけど。
2人の会話の意味がよくわかりません。
「例えエルフ族を奴隷にしていた王族が健在であっても、今回の案件と繋がりがあるとは思えないが? 」
全然繋がりません。おっさん達の会話に入っていけません。
「どんな事でも構わねぇ。バイリンの王族について知っている事があるなら情報を寄越せ」
「それが人に物を頼む態度かね」
いや、今浮島の街を案内中だから。しかもルーベンスさんに相談してたの私。その話は王宮(仕事場)でしてもらえますか!?
しかし、オッサン共に私の心の声は聞こえなかったのか、その話はメインロードの終わりまで続いたのだった。




