11.別れの日
「オメェ魔物なのか!?」
「バカヤロー!! 人間だよっ」
コントのようなロードのボケに、さっきまでボケだった私がツッコミにチェンジしてしまった。
「バカはオメェだ!! びっくりさせんな!」
怒られた。
沸点が低いんだから。まったく…。
「でもさ、例えそうだったとして、何で私魔物に守られてんの?」
「そんな事俺が知るわけねぇだろ!!」
君はそれを調査しに来たんじゃないのか。
まったく、ロード君はボケなの? ツッコミなの?
イライラしているロードを見上げながら腕を組む。
「1週間も居て何も分かってないのか」
「うるせぇ」
へそを曲げたロードはその辺にある椅子にドカリと座り、私から顔を背けて子供のようにムッとした顔をしている。
「あのさぁ、見ていてわかる通り、この1週間にした行動しか私はしないし、これ以上調査も何もないでしょ」
私の言葉に大げさに溜め息を吐き、こっちを見てくるロードに何だよと身構える。
「オメェよぉ…王都に来いよ」
予想だにしなかった言葉が出て来て一瞬固まったよ。
何急に? 王都?? この森から離れろって事?
それなら勿論、答えは決まっている。
「嫌だ。絶対行かない」
「だよなぁ…」
返ってくる答えがわかりきっているのに聞いてくるとはどういう事だろうか。
「あーっ」とか言いながら頭をガシガシ掻いているロードに目を向けると、丁度顔を上げたタイミングと重なり、目が合った。
1週間前と比べ小綺麗になったロードは、顔が整っている事もありなかなかにイケてるオッサンだ。
騎士団の師団長なのだからエリートだろうし、性格も悪くない。なのに何故独身なのだろう。やはり性癖に問題があるのか。
ロードの顔をじっと見ながらそんな事を考えていると名前を呼ばれた。
「なぁミヤビ」
「ん?」
「俺はもう少しここに居るからな」
そう言い放ち、ニヤリと笑ったロードに顔が引きつった。
「もう調査する意味がないんだから帰れ!!」
「まだ原因も分かってねぇのに帰れるかよ」
「だーかーらーっ 私と一緒に居たって何も分からないでしょうが!」
今すぐ帰れと吠えるが、ロードはどこ吹く風といった様子でまったく聞く気がない。
「まぁまぁ、俺が居りゃあ美味い飯も食えるし、イイ男と一緒に居られるしでオメェには得しかねぇだろ」
ニヤニヤするロードを締め上げたくなった。
「どこにイイ男がいるんですかねー?」
「目の前に居んだろ。とびきりイイ男が」
厚顔無恥とはこの事か。お前はただのゴリラだよ。
さっきイケてるオッサンとか思ったの全部なし。コイツはゴリラで充分だ。
にやけたゴリラは自分の有用性を語ると、私から反論がでなくなった事にご機嫌になり、「素振りでもしてくるかね~」と言いつつ研究所から出ていった。
結局、ロードは半月も我が家に滞在したのだった。
その間「一緒に寝よう」だとか「一緒に風呂に入ろう」だとかエロオヤジのような発言をしていた。
入浴中や就寝中に魔物のレベルアップや、活発化の原因があるとは思えないが、何の調査をする気だよ。
そしてとうとう今日、ロードは帰る。
「あー…帰りたくねぇ~」
「騎士団の師団長が半月も行方不明って相当ヤバイでしょ。捜索されてんじゃない?」
そう。こう見えてロードは騎士団の師団長だ。本来は1週間行方不明でもヤバイのに、このバカは半月もここに居たわけで…国を挙げて捜索されているんじゃないかと思う。
さすがのロードもマズイと思ったのだろう。
昨夜、「そろそろ帰るわ」と言われ今日を迎えた。
「ミヤビぃ、一緒に「行かない」……」
猫なで声を出す気持ち悪いロードの言葉を遮って答えれば、何故か哀しそうな表情をされた。
「ならまた会いに来る」
「一旦外に出たらもう二度と会えないって言ったでしょ」
そう。ここは外からは見えないし、中に入って来る事も出来ない。その上強い魔物がウヨウヨしているのだ。
「オメェが許可すりゃあ入れんだろ? 俺が入れるよう許可してくれりゃあ済む話じゃねぇか」
このオッサン、どこまても図々しいな。
そんなにここが気に入ったのか。
まぁ温泉もあるし気に入るよな。
「ロードは厄介事を持って来そうだから嫌」
プイッと顔を背けると、「あー…」と呻きながら頭を掻き「無いとは言い切れねぇ所がなぁ…」と溜め息をつく。
ロードは誠実な人だと思う。調査対象にバカ正直に内容を打ち明けているし、今だってそんな事ないと言えば結界内に入れてもらえるかもしれないのに、無いとは言いきれない。なんて口に出してしまっている。
師団長になれる位の人だ。ある程度の腹芸は出来るだろうに…。
「ミヤビ…」
出会った時と同じ格好をしたロードを見る。
ボロボロだった革の胸当ては真新しいものになり、破れていた服も新品のように綺麗だ。
それは私が能力で修復と洗浄をしたからなのだが、身なりが小綺麗になると全部一新したように見えてくるから不思議だ。
「またな」
“また”はないのだが、ロードはそう言って私の手を握った。
「元気で」
最後の別れの挨拶を口にする。
もう人間に遭う事もないだろうと思いながら。
刹那、手を引っ張られてバランスを崩し、ロードの胸に倒れ込んでしまった。
学校の体育で使うマットのような固さの胸板に、思いっきり右頬をぶつけて痛がっていると、丸太のような腕に抱きしめられて押し潰される。圧迫死しそうだ。
亡くなった父がお花畑から手を振っている。
しかしそれだけでは終わらなかった。
やっと丸太から解放されたかと思ったら、食べられたのだ。
ぱっくり唇を。
あまりの事に思考が停止して動けなくなった。
私は今、人間に食べられている━━…
ぱっくりいかれてどのくらい経ったのかわからないが、解放される直前にそんなどうでもいいことが頭に浮かんで消える。
やっと解放され、ロードが結界から出ていっても、ただ茫然と見ている事しかできなかった。
「……私の唇、残ってる?」
誰に言うでもなしに呟いた言葉は、青い空に消えていった。




